害悪種
その日のHASTの害対は少し黄色い歓声が多かった。
見慣れない少年と少女が出会って即熱い抱擁をかましたのだ。
「よかった…無事で…ほんとうに…無事でありがとう…」
「よしよし。あたしは無事だよ?泣き虫さん」
1分経つ。まだ離れる様子はない。
3分経つ。少女の方が少しもじもじしてきた。
5分経つ。少女が少年を離してゴツンと頭をぶった。
「あだぁっ!」
「人前で長時間ハグしないで!」
「だってだって梢香の心音ずっと聞いてたいし!生きてるって感じたくて!はっ!そうだ!梢香お前身体の傷は…」
「きゃぁっ!」
「うぐぁ!」
再度、少女が顔を赤らめ激しく頭をぶった。
それもそのはず。人がたくさんいるところで少女の制服をめくって腹部を直接確認しようとしたのだから。
「こんなところで脱がすな!」
「だってだって梢香の綺麗な体に傷がついてないか心配で…」
「傷がついてたらあたしのことどうしたの?」
「いやどうもしないけど」
「じゃあ今は忘れて!家帰ったら見せてあげるから!」
結局見せるんかい。その場にいた6割がそう思っていた。
「いちゃいちゃしてるとこ悪いんだけど…」
黒佳が申し訳なさそうに、というかやや引いた様な目で話しかける。
「梢香ちゃんは検査受けたのかしら?」
この人誰?そういう目つきだった。
「綾川黒佳さん。そこにいるおじさんが…金垣晃さん。俺たちの学校に来てくれたアーカー達」
「おじっ…!」
「はい!心身ともに異常なし!体内に毒とかも一切残ってないらしいです!」
「まじで?あの怪我で?」
「うん。ホワイトウィッシュのおかげ!ね、ホワイトウィ…なんで離れてるの?」
『いえ、一緒にいるとなんかお邪魔かなぁと』
この問答で黒佳は思考した。
(アーカーの怪我や毒を完全に治すアーキファクト…そんなの聞いたことない)
『ところでブラックロードはどこへ…』
『ここです。ホワイトウィッシュ』
前方からブラックロードの声と独特的な足音がした。その横には坂下さんが気まずそうに歩いている。
「お、お忘れ物でーす…はは」
「忘れてた…」
「そうねぇ。確かに私も忘れてたわ」
「あぁ、やっぱしな」
唯一、梢香だけが理解できずにきょろきょろとしていた。
「まあとにかく話を進めましょう。まずは勇也くんの検査、そして次は2人に色々と教えるわ」
「じゃあ俺ぁアーキファクト達リードんとこに連れてくぜ」
「それじゃあ別れましょう。終わったらまたここで待ってますから」
「おうよ」
勇也達は黒佳へ、ブラックロード達アーキファクトは金垣へ着いて行きお互い別室に進んだ。
「ここの部屋で待っててね。ちょっと人呼んでくるから」
倒されたのは普段は会議室として使われているであろう部屋だ。黒佳は退室して人を呼びに行った。おそらく教師みたいな人を呼びに行ったのだろう。
「なあ梢香。礁愛姉ちゃんはどこ行ったんだ?」
「お姉ちゃん来てたの?あたしが目覚めた時はホワイトウィッシュと救急隊員さんしかいなかったけど…」
知らないという事は俺たちを攻撃しようとしたことをホワイトウィッシュが話さなかったということか。ならばここは一度伏せておこう。
「俺たちを助けに来てくれたんだ。でもブラックロードとホワイトウィッシュで片づいちゃったけどな」
「見たかったなぁ。お姉ちゃんのアーキファクト」
こんこん、とノックされた音がした。失礼しまーすと男性の声が聞こえた。入室してきたのはちりちりパーマとメガネが特徴的な30歳過ぎくらい男性だった。平均的な体格よりかは少し大きいか?
「あーどうも!害対のアーカー最高指揮長やらせてもらっとる永瀬って言います」
最高指揮…?なんかえらい人が来たなこりゃ
「まずは謝らせてください。君たちの様な民間人にまで危害を及ぼしてしまったんは僕らの責任です」
少し訛った声で謝罪しつつ、入るなり頭を下げた。
大人に謝罪する事はたくさんあったけど謝罪をされるなんて事は初めてだった。
「あの、頭あげてください」
梢香が焦っていた。
「いんや、こればっかは害悪種の探知がうまくできなかったHASTとしての謝罪です。申し訳ない!」
「そんなに謝られても…別にあたし達気にしてないし…」
「そう言ってもらえると僕らも少しは晴れましたわ」
脇に抱えていたパソコンをプロジェクターに接続し、部屋の明かりを落とす。ソフトを開くとプレゼンのスライドが始まった。
タイトルは『害悪種について』
「今から君たちに話すんは学校やメディアには絶対流れない機密中の機密。本来やったらHASTに入ってから説明するんやけど事態が事態なんで。特別に説明するけど間違っても他には言わんといてくださいな」
マウスがクリックされた音が響くとタイトルページから進む。目次だ。
「害悪種は一般的には侵食地と化した地面から発生するって教わるよね?」
「そうです、一般常識くらいにはそう思ってます」
「一般的には、ね。でもほんとは違うんだ。害悪種や侵食地は何が原因で発生すると思う?」
「原因…そういえばわかんない…カモ」
「いろんな説がネットでは出回ってますよね。環境汚染から漏れ出た有毒生命体とか、品種改良に失敗して暴走する謎の生物とか」
「あ、あたしそれ見たことあるかも。人類に呆れた神の罰説とか!」
「まあそんなところだね。でも真相は違う」
スライドが変わる。そこには大きな丸い円、その中には地球と書かれている。
「侵食地や害悪種は一体の生き物から発生するんだ」
「一体?」
「そう。僕らは世界喰いって呼んでるけどそのイーターはとても大きくてとても食いしん坊、その上自分でご飯を取りに行かない困った生き物なんだ」
「そんなにでかいんですか?」
「うん。大体地球の半分くらい」
「「はんぶん!?」」
想像を絶するスケールだった。しかしそんな大きな生き物ならどうして一般の目に見つからないんだろうか。
「そんなに大きいんだったら一般人でも見つかりそう…」
「そう思うよねぇ。でもイーターがいるのはここ」
スライドやアニメーションが入った。紫色の大きな円が地球の中心に現れる。
「この地球の地下に巣くってるんだよね」
空いた口が塞がらなかった。想像より話が大きすぎる。
「本題に戻ろうか。さっき言った通りこいつはめんどくさいのかわからないけど自分でご飯を取りに行こうとしないから自分のエネルギーをたまに地上に送ってそいつらが代わりに食べるんだ」
「そいつらって…もしかして…!」
「そ。僕らが害悪種って呼んでるあれなんだわ。最初は侵食地としてエネルギーを送ってそっから害悪種を出すんだよね」
「じゃあ出てくる害悪種が何かを食べる前に倒せば餓死で死ぬんじゃないですか?」
「理論的にはね。でも僕らの知らないところで侵食地は発生することもあるし人間以外にも動物や草木も食べるからどうにも追いつかないんだ」
「じゃあこのままイタチごっこするしかないんですか?」
「現状はね。だから少しずつ僕らが害悪種を倒す比率を上げるしかないんだ。それにイーター自身もとても強力らしい。実際僕らも一度だけ見たことあるんやけど」
数年前の記憶がよぎる。そこがない恐怖と威圧感を身体全身に感じたあの記憶を。
「ありゃバケモンだよ」
「そんなに強いなら確かに今の被害を抑える方がいいかも…」
「そうなんだよ。それにこのまま害悪種倒し続ければ案外簡単に餓死しちゃうかもしれないしね。それでここからはお願いなんだけど…」
永瀬はどこからかA4サイズくらいの茶色い封筒を2冊だした。
「単刀直入に言うとHASTに入って欲しいんだ」
出された封筒を軽く見つめた後、そう言われた。
咄嗟に梢香の方を向くと同じ考えだったのか目が合った。
「「えええええ!?!?」」
「うちも人手は喉から手が出るほど欲しいんだよね。特に、位持ちに選ばれた君たちを逃したくないんだ。その封筒を開けてみてちょ」
糊付けされていた封筒を勇也は雑に剥がした。
そして中に入っている書類をあらかた机の上に置く。
「HAST付属の教育高校の資料があると思うんだけどそれみて」
「通常の5教科とアーカーの訓練…時折入る害悪種の討伐…学費無償!?」
「あ、害悪種討伐実績によってはボーナス出るで」
「ボーーーーーナス!?!?」
勇也の目にはすでに¥が両目に浮き出ていた。
両親を早くに亡くしており育ててくれた祖父母も中学の卒業式の翌日に亡くなっているので今後、生きていくためにどうしてもお金が必要なのだ。
「…でもいくらアーキファクトがあるとはいえ流石にあたし達みたいな学生にはまだ厳しいんじゃ…」
かなり弱々しく怯えた声で梢香が聞く。
「そうだね。もちろん危険は0じゃないけどそこは僕らを信頼して欲しい。実力に合わせて適切な作戦依頼をするし君たちが強くなるための訓練だってある。それにそもそもHASTには君たちより強い大人がたくさんいるんだ。いざという時は守ってみせる」
その言葉は力強く、信頼できるような感じがあった。
偽りはない、ほんとにこの人は俺たちを守りつつ強くするつもりなんだ。
「でも君たちの一存では決められないから保護者さんに同意を取る必要があるんだけど…」
「あ、俺肉親誰もいないんで多分大丈夫です」
「あたしもお姉ちゃんアーカーだしパパとママもHASTで働いてるから多分大丈夫かなー?」
ほんの一瞬だけ永瀬の顔が固まった。
0.何秒の沈黙の後に笑顔で永瀬は話した。
「いやいや、今即決はできないよ。次にアーキファクトのことを説明しないと。ははは、じゃあつぎの部屋に案内するよ」
封筒を持って部屋を出た。途中で坂下さんが案内役を引き受けたので勇也達は永瀬と別れた。
「じゃ、また勉強の時間だけど寝ちゃダメだからねー」
洒落を言いつつ笑って手を振る。
子供達が遠くに行き、角を曲がったところで表情を解く。
一度部屋を片付けなければと思い戻ると黒佳が腕を組んで壁に持たれていた。
「どうでした?あの子達」
その問いをすると言うことは黒佳にも何かを感じ取った節があるという事だった。
「途中までは他のアーカーになった子達と変わらないかなぁって思ってたよ。でも…」
あ、俺肉親誰もいないんで多分大丈夫です
あたしもお姉ちゃんアーカーだしパパとママもHASTで働いてるから多分大丈夫かなー?
「あの子達は自分の命を大切にできない子だ」
「…ちょうどブラックロードとホワイトウィッシュからもあの2人について色々教えてもらったんですよ。聞きますか?」
「お願いするよ」
「まずは勇也くんから。ブラックロードは勇也くんの深層意識をこう言っていました」
欲しいと思ってるのに突き放したがる、誰かにいてほしいと思うのに1人でありたい、まだ生きていたいのにもう死にたい、矛盾だらけでありながら虚無のような少年です。
「なんだいそりゃ…とても高校一年生の思考じゃないよそんなん」
「私もそんな感じには見えませんけどね。幼馴染思いの優しい子としか」
「ホワイトウィッシュは?」
「正直、梢香ちゃんの方がかなりひどいですよ」
勇也くんのために残った人生を使おう。あたしの幸せはあの子の幸せ。あの子の喜びはあたしの喜び。あたしの身体も心も意志も考えも物もあの子が欲しいなら全部あげよう、と自己犠牲の塊のような少女です。
「・・・胃もたれしそうだよこりゃ」
「何がここまであの子達を追い詰めたのかしらねぇ」
「とにかく、今の時点じゃあの子達はHASTに入れさせるのとやっぱ無理かもしれん。死にたがりの少年と自己犠牲の少女とか爆弾すぎるね」
「そうは言ってられませんよ。これみてください」
手渡されたのは1枚の紙。それは一回の戦闘で測定できた勇也とブラックロードの共振率だった。
「84%・・・たった一回の戦闘での数値がこれってまじか・・・黒佳直近でナンパーだった?」
「先々月図ったときは72%。初めてホーネットと検査した時は59%でした」
「梢香ちゃんも多分高いだろうなぁ・・・」
「共振検査こそ受けてはいないけど致命傷の傷に害悪種の毒が全身を回った状態でホワイトウィッシュを纏った後、応急処置で完治してしまったそうですよ」
「はぁ・・・爆弾から核弾頭に変わったよ」
永瀬一樹はこれから始まる可能性のある未来に憂いを覚えると同時に、楽しくもあったのか笑みを浮かべた。
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中月梢葉よ。中月家の三女で梢香の双子の妹。
なんか私、アレの片割れなのに影薄くない?
まあそれは一旦おいといて次回の予告よ。
勇也たちと別れたアーキファクト2機は金垣の案内で別の部屋に連れて行かれる。
でもその部屋には謎の大きい頭と怒っている礁愛姉ちゃんが・・・?
次回 「優しい嘘」
絶対、読みなさいよ。
8年前に勇也が被災した第二次大規模侵食から勇也を救出したのは若かった頃の永瀬です。
勇也は当時のショックから、永瀬は経験の浅さとほかにも救助すべき人がいたのでお互いとも覚えていません。