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古の唄

作者: 東雲蒼



ある朝、いつものように新聞を取ろうとしたら、一通の手紙が入っていた。

中身を確認すると、そこには、

『あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな』

というメッセージと、聞いた事もない病院の住所、そして数年前にいざこざが原因で離婚をしてしまった元妻、高田美幸

という名前が添えられていた。

自分はその手紙を見て、「直感的」にその病院へ向かおうと決めた。


なぜ今になって、君は自分に対して手紙を送ってきたのか、どんな意味があるのか。

嫌な想像が頭に浮かんできては、すぐに心の中で否定しながら、車を走らせる。

二時間程かかり、やっと病院に到着した。

受付の人に、

「高田美幸さんという名前の方は入院していますか...?」

と恐る恐る聞くと、やけに聞き取りやすいハキハキとした声で、

「はい。高田美幸さんは現在入院中です。」

と返事が返ってきた。

数年ぶりに会う後ろめたさも少し感じるが、この覚悟はもう揺るがない。自分は、面談を希望して、君が入院しているという一人用の病室へと向かう。

「ここが高田美幸さんが入院している部屋です。」

看護師さんからそう告げられ、勇気をふり絞ってドアを開ける。


するとすぐに、窓の外を見つめている君の姿が目に映りこんできた。

数年ぶりに見る君の横顔は、昔と何一つ変わっていなかった。


「美幸、久しぶり」


「久しぶり」


君の声も何一つ変わっていない。もしかしてあの時の君がそのままタイムスリップをしているのではないかという「幻想」を不意に抱いてしまった。


「美幸、どうして俺をここに?」

単刀直入に理由を問う。

「もう、そんなすぐに聞く?」

と君はクスクスと笑いながら喋り始める。

「実はね、結構前から私はステージ4のすい臓がんで入院していて、余命が後一週間って言われたの、もうすぐ死んでしまうのなら、最後に貴方に伝えたい事だけ伝えて死のうって思って。」

その言葉を聞き、自分の目からは涙が零れ落ちてきた。手紙を読んですぐに、何となく重い病気だとは想像がついていたが、あまりにも重すぎる。重すぎる病気だった。

「貴方...」

自分は泣きながらも、君の発する一音一句を聞き逃すまいと耳を澄ます。

その中で耳から頭へと響いてきた言葉は、あまりにも美しい、幸せだった日々を彷彿とさせる音色の

「ごめんなさい」

だった。

自分は、泣き崩れた。

「私は貴方に今まで数えきれないほどの迷惑をかけてしまいました。もっと手伝える事とか、話し合えばもっと楽に進むことだって山ほどあったのにも関わらず、私はその機会を無駄にしてしまいました。本当にごめんなさい。」

違う、美幸は悪くない。悪いのは全部俺だ。美幸は悪くない。俺がもっと美幸と協力的にしていればよかっただけの話なんだ。だから頼む。美幸は悪くないんだ。罪悪感なんて本当は感じなくていいんだ。美幸には幸せに生きて欲しかった。なぁなぁなぁなぁ...

感情が心の底から溢れ出てきて、言葉にして表現する余裕がない。

今の俺は、ただ大声でわんわん泣き喚く子供だ。

そう自覚していても、涙はとめどなく溢れてくる。

君は、そんなみっともない俺に対して「歌い」かける。


「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」




        その唄を詠んだ後、君は、キスをした。

















この小説は、百人一首

50番 藤原義考作「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」

56番 和泉式部作「あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢うこともがな」

の2作品を元に、勝手に物語を書きました。

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