9話 扉を開ける
結局、私はそのまま部屋に閉じ籠り、食事も部屋に運んでもらって1人で食べた。
そのまま1人でお風呂にもつかってやっと落ち着く。
風呂からあがって、改めて部屋を見回した。
部屋の家具はマホガニーで統一されている。カーテンやベッドカバー、絨毯は落ち着いた緑色で、縁取りや刺繍は金糸でなされていた。
壁や天井が白なので、家具類の色は暗いが、重苦しい感じはしない。
ピンクや黄色やパッチワークやレースで統一されてなくて良かった。そんな中では一晩中落ち着けなかっただろう。
私は読書灯の灯りだけ付けてベッドに腰かけ、ぼんやりした。
仕事を続けるためとはいえ、すごく変な人と結婚してしまった後悔が押し寄せる。
呪いなんて、どうしよう。
解呪方法が好きな人とのキスってアホなのかしら。
でも、杖を構える前、アーノルドは一瞬傷ついた顔をしていた。叔父と同じ目が少し潤んでいたのを思い出す。
゛真剣なんだ゛と言われたそばから゛私への想いが理解できない゛は言い過ぎだったかもしれない。
ちくりと良心が痛む。
もう少し、柔らかい言い方があったのではないか、今思えばわりとしっかり愛の告白をされたのに冷たく拒絶してしまった。
表面的な好意なら社交界でよく寄せられていたので慣れているのだが、きちんとした恋愛の経験は皆無に等しい。流行りの恋愛小説くらいなら読んだ事はあるが。
だから、どうすればいいのか分からずにアーノルドを必要以上に傷つけてしまったかもしれない。
「はああ。」
私が大きなため息をついた時だった。
コンコン、と部屋の奥、主寝室と繋がっている扉がノックされた。
びくっとして、ため息を引っ込める。
「薔薇?起きてますか?」
アーノルドの声だ。私は身を固くした。
「薔薇?返事をしてください。この扉は絶対に開けませんので。」
ちょっと涙声な気もする。
「、、、俺の薔薇。」
「その修飾はやめてください。」
「良かった。返事してくれた。」
アーノルドがほっとしてのが分かる。
「何ですか?」
「謝ろうと思って、すいません、いきなり杖を構えて怖がらせてしまいました。ごめんなさい。バートンと、マリーさんにもめちゃくちゃ怒られました。本当にごめんなさい。」
「もう大丈夫です。」
「変な呪いもかけてしまったし。」
「これは、そうですね、ひどい仕打ちだと思います。」
「ごめんなさい。」
「いいえ、今思えば貴方の気持ちに真剣に向き合わなかった私も悪かったです。」
出会った当初から、いろいろ言ってきていたし、結婚の提案も私を思っての事だったのに、軽い様子や変人との噂から真剣なものではないと決めつけた。
気持ち悪いと相手にしなかった。
結婚の承諾をする前に確認するべきだったのに。
「身に覚えはないのですが、ずいぶん想いを寄せていただいているようですね。」
「、、、、はい。」
私は立ち上がるとガウンを羽織り、奥の扉に近付いた。
「言っておきますが、貴方を受け入れる訳ではありません。」
そう言って扉を開けた。
「あ、、、。」
私と同じようにガウンを羽織ってしょんぼりとしたアーノルドがいた。
「この呪いは私から触れても燃えるんですか?」
「貴女からなら燃えません。」
私はそっとアーノルドの手を取ってみた。
何も起こらない。
少し考えてから右手でアーノルドの左手首を掴み、その掴んだアーノルドの手で私の左手に触れてみた。
ボウッ
暗闇の中アーノルドの左手が炎に包まれる。私の左手は特に何も感じない。燃えるのは触れた側だけのようだ。
「ふむ、熱くないんですか?」
燃えているように見える手を見ながら聞く。
「例えるなら、うーん、少し飲めるようになってきた紅茶のカップくらいの熱さです。」
「分かりにくいですね。飲める熱さは人によります。」
「少しの間なら問題ない熱さです。」
「明るいですね。夜は便利かも。」
「はい。便利です。」
その返事に私は笑ってしまった。
「今日はもう寝ます。明日の朝は一緒に食事をとりましょう。」
そう言うとアーノルドは嬉しそうに顔を輝かせた。
「おやすみなさい。」
「はい。おやすみなさい。俺の薔薇。」
そっと手を放すと炎が消えた。
「暗いですね。」
「暗いです。」
「呪いの解呪方法ですが、他の方法も探してください。」
「やってはみます。」