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48.王子サマの囲い込み(2)


応接室に入るとこちらに背を向けて一人の男がソファに座っていた。

柔らかそうな栗色の髪。


禿げ散らかしたジジイを想像していた私は意外に思う。

男がぱっと振り向き微笑んだ。


「こんにちは、マリーさん」

優しげな笑顔。

それは知っている顔だった。


「フィー?」

「うん、突然ごめんね」

「それは構いませんが、どうしました? エロジジイの付き添いですか? あ、まさか……」

私はまず、フィーが私に求婚したジジイの侍従なのかと思ったのだが、すぐに侍従ではなく息子なのではと気付いた。


身ごなしや、護衛付きの過保護な様子からしてフィーは絶対に使用人ではない。

使用人ではなく息子であるのだろう。


城でセレス様を呼びつけて、急な訪問の約束までさせるほどの高位貴族の子息というのなら、今までの異様な過保護も納得だ。


私のエロジジイへの殺気が少し萎む。フィーはいい奴だ。そしてセレス様の愛するアーノルドの友人でもある。

エロジジイとはいえ、その父親を害する訳にはいかない。

私の中でこの縁談を断る方法が、一騎打ちから穏便な話し合いへと変更された。


「なるほど、これは話し合う必要がありますね。……ところで肝心のエロジジイはどこですか?」

私は部屋を見回す。

部屋にはフィーが一人しかいない。扉はきちんと半分開けられているが私とフィーの二人きりだ。


「マリーさん、さっきから出てくるエロジジイって?」

「聞いてないのですか? お父上が私の身体目当てで私に求婚されたのですよ」

「えっ、父上が!?」

物凄くびっくりするフィー。


まさか何も知らされずに伴われてきたのだろうか。

私はすぐに、私への婚約の申し込みがあったのを伝え、その相手がフィーの父親なのだと教えてあげた。


「ちょっと待って! 何でそこから相手が父上になってるの? しかもエロジジイって何? 少なくともジジイではないと思うんだけど。あと何よりも身体目当て? え? それは僕が? それとも父上が?」

フィーはかなり混乱した様子で矢継ぎ早に質問してきた。

気持ちは分かる。

自分の父親が私に求婚したなんて、動転しているのだろう。


「おそらくお父上は城で私を見かけて、身体つきが気に入ったのでしょう」

「違う!」

フィーは顔を真っ赤にして強く否定してきた。

そして私を睨みつけて立ち上がり、怒った声でこう言った。


「マリーさんっ、あなたに求婚したのは僕だ! そしてそれは絶対に身体目当てじゃない!」


ふーっと毛を逆立てた猫みたいになったフィーは両手をきつく握りしめていた。


「…………」

私は驚いて絶句した。

あまり物事に動じない質なのだが、今回はびっくりだ。


え?

フィーが私に求婚?


嘘や冗談でないのはフィーの様子を見れば分かる。

それは分かるが、頭の中は“?”しかない。どこがどうなってフィーは私に求婚しているのだろう。


「……ごめん。あまりに変な方に取られていたから怒っちゃった」

戸惑う私にフィーは冷静さを取り戻して謝った。

「いえ、私も勘違いがあったようですみません」

「座って」

「はい」

私はフィーの向かいに腰を降ろした。フィーも優雅に座り直す。


「マリーさんが好きなんだ」

座った途端に告白がなされた。

不肖マリー、異性から愛の告白をされるのは人生で初である。

フィーは変わっているがいい奴だ。時々可愛くもある。なので想いを告げられて不快ではなかった、ありがたいことだとも思う。


「ありがとうございます」

私は即座ににお礼を言い、フィーは力なく笑った。


「はは、顔色一つ変わらないね。予想通りの反応すぎて悲しい。でもマリーさんが僕のことを男としてすら見てないのは知ってる。そもそもマリーさんにとって、フランシス殿以外は男ではないもんね」

「結婚の対象として考えているのはフランシス様だけです。なのでフィー、申し出は非常にありがたいのですがおことわ」

「ストップ、待って! とりあえず僕の話を聞いて」

フィーは私の断りの言葉を遮ると、私を真正面から見据えた。


「僕はこう見えてもけっこうな権力を持っているんだよ」

何を思ったのかフィーはいきなりそう宣言した。


「……はあ」

私は特に権力に興味はないので、曖昧な相槌になる。私が興味があるのはセレス様のことだけだ。


「今のところ、家も継ぐ予定だ。ただこれについては兄上が健康を取り戻された今、どうなるかは分からない。でも継がないにしても何らかの立場は貰えると思う。家族仲はいいからね。僕は兄上の代わりに精一杯務めてもきたし、父上もそれは認めてくれていて、無下にはしないって言ってくれている」

「跡目争いにならないのは良い事ですね」

何が言いたいのか分からないので、私は当たり障りのない返事をした。


「うん。だから跡目を継がなくても僕の立場はそこそこになるし、何より実家の権力は凄いんだ」

「フィー、私は権力に魅力を感じるタイプではありません」


「知っているよ。あのねマリーさん、ここからが重要だからしっかり聞いて。それなりの権力と立場にある僕の結婚相手には相応の身分が求められるんだけど、マリーさんは男爵令嬢だ」


「!」

私は瞬時に理解した。

身分違いの婚姻。不可能ではないがフィーの家がかなりの高位貴族なら散々横やりは入るだろう。

となると……


「なるほど! 私を妾として迎えたいのですね」

回りくどかったが、これが言いたかったに違いない。

深窓のお坊ちゃんのフィーのことだ。“妾に欲しい”なんて言えなかったのだろう。

だが、素晴らしい私のこのアシストにフィーの顔は盛大に曇った。


「そんな訳ないだろう!? 馬鹿じゃないの!」

声を荒らげて怒られた。

ちょっと涙目にもなっているので怖くはない。

可愛いやつ。


そんなフィーは再び私を睨みつけ、口を開いた。


「マリーさんを無理矢理に相応しい身分にするんだよ。トトウ家にはもう話は通してある。僕との婚約を受けるなら、君はトトウ侯爵家の養女になれるんだ」


「!」

私は目を瞬いた。

トトウ家の養女……。


「マリーさんの年齢的に、フランシス殿の義妹、ノース夫人の義姉ということになる」

「!」


「僕と結婚しても、君の後ろ盾はトトウ家だ。関係性は続くだろうし、義理の姉妹としてノース夫人とは付き合っていくことになるだろう」

「!!」


私はごくりと唾を飲み込んだ。

セレス様の義理の姉。


「僕はね、自分が清廉潔白な男だなんて思ってないし、本当に欲しいものは手段を選ばずに手に入れるタイプなんだ。そして、マリーさんの心まで欲しい、なんて言うほど初心でもない。無理強いはしないけど、君が頷くためなら汚いやり方でも構わないんだよ」

フィーは最奥に炎を秘めた静かな瞳でそう言った。妙に色っぽくて大人っぽい。

フィーって大人の男だったんだな、と今更ながら思う。


私は胸がドキドキしてきた。

色っぽいフィーにも少しはドキドキしたが、何よりもセレス様の義理の姉というポジションにだ。

フィーと婚約すれば、それが本当に手に入る。


「ふふ、頰が赤いよ。そんなに嬉しい?」

フィーが瞳に熱を込めながら可笑しそうに笑う。

私は素直に頷いた。


「じゃあいいよね。マリーさん、僕と婚約して?」

控えめに首を傾げながら聞かれ、私はドキドキしながらこくりと頷いて告げた。


「その婚約、お受けします」




「…………………………よかった」

長い沈黙の後、フィーはほっと息を吐いてへにょりと表情を緩めた。


最後の『婚約して?』は随分と気楽な感じだったが、それは上辺だけで本当は緊張していたようだ。

可愛いやつ。





❋❋❋


私はフィーと応接室を出て、セレス様とアーノルドに彼の婚約の申し出を受け入れたことを伝えた。


「マリー、おめでとう」

別室でそわそわと待たれていたセレス様は、嬉しそうに顔を輝かせた。

私もニコニコする。何と言ってもセレス様の義理の姉になるのだから。


「あなたならどんな所でも立派にやれるわ。私も力になるわね」

そして続けられたセレス様の言葉。


どんな所でもとは大袈裟な気がする。

そういえば、フィーの実家とはどこなのだろう。

トトウ侯爵家に養子縁組を命じられるほどの力のある家門………どこだ?


有力貴族を順に思い浮かべる私の隣で、アーノルドが心配そうにフィーに話しかけた。


「フィー、本当にこんな形でいいの? マリーさんはセレスの姉になれるってことしか考えてないよ?」

「アニーに言われたくないよ。自分だって夫人と結婚した時は似たようなものだったじゃないか」

「……確かに。セレスは仕事を続けられるってことしか考えてなかった」

「ね」

「ならいいか」

「うん。何だかんだでマリーさんは優しいから、そこそこは好きになってくれると思うし」

「あー、そんな気はする。でもさ、王室の方は納得してるの?」

「そこは大丈夫」

「そっか。えーと、じゃあ、とりあえずおめでとう」

「ありがとう」

アーノルドのお祝いにフィーは顔をほころばせた。

私との婚約は本気で嬉しいらしい。


ふーん、嬉しいんだ、と思いながら見ているとフィーがこちらを向いた。私と目が合って、はにかみながら微笑む。

うむ、可愛いやつ。

こういう婚約者なら悪くないかもしれない。

それに何と言っても、セレス様と義理の姉妹にもなれるのだし。

私はうむうむと納得した。








………………。



………………。



ん?


ところで今、王室と聞こえたような?




fin







お読みいただきありがとうございます!

こちらの作品、少し前に完結させていたのですが、他作が跳ねる度にちょこちょこブクマしていただいていまして、感想もちょこちょこいただいていました。


その感想に、フィーとマリーはどうなるんだ?とのお声が多く、作者的にもこの二人は中途半端過ぎるなと引っ掛かっていたので、えいや!と書いてみました。

感想の力って凄いですね。

そう、感想の力って凄いんですよ。


完全にくっつけた訳ではなく、道すじを示しただけなのですが、ちょっとはスッキリできたでしょうか?

因みにこの展開は、ずーっと温めていたものです。カップリングを思い付いた時から、マリーが恋に落ちるのは難しそうなので、フィーには力業で手に入れてから攻略してもらうつもりでした。でもこれ攻略出来るかな笑


楽しんでいただけていれば嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
殿下!天才だと思います! いいところを攻めてきた!そして、フランシス様も助けた!笑本当に妹になって嬉しいだろうなぁ! カインだけが、残念か!笑
世界最強の騎士の話を読んでいる最中に気が付いて、また最初から読みに来ました。 更新ありがとうございます! めちゃくちゃ好きなお話なので嬉しいです! こちらも、世界最強の騎士の話もまた気が向いたら書いて…
更新ありがとうございます! マリーのことを想いながら独身貫いちゃう王子様になってしまうのかしらと フィーとマリーのその後はとても気になっていたので、更新嬉しいです♪ きっとジャンも一安心していることで…
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