47.王子サマの囲い込み(1)
久しぶりの更新です。もう一話あって、今晩か明日に投稿予定。
マリー視点です。
本日、私はいつもより遅めに帰宅されたセレス様にお部屋へと呼び出された。
「マリー、明日はあなたにドレスを着てもらう事になるの。今から選びましょう」
部屋に入った私にセレス様が言う。
「ドレス? なんで?」
セレス様と二人きりであったので遠慮なく聞くと、セレス様にしては珍しく目が泳いだ。
「その……マリーにお客様が来るのよ」
「私に?」
「ええ、まだ内々なのだけれど、マリーに婚約の打診があったの」
「受けないわ」
私は即答した。
私の狙う男はただ一人、セレス様の兄フランシス様のみだ。
もし、フランシス様の正妻になれればセレス様の義姉となれるからである。
正妻が無理なら妾でも愛人でもいいと思っている。幸運にも子供を授かれば、その子はなんとセレス様の姪か甥になるからだ。
セレス様の姪か甥だぞ? 絶対に可愛がれる自信がある。だが生真面目なフランシス様の場合、妾や愛人は正妻よりも難しそうなので狙うは正妻だ。
そういう訳でフランシス様以外の男には一ミリも興味はない。
「マリー、まずは話を聞いて」
「私はセレス様の側を離れるつもりはないわ」
「もちろん、無理に進めたりはしないのよ」
「進めるもなにも……!」
とここで、私はセレス様が私に一切の相談なく婚約を打診してきたという男を屋敷に招いているという事実に気付いた。
そんな事、いつものセレス様ならするはずがないのだ。
「セレス様、もしかして私を追い出したいの?」
そう聞いた私の声は情けないほど小さかった。
まさかとは思うが、結婚して私が邪魔になった?
アーノルドに人生で初めて恋をして、想いを交わし合い、私が鬱陶しくなったのだろうか。
セレス様好きの同士としてアーノルドに意気投合し、いろいろと情報を与えたのが気に障った可能性もある。
それとも、こないだのデートを尾行しようとしたのがやり過ぎだっただろうか。
狼狽える私にセレス様は慌てて首を横に振った。
「違うわ、マリー。それは違う。説明が足らなくてごめんなさい。私もさっき聞いた所で上手くまとめられてないみたいだわ」
「さっき? 帰りが遅かったのはそのせいなの?」
「ええ」
「…………」
どうやら私に婚約を申し込んだ相手は、仕事終わりのセレス様を捕まえてその打診をしたらしい。
屋敷の使用人の婚姻については、その家の女主人が采配することもあるのでセレス様に打診したこと自体は変なことではない。
だが、何の前触れもなしに仕事帰りに伝えてくるなんて強引で失礼な手段だ。おまけに明日の訪問まで取り付けている。
相手は余程の常識知らずか、かなりの高位の貴族なのだろう。
いや、セレス様が明日の訪問を断れなかったということは、かなりの高位貴族の方だ。
セレス様は子爵夫人で実家は侯爵家だ。生半可な家門がそんな失礼をしては最悪、社交界から叩き出されてしまう。
「断れない相手だったのね? 誰?」
私はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
誰かが権力や立場を傘に来て、セレス様に私の縁談を迫り、セレス様は失礼な相手に対して苦渋の決断をされたのだ。
許すまじである。
相手はきっと家だけ立派な耄碌したジジイに違いない。
私が城にお使いに行った時に見かけて、体付きが気に入ったとかなのだろう。
私の頭の中で、城の暗い廊下でいやらしい笑顔のジジイがセレス様に言い寄っている図が描かれる。
ますます許すまじだ。
「マリー、落ち着いて。どうしてそんなに怒っているの?」
「は? どこぞのエロジジイが権力を振りかざしてセレス様に迫ったんでしょう? 潰すわ」
私の想像ではもう、エロジジイはセレス様の手を握っている。
即刻、呪わねば。
「マリー、待って。勝手に想像を逞しくしないで。話を受けて面食らったのは事実だけど、相手はマリーが考えているような方ではないのよ。お話も明日の訪問も急だったけれど、お忙しい方だし、マリーに逃げられたくないとも言われて、妙に納得はしたの」
「は? エロジジイ相手に逃げも隠れもしないわよ」
返り討ちしてくれる。
「エロジジイではないの……マリーも知っている方よ」
「…………誰?」
「相手の方は、明日、あなたに直接会って自分の口からあなたに伝えたいのですって」
「へえ? 宣戦布告ってわけね」
ニヤリと笑うとセレス様はため息を吐かれた。
「どこをどうやったら宣戦布告になるのかしらね。誠実であるとか、真摯であると思うんだけど……」
ぶつぶつ呟くセレス様。
「相手が直接一騎打ちをしたいというなら、受けて立つわ」
私は拳を握りしめた。
仕事終わりのセレス様に言い寄った最低野郎だ。あちらから来るなら話は早い。万全の態勢で迎えてやろうではないか。
「……うーん、逃げないならいっか。本気だと仰っていたしきっと何とかなさるわね」
闘志を燃え上がらせる私を見ながらセレス様はそうぽつりと呟いた。
❋❋❋
そしてエロジジイとの決戦当日。
「ねえセレス、マリーさんは今日の顔合わせを大きく勘違いしてない? なんで殺気出てるの?」
昨日セレス様と選んだドレスを纏い、子爵家の侍女達に髪を結ってもらっている私の背後でアーノルドがこそこそとセレス様に話しかけている。
「ええ、誤解があるようですが、姿をくらませられるよりはいいかと」
「えっ、姿をくらます?」
「たまに突っ走るので可能性はあります。そうなると、探し出すのは至難の業です」
「な、なる、ほど……でもこれ大丈夫かな? とてもじゃないけど婚約は成立しなさそうだよ」
「なるようになるでしょう。ならなければ、それまでのご縁だったのでしょう」
「わあ、さすが俺のセレス。男前だね」
「せめてもっと前から言っていただけていれば、でん……お相手の方の良い噂を吹き込んだりも出来たのですが。ところで旦那様はご存知だったのですか?」
最後の問いの部分のセレス様の声は少し低い。
「へっ?いや、お、お、俺もこの話は昨日の晩に知ったよ」
「本当に? ご友人なのに?」
「ほら、ふぃ……あの方は本心は全然見せてくれないからさ。そんな事よりも、俺はセレスがマリーさんへの結婚の申し込みを許したっていうのに驚いたよ」
鋭くなるセレス様の返しにアーノルドは慌てて話題を変えた。
「驚いた? なぜですか?」
「セレスはずっと結婚に否定的だったから。そんなもの考えもしてなかったよね。カインとのことがなければ俺にチャンスなんてなかった。きっと一生見つめるだけで終わってた」
アーノルドがセレス様を見つめて、ちょっと甘い雰囲気になる背後の二人。
鏡越しにセレス様が焦っているのが分かる。部屋には私はもちろん他の侍女達もいて、私の支度のために手を動かしながらも皆、後ろの会話に聞き耳をたてているのだ。それはセレス様も察しているだろう。
セレス様は赤くなってアーノルドから目をそらした。
「確かに私は結婚だけが女の幸せとは考えていません。ただ手段の一つであることは否定しませんし、マリーを私に縛るつもりもないんです。選択の機会はあるべきでしょう。お相手の方はマリーの気持ちは尊重すると仰っていましたし、きちんと場を設けるべきかと思いました」
赤くなりがら早口で説明するセレス様。
可愛らしい一面だ。私を含め侍女達の口元が緩む。
そんな可愛らしさまであるセレス様の手を握ったに違いないエロジジイ、許すまじ。
私の闘志は再びメラメラと燃え上がる。
「うわ、マリーさーん、殺気が大きくなってるよ。相手がびっくりしちゃうから抑えよう」
アーノルドの声が飛んできて、私は我に返った。
アーノルドの言う事は一理ある。相手に警戒されては初手も決まりにくい。
私は深く深呼吸して気持ちを落ち着けた。
そうこうしている間に私の髪が結い上げられ、薄く化粧が施される。
執事のバートンさんがやって来て、私に婚約を申し込んだ奴の来訪を告げた。
いざ! 尋常に勝負!
私は静かな炎を燃やしつつ応接室へと向かった。