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45話 デート裏(1)

マリー視点です。

セレス様とアーノルドの初デートを、というかセレス様の人生の初デートを見届けようと尾行していたのだが、あっさりセレス様に見つかってしまい、私はしょうがなく、行く宛もないまま通りを歩いていた。


ふらふらと歩いていると、本屋の店先に「私の騎士様」の最新刊が積み上げられているのを見つける。


えっ?もう、最新刊?早すぎでは?と思ってよく見ると、番外編のようだ。厚みもいつもの半分くらいしかない。

宣伝文句を見ると、主人公ヒロインの友人の伯爵令嬢がメインの話らしい。


私は早速手に取ると、パラパラパラパラっと速読を始めた。


こういった恋愛小説は本来、速読するべきものではない。じっくりと字を追い、場面を想像してドキドキしたり、きゅんとたり、時には、にまにましながら読むべきものだ。

それは、分かっている。


セレス様も速読が出来るのにも関わらず、「私の騎士様」シリーズはじっくりと読まれている。


残念ながら読まれている間は、眉を寄せてるだけで、頬を赤らめたり、にまにましたりは一切されないけど、醸し出す雰囲気で楽しまれているのが分かる。


多分だけど、きゅんきゅんした時はちょっとだけ本を持つ手に力が入っている。

ふふふ、バレてますよ、可愛いんだから。と、いつも思う。


だから私も「私の騎士様」をセレス様に貸してもらって読む時は、ちゃんとじっくり読む。


でも今はじっくり読むべき時ではない。

今は、今後、遠くない未来に、セレス様がこの番外編を買おうか迷われた時に、きちんとアドバイスをするべく、備えておく為に読んでいるからだ。

あら筋と出来映えをチェックしておき、侍女として適切な助言が出来るようにしておかなくては。



パラパラパラパラっと速読を終えて、本を元に戻し、私はまた歩き出す。



ふむ、、、、まあまあ、かな。


セレス様お気に入りのヒロインが、あまり出てこないのはマイナスだが、話としては楽しめた。


何より、第三者の視点から、ヒロインとヒーローのいちゃつく様子を見るのは中々楽しい。特に、ヒーローについて、あの鈍いヒロインが気付かないような細かな愛情の表現とか、嫉妬する様子を冷静に詳しい分析付きで語ってくれてるのは読者へのサービスとしか思え「止めてくださいっ」


そこで私の考察は、震える若い女性の声によって中断された。


悲鳴?

辺りを見回す。


すぐ近くの路地の奥の方に、大柄な男が2人こちらに背を向けて立っているのが見えた。男達の影には小柄な女性がいるようだ。

男達は薄汚れた格好だが、女性はドレスのようで、仲良くしているようには見えない。

私はそっと路地へと入る。



「嬢ちゃん、あんたみたいな貴族様がこんな所を1人は良くないぜ」

「護衛も侍女もなしなんてなあ、俺達が護衛してやるからさ、」

「いやっ、近付かないで!誰か!」

「おいおい、騒ぐなよ、騒がなければ俺達は優しいぜ」

「きゃっ」


という会話を聞き、男の1人がぐいっと女性の腕を掴んだので、これは完全に仲良くしていないと判断する。


私は転がっていたまあまあ大きな石を、片方の男の後頭部に投げつけた。


ごっっ、という鈍い音がして男が倒れる。


「なっ、何だ!?」

もう1人の男が状況を把握しない内に足を払ってこかすと、その頭を思いっきり蹴って、気を失わせた。

ポケットからいざという時の為に持ち歩いているロープを出して、手早く男達を縛っておく。


ふむ。

上手くいった。


でも、少し体が鈍かったような気がする。近々また護身術の師匠の所に行って稽古をつけて貰わないとな、と思う。

セレス様の結婚でバタバタしたのと、師匠がぎっくり腰で倒れてしまったので顔を出せていないのだ、次の休みに行かなくては。


「あ、あの、、、」

声をかけられて、そちらを向くと今助けた女性が、がたがたと震えながら涙目で私を見ていた。


助けた女性は、かなり可憐な少女だった。

ウェーブのかかった鳶色の髪に、濡れているようなしっとりとした黒い瞳。華奢な体つきで、フリルとリボンがたくさんあしらわれた薄い水色のドレスを着ている。


「た、助けていただいてありがとうございます」

少女は震えながらも気丈にスカートを摘まむと淑女の礼をした。


「いえ、礼には及びません。ただの通りすがりです。ところで、ここはあまり安全ではないです、大通りへ出ましょう」

私は少女の手を取ると、まずは路地裏から連れ出した。



そのまま放り出す訳にもいかずに、近くの広場のベンチで事情を聞く。


「ウェンディ・オルランドと申します」

少女がまず名乗ったその名前に、私の眉はぴくりと動いた。


オルランド、という事はあのカイン・オルランドの関係者だろうか。

「オルランドとはオルランド公爵家ですか?」


ウェンディがびくりとする。

「あ、すいません。本日はお休みなのでこのような気楽な格好ですが、私は普段は子爵様のお屋敷で侍女をしておりますので、貴族の家門については一通り存じています」


「そうなのですね、その通りです。一通りの家門を覚えておられるなんて、素晴らしい侍女様ですね」


「私の主には遠く及びません。オルランド家であればご嫡男のカイン・オルランド様は遠目に拝見した事はございますが」

「それは、兄です」


なるほど。

「左様でございますか」

私はにっこりした。

カイン・オルランドは今やセレス様の友人だ。


高潔な私のセレス様は、自分が泣かされた男に対しても遺恨なく向き合い、友人に成られるような方なのだ。


つまり、ウェンディ嬢はセレス様の友人の妹様。失礼のないようにしなければ。

事情を聞いて力になれる所は力になろう、セレス様の友人の妹様なのだし。


「ところで、オルランド様は」

「ウェンディで大丈夫です、あの、」


「私の事はマリーとお呼びください。ウェンディ嬢はどうしてあんな所にお一人だったのですか?」


そう聞くとウェンディはうるうると瞳を潤ませて事情を説明してくれた。


本日、ウェンディは名前は明かせないが高位の貴族令息と貴族専用のサロンの貴賓室でお茶をご一緒する予定なのだという。

これは、ウェンディの叔父の計らいによるもので、その令息の婚約者の座を狙っての顔合わせであるらしい。


ウェンディは夜会等でその方をお見かけした事はあるが、その人柄はよく知らない。夜会での印象は薄い笑顔の少し冷たそうな方、という印象で、兄のカインはその令息と親しいが、律儀で真面目な兄からその方の話を聞く事はなく、一部の社交界の噂では女性に慣れている方だと聞いた事もある。


ウェンディは社交界デビューをしたての15才、過保護な父親のおかげで男性と外で2人で会うのは初めてで、かなり緊張していたのだが、加えて昨日読んだ小説がよくなかった。


「貴賓室なんて、他の方はいないでしょう、その方が人払いをされたら、護衛も侍女も下がるので、私、その方と2人きりになってしまいます、もし、その、何かされたらと、その、そういう本を読んだ所でして」


「゛私の騎士様 ~今回のヒロインは伯爵令嬢でしてよ~゛ですね」

「まあ!マリーさんも読まれたんですね、昨日発売で早速買って、読みましたの」


「私は先ほど申し訳ないのですが、店先でざっと読ませていただきました。確かにありましたね、そういうシーン」


「そうなんです、それで、すっかり怖じ気づいてしまって、馬車から侍女と護衛をまいて逃げてきてしまったんです」

しょんぼりとウェンディは項垂れる。


侍女と護衛をまくのって結構難しいと思われるのに、中々の行動力だ。

さっきも震えながらもきちんと礼をしていたし、度胸もありそうだ。ちょっと世間知らずな様子はあるが、将来有望なお嬢さんではないか。

さすがセレス様の友人の妹様。


「ウェンディ様、まずは馬車に戻りましょう。そして高位の貴族との約束を勝手に反古にするのは良くありません。せめてきちんとお断りをするべきです」


「、、、、はい。そうですよね。こうして逃げて来てみると、まさかその方がこんな小娘に何かするとも思えないし、女の方に慣れてるらしい、というのも本当に一部の噂ですし、、、私、戻ってお茶してきます」

そう言いながらもウェンディは不安そうだ。

先ほどの路地裏の事もあって、今は男というだけで怖いだろうに健気だ。


「その貴族専用のサロンは゛サロン蔦゛ですか?」

「え?あ、はい。そうです」

「貴賓室は、百合の間でしょうか?それとも牡丹の間?」

「詳しいんですね、百合の間です」

「ならば、外に向けてのバルコニーがあります」

サロン蔦であれば、セレス様が商談でよく使うのに付いて行っているから知っているし、間取りも把握している。


「私であれば、そのバルコニーに外から入って潜んでおく事は可能なので、もし何かあればお助けします」

「えっ、それは、とても素敵ですけど、、、あの、マリーさんは一体どういう」


「そこは通りすがりの有能な侍女という事で、詮索無用でお願いします」

万が一、ウェンディからカインを通してセレス様に今回のいろいろが伝わってはまずい。

路地裏の男達をのした事も、バルコニーに潜む事もセレス様ならがっつり止められる事だからだ。


「でも、、、」

「ご安心ください。護身術を嗜んでいるのでこういう事は得意なんです。お相手は公爵家の貴女でも断りづらい相手なのでしょう?同等の爵位か、かなりの権力もしくは財力がある方ですね、そんな方が人払いをされたら、公爵家の護衛と侍女も引かざるを得ないでしょう」


「あ、」

「万が一もないでしょうが、ウェンディ嬢の心の安心の為にも私がバルコニーで見守ります。本日は暇ですし」

「マリーさん」

ウェンディは私の手を取ると、ありがとうございます、と泣きそうになりながら言った。



そうして、私はウェンディを大通りの公爵家の馬車の近くまで送り、サロン蔦へと行くと、百合の間のバルコニーに身を潜めた。


少しして、ウェンディの一行が約束の時間より少し早めに部屋に到着する。

ウェンディはやはりかなりの度胸があるレディのようだ。バルコニーを一顧だにしなかった。


私は室内の様子に集中する。

ウェンディ達の後、定刻通りに部屋へと相手のもう一組が案内されてきた。




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