43話 あらこんな所に埃が
私は朝から、じっとクローゼットを開けて集中していた。
「ねえセレス、少し前に言ってたデートを次の休みにしよう?」
アーノルドからそのように提案されたのは、先週の事だ。
そういえば、私の為に開発してくれた魔道具のお礼にデートの約束をしていたな、と思い出す。
「いいですよ」
私が答えると、アーノルドが嬉しそうに微笑む。
時は夕食時で、何か疲れる事でもあったのか、その日のアーノルドはお酒のペースが早く、酔いが回った少しとろんとした顔で微笑まれて、ドキドキしてしまう。
「行き先が決まれば教えてくださいね。それに合わせて服を決めますので」
ドキドキを隠そうと、私は少し早口でそう言った。
そしてデートの2日前に告げられたデートコースは、昼前に屋敷を出て医学書や薬学書を専門的に扱っている゛ソロモン書店゛へ行った後、私が侯爵令嬢時代に父や兄とよく行っていたレストラン、゛ハナビシ゛でランチをする。
というシンプルなものだった。
ランチの後は、メインストリートの気になる店を見てもいいし、公園でのんびりしてもいいね、とアーノルドは言った。
相変わらず、私の愛用する本屋や、まだ出会っていない令嬢の時に気に入っていたレストランをしっかり把握している。
そして、昼からの予定を流動的にするあたり、手慣れてるな、と思ってちょっとむっとする。
ふん、別に、誰とデートしたかとか気にならないし、聞かないし。
結婚前の事なら私には関係ないし。
「セレス?何か気に入らないの?もしかして俺がセレスの行きつけの本屋とか知ってるの嫌だった?」
黙った私にアーノルドがオロオロする。
「大丈夫です。それより午後から行きたい所があります」
我ながら、むっとした理由が恥ずかしいのでそれには触れずに、最近顔を出せてない、マダム・メープルのブティックに行きたいとアーノルドに提案した。
「ああ、セレスの夜会のドレスを誂えてる店だね」
もちろん、教えてないのに私の行きつけのブティックも知っている夫。
本当に出来たら直接聞いてほしいな、と思う。
「そうです。マダムには私から連絡をいれておきますね」
私はブティックには、私の名前で予約を入れておいた。
そして今日はデート当日。
そんなデートに着ていくべき服を私は今選んでいる。
ランチをする予定のハナビシは、夜なら正装で行ってもいいくらいの格式高いレストランで、ランチ時は夜よりカジュアルな雰囲気にはなるが、それでもブーツやミディ丈のドレスには眉をひそめられるような店だ。
本格的なドレスを着る必要はないけれど、気軽なお茶会程度には着ていけるものにしよう、と決める。
色は、暗い色が好みだし落ち着くけれども、デートな訳だし少し明るめの方がいいかな?
と思っていると背後から、温かい眼差しを感じて、振り返るとマリーだった。
「セレス様、それは恋ね」
マリーがマリーらしからぬ事を言う。
「背中がウキウキしてる。服を迷ってるのも珍しいし、恋ね。少し可愛い色で行くのね?」
マリーが何やら慈愛に満ちた笑顔だ。
ちょっと気持ち悪い。
「マリー、気持ち悪いからその顔やめて」
「初デートなんでしょう」
「自分がこないだデートしたからって、偉そうね」
マリーは何故か先週、たまたま知り合ったおそらく高位貴族の坊っちゃんとデートをしたらしい。
「成り行きで、デートというものをしたけれど楽しかった」と聞いて、かなり驚き、心配したのだが、相手の坊っちゃんはマリーが言うには、かなりいい所の坊っちゃんで、害はない、との事。
まあ、マリーに限って、騙されるとか遊ばれるなんて事はないだろうし、私よりも1つ上でお年頃なんてとっくに過ぎてるのだからそういうお付き合いもあっても良いか、と私は納得した。
出来ればこれを機会に、兄のフランシス以外の男性にも興味くらいは持って欲しい。
ところで、いい所の坊っちゃんって誰だろう?
マリーは身分としては男爵家の令嬢だ、相手の家格や、家族構成によっては嫁ぐ事も可能だ。
マリーの嫁ぎ先を探す事はマリーの女主人である私の仕事の1つでもあるし、今度探りを入れてみてもいいかもしれない。
出来れば、嫁いでも気軽に会えるような所がいいな、と思う。マリーさえ良ければ、貴族の三男の会計士とかと結婚して、夫婦で子爵家に住み込んで働いて欲しいなあ、、、なんて自分に都合のいい事も考えてしまう。
いけない、いけない、マリーの気持ちを最優先しなくては。
私は都合のいい理想を振り払って、ドレス選びに戻った。
「明るい色にしなよ、天気もいいし」
マリーがデートの先輩ぶって、アドバイスしてくる。
「ふん、別にマリーに言われたからじゃないわよ、元から少し明るめにしようかな、と思ってたのよ」
結局、私はクローゼットからグレーがかった藤色の生地に、白いレースが付いた普段用のドレスを選ぶ。襟は詰まっているデザインなので、レースに合わせた真珠のイヤリングだけ付ける事にする。
「髪型はどうする?襟が詰まってるしここは緩く上げる?」
「そうする」
「分かった」
マリーに髪を上げてもらい、薄く化粧をして玄関ホールに向かうと、既に準備を終えたアーノルドが待っていた。
アーノルドはリボンタイ付きの華やかな白のシャツに、グレーのトラウザーズで、足元は少し艶のある黒の革靴を履いていた。
アッシュグレイの髪の毛は、薄い緑色のリボンで纏められている。
私を認めると、優しく微笑む。
私はローブ姿ではないアーノルドにちょっとドキドキする。
「どうかな?」
アーノルドが自分の格好について聞いてくる。
通常はまず、私を褒めるべきとこだと思うけれども、それよりも自分の装いを私が気に入ったかどうかが気になるようだ。
「素敵です」
「良かった」
アーノルドがほっと息を吐く。
お洒落に気を遣うのは苦手なのに、一生懸命選んだんだろうな、と思うとちょっと嬉しい。
「そういう華やかなシャツが似合うとは意外ですね」
「そう?フィーならもっと似合うよ」
「ふむ、確かにお似合いになりそうですが、そうなるともっと甘くなると思います。好き好きですが、私としては、、、、、、、何でもないです、行きましょう」
「私としては?」
「何でもありません」
「私としては、俺の方が好き?」
「、、、まあ、そうです」
顔を反らしてそう言うと、アーノルドがするりと私の腰に手を回してそっと抱き締めてきた。
「可愛い俺のセレス」
「あの、、、旦那様」
玄関ホールにはバートンもサマスもマリーも侍女達も勢揃いだったので、かあっと顔が熱くなる。
皆の手前、押し退ける訳にもいかず私がオロオロと周りを見回すと、マリー以外は皆一斉に目を反らした。
サマスと侍女達は「あら、こんな所に埃が、、、」と階段のぴかぴかの手摺のありもしない埃を払い出し、バートンはバートンで、「ふうむ、もう少し右ですかな、、、」とホールの花瓶の位置を細かく微調整しだす。
マリーだけは聖母の微笑みのような笑顔を浮かべて、うむうむと頷いている。
「そういう、薄い色も似合うね、セレス」
「ありがとうございます。旦那様、もう、行きましょう、すぐに出発しましょう!」
私はアーノルドの腕から少し強引に抜け出ると、扉を開けて馬車へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
他作品の効果でしょうか。
ブクマが100件に達してたので、嬉しくてつい書きました。