40話 まずは服を着ましょう2
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「セレス様、朝ですよ。、、、、ん?」
その日、いつものようにマリーが私を起こしにきた。
私はぱちりと目を開ける。寝起きはいいのだ。
目を開けるとマリーが変な顔をしてこちらを見ていた。
ああそうだ、昨夜、猫の゛だんなさま゛を招き入れて一緒に眠ってしまったままだ、と腕の中のアッシュグレイのもふもふを見て気付く。
ベッドに猫を上げたらなんて、怒られるかしら?
そんな事を思っていると、゛だんなさま゛はベッドから抜け出して、ぱあっと光り裸のアーノルドが表れた。
「、、、、、、。」
「おはよう、マリーさん。昨日遅かったから猫で帰ってきてそのままこっちで寝ちゃったんだ。セレスが起きない内に戻るよ。」
唖然とする私には気付かずに、アーノルドがマリーに説明している。
マリーはというと、目の前に全裸のアーノルドが居るのに全く動じずに私のガウンを差し出していた。
流石だわ、と思う。
私なら目くらいは背けると思う。マリーの冷静さに舌をまく。
アーノルドは慌ててガウンを羽織ると、
「そういう訳で、俺の部屋に戻るね。」
と宣った。
は?
という目で私はアーノルドの背中を見る。
このまま戻れるとでも?
「いいえ、それは難しいと思います。私は一旦失礼するので落ち着いたら呼んでください。」
マリーがそう言ってやっとアーノルドはこちらを振り返った。
「、、、、、、、、、起きてる。」
「おはようございます、旦那様。」
私は自分もゆっくりとベッドから出ると絶対零度の声色で言った。
マリーがさっと部屋を出ていく。
「おはよう、セレス。」
「ご説明いただけますか?いただけますね。」
きりきりと睨みながら詰め寄ると、アーノルドは慌てて化身の術について説明し出した。
アーノルドは魔法とは別の特殊能力で、猫に姿を変えれるらしい。杖も使わずに姿を変えられるとの事。
アーノルドはかなり動揺しているようで、素人には分かりにくい魔法と特殊能力の違いについても説明してくれる。
そこは聞き流す。
どうやら、前にあったアーノルド失踪事件は猫の姿の時に壁に挟まれて身動きが取れなかったらしいという情報が出てくる。
なるほど、それで顔と全身の擦過傷があったのだと納得する。
化身の術の事は、アーノルドの家族以外ではフィッツロイ殿下とカイン卿、前宰相閣下とサマスとバートンだけが知っていて、最近マリーとジャンも知る所となったようだ。
アーノルドは今、マリーがこの事を知っているのはたまたまの事であって、「俺とマリーさんが何でも話す特別な関係とかじゃないからね、ね!違うからね!」とよく分からないポイントをすごく必死に強調している。
「ねえ、セレス、本当に違うからね。フィーに疑われるのは構わないけど、君に疑われるのは絶対に嫌なんだ、違うからね!」
そこはいい。
そんな事はさっき夫の裸を眉1つ動かさずに見ていたマリーで証明済みだ。
そんな事より、だ。
「私の記憶が正しければ、旦那様とは王宮のバルコニーで話す前に、猫の時に会ってますね?」
「あー、、、、うん。」
「休日出勤の時にも何度か来てますね?」
聞きながら、最初に屋敷で出会った時に猫の旦那様を見たバートンが凍りついていたのを思い出す。
「はい。」
「王宮の敷地でも会いましたね?」
この時もカイン卿の様子が変だった。
「うん。」
「面白がっていたんですか?」
猫のアーノルドに対して私は随分無防備だったはずだ。顔つきも言葉遣いもゆるゆるになっていた自覚はある。
「違うよ!」
「昨日も、」
そこで昨夜、猫のアーノルドに ゛旦那様がいなくて寂しい゛とつい言ってしまった事を思い出してかあっと顔が熱くなる。
信じられない。
そして更に、屋敷の庭で膝に乗ってきたのも、王宮の敷地で首すじをなめてきたのも、体を許す前だったと気付く。
信じられない。
「ずっと楽しんでいたんですね?」
「違うよ!いや!違わないけど、違う!」
猫の事を秘密にして楽しんでいたアーノルドにも腹がたったが、私は傷付いてもいた。
「私には話すほどの信頼もなかったんですね?」
「ちがう。」
アーノルドは悲しそうに顔を歪めた。
「マリーに話したタイミングで私にも話してくれても良かったですよね?」
「それは、、、。」
きっと睨み付けたまま黙ると、アーノルドもぐっと下を向いて黙った。
「、、、、、、。」
しばらく黙っていたが、やがてアーノルドの体がぱあっと光ると猫になった。
私の前でちょこんと座り、目をうるうるさせながら見上げてくる。
「何ですか?その姿なら許してもらえるとでも?」
冷たく見下ろすとアーノルドはごろんと腹をさらけ出して仰向けに寝転がった。
服従の姿勢のつもりらしい。
「ふんっ。」
それくらいで絆されるもんか、とは思ったがしゃがんでお腹をこしょこしょしてやる。
アーノルドはぐねぐねしながら必死に耐える。
両手を使って執拗にこしょばす。
さわさわさわ、こしょこしょこしょ
ひぅっ、とアーノルドが声をあげるが手を緩めてなんかやらない。
こしょこしょこしょこしょこしょこしょ
さわり、さわり、こしょこしょこしょ
こしょこしょこしょこしょこしょ
しばらくそうやって、くすぐり続けていると少しだけだが気が晴れた。
アーノルドは息も絶え絶えで悶絶している。いい気味だ。
「今日はお休みでしたよね。」
やっと何とか座り込んだアーノルドに聞くと、にゃ、と肯定の返事が返ってきた。
「では、本日は私がいいと言うまでそのままです。」
にゃ!?
「そのままです。」
にゃー。
私はマリーを呼ぶと、寝間着から着替えた。マリーは猫のアーノルドをちらりと見たが気にせず自分の仕事をする。
着替えてから食堂へ向かう。アーノルドはちょんちょんと付いてくる。
すれ違う侍女達が、「あら、奥様、猫を飼うんですか?」と聞いてくる。
「昨日から預かっているの。」
「きれいな毛並みですね。」
「そうね。」
サマスとバートンはマリーから事情を聞いていたようで、何ともいえない残念な表情で猫のアーノルドを見てため息を付いた。
食堂で私のはいつものように朝食を食べ、アーノルドは皿に置かれたソーセージと卵焼き、ミルクをもらっていた。
ぴちゃぴちゃと幸せそうにミルクを飲みやがるので、じとっと睨むとびくっとして、そこからはそろりそろりと飲んでいた。
朝食の後は久しぶりに庭いじりをする。アーノルドは相変わらず、ちょんちょんと私の後を付いてくる。
立ち止まって振り返るとびくっと固まった。
ちょっと可愛い。
庭いじりの後、昼食を食べる。
アーノルドは特別にリゾットを作ってもらって、嬉しそうに食べた。時々、こちらを見上げて私の機嫌の具合を観察しては目が合うとびくっと固まる。
昼食の後は読書をした。読みながら少しうとうとしてしまい、はっと目を覚ますとアーノルドが猫のままで一生懸命ひざ掛けをかけようとしていた。
可愛い。
午後のお茶も猫のアーノルドといただく。
向かいの椅子にちょんと座るアーノルドにカップで紅茶を出してやるとぴちゃっと舐めるが、熱かったようでぶわっと毛を逆立てている。
可愛い。
悔しいが私の機嫌は完全に直っていた。
そろそろ許してやるか、と思う。私は信頼されてなかったのかと言った時のアーノルドの悲しそうな顔を思い出す。
「旦那様、もう気が済みました。戻っていいですよ。」
そう伝えると猫の顔が嬉しそうに輝き、ぱあっと人のアーノルドに戻った。
戻るとすぐにぎゅうっと抱き締められた。
「ごめんね、セレス。ごめん。俺がいろいろ楽しみたかったせいでごめん。ただひたすら楽しみたかっただけなんだ、信頼してないとか一切ないから、大好きだから、愛してるから。」
少し涙声でアーノルドは必死に訴えてきた。
「私も愛しています。」
「っ、、、、、。」
アーノルドが声にならない嬉しい悲鳴をあげる。
「そして旦那様。」
「なに?」
「まずは、服を着ましょう。」
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