4話 形だけの結婚 (3)
「ひどいなあ、今のはさすがに俺も傷つきます。もうちょっと婉曲に断ってほしいなあ。」
「絶対嫌です。マリー、お引き取り願うわよ。執事を呼んで馬車をまわしてもらいなさい。」
私は立ち上がってマリーに伝えた。
「わあっ、待って、待って!ごめんなさい。待って!もちろん、下心はありますけど、そういう目的ではなくてですね!だから形だけの結婚して、薔薇は今まで通り、働けるよっていう話です。」
「、、、、。」
「ね。俺の生家は伯爵家で、ややこしい親戚はいないまあまあ貧乏な家です。貴女が働くことは俺さえ容認すれば何の障害もないです。」
マリーが執事を呼びに行くのを完全にやめた気配がする。
「、、、でも、現在オルランド公爵家からはもう、婚約の申込みの正式な書状が届いてしまっています。返事はまだですが、貴方との婚姻を理由に断れるかは微妙です。」
爵位も下だし、話も後からだ。
向こうは怒って強引に話を進めるかもしれない。
「既成事実を作ればいいのでは?」
アーノルドは可愛く小首をかしげてそう言った。
「お断りします。マリー!」
「待ってください!ごめんなさい、今のはあわよくばはありましたけど、冗談です。待って、マリー!待って!」
「私の侍女を呼び捨てにしないでください。」
「マリーさん!待ってね!貴女が俺との結婚を承諾してくれるなら、公爵家には俺から話をします。おそらく向こうは折れます。」
「なぜ?」
「いちおう、俺の結婚は王命なので。」
「、、、、なぜ?」
「うん?だから俺の結婚は王」
「そうではなくて、なぜ貴方の結婚が王命なんです?」
「あー、あの、本当に誓って、邪な思いはあっても目的ではないので、それだけ念頭に置いて怒らないで聞いてくれます?」
アーノルドは言いにくそうに、俯いて上目遣いで聞いてきた。
顔がそれなりに整っている上に、叔父と同じ目でそんな事をされると少し絆されそうになる。
「怒らないから言ってください。」
「俺の魔力、まあまあ凄くてですね。それで、魔力は遺伝の要素が多いでしょう?前々からとにかく早く結婚して子供を、と散々魔法塔長官と宰相から言われてたんですけど、奴らはついに陛下を頼って1年以内に自主的に結婚しないなら、国が決めた相手と結婚させる、という王命がですね、、、、そんな冷たい顔しないでください。」
「私は貴方と子供を作る気はありません。」
絶対零度の声色で私は言った。
「怒らないっていったじゃないですか。」
「怒ってません。」
「俺はもちろん、貴女の同意なしに貴女に触れたりしません。俺としては良く分からない相手をあてがわれるよりは、恋い焦がれる貴女とカモフラージュでもいいから結婚したいんです」
私は思わず額に手をあてた。
さっきからちらちら聞こえる愛の言葉というか、匂わせる発言が、無視できなくなってきて頭が痛い。
「一旦、整理しましょう。」
私はアーノルドの向かいに座り直した。
絶妙のタイミングでお茶も運ばれてくる。
マリーが私とアーノルドの前にお茶と茶菓子を置いた。
「ありがとう、マリーさん。」
アーノルドは至極自然にそうお礼を言った。
「貴方は私が公爵家との縁談を断るために、私と形だけの結婚をして、私が働くのを認めてくれる。そして、貴方は私を、その、どうやら」
「お慕いしています。」
私は一瞬目を伏せた。
唇をきゅっと結び直して、気を引き締める。
「貴方は私に気持ちがあって、形だけであっても私と結婚ができて、おまけに王命にも従える。ですね?」
「そうです。」
「はあ。」
「双方、良いことしかありません。問題がありますか?」
「貴方が私に想いを寄せてるのは問題だと思います。」
「なぜです?貴女なら慣れていることでしょう?」
「慣れてなどおりません。そもそも私は滅多に愛を囁かれませんし、そういう事もここ最近は全くありません。年齢的にとうが立ってきておりますから。」
「そうですか?」
「そうです。孤高のエメラルド、は正にそういった当て擦りでしょう?」
゛孤高のエメラルド゛は20才を過ぎた辺りから言われるようになったものだ。お高く止まって売れ残っているのだろう、と揶揄られていることくらい知っているし、望むところだった。
アーノルドは目を瞬いて私を見た。
「薔薇の魅力はここ最近増すばかりです。」
「そういった事を言われては、困ります。」
「慣れますよ。」
「身の危険も感じます。」
「それについては、何か対策を取るよう考えます。俺も貴女と1つ屋根の下で自制できるか自信はな、あ、冗談です。冗談ですよ。」
私が睨んでいるのに気付いて、アーノルドは慌てて誤魔化した。
私はため息をついて、お茶を飲んだ。
この人は、本当に私を好きなのだろうか、どうもそこから胡散臭い気がしてきた。
いろいろ言う割には真剣味がないし、そもそもこんなに軽く愛を告白するものなのだろうか。
恋愛事には興味がなかったから、全然分からない。
アーノルドとしても、王命で結婚相手を探している以上は、陛下を満足させられるだけの、それなりの相手を探しているのだろうし、昨夜知った私側の事情が好都合だったのかもしれない。
私なら爵位的にも立場的にも陛下を納得させられるのだろう。
それならそうと言ってくれたら気持ち悪くないのに、、、。なぜ不要な愛を入れてくるのだろう。
そして、この人の説得で本当にオルランド家は折れるのだろうか、、、。
と、そこまで考えて私はアーノルドの話を飲んでみてもいいかもしれないと思った。
この人が本当にオルランド家を説得できるかはともかく、こんな変人との話は実体がなくても十分醜聞だ。アーノルドが公爵家に乗り込めば噂にもなるだろう。そんな噂は次期公爵の嫁には不似合いだし、社交界の評判だけで私を望んでいるらしいカイン・オルランドは及び腰になるだろう。
オルランド家が今回折れなくても、この件で縁談を見直すことはあり得る。
婚約だけして、破棄する可能性も出てくる。
やらないよりはやった方がいい。
私は腹を括った。
「あのー、薔薇?」
「貴方との結婚、お受けしましょう。」
背後でマリーが息を飲んだ。
私の返事にアーノルドは、信じられないといった表情で固まった。
「アーノルド様?」
そう声をかけると、アーノルドはじわじわと表情を崩して、ふにゃりと笑った。
「薔薇に名前を呼んでもらえる日がくるとは。」
ものすごく嬉しそうで気持ち悪い。
これからはできるだけ名前で呼ばないようにしよう、と私は誓った。
「そうと決まれば、私の父に報告しましょう。」
「えっ、ええっ。今からですか?展開が早いな。」
「ちょうど家におりますもの。貴方も今日は悪くない出で立ちですし問題ないでしょう。」
「本当ですか?薔薇に合格点をもらえるなんて、今日は本当にがんばった甲斐があります。」
「マリー、父上に書斎に伺うとお伝えして、大事な用件だと。」
アーノルドの言うことは総無視して私はマリーに指示した。
「承知しました。」
マリーが嬉しそうに弾む足取りで部屋を出ていった。