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37話 カイン・オルランド(2)

***


アーノルドののろけとフィーの今回の婚約破棄の顛末を聞いてから俺はフィーの執務室を出た。

そして騎士団へと戻る道すがら後ろから声をかけられた。


「すいません、そちらの騎士様。」


振り返ると、そこには長身の黒髪の侍女が1人立っていた。王宮の侍女服ではない。


俺は少し身構えた。

王宮の侍女ではなかったからではない、騎士団の建物なんかが集まるこの辺りには勤め人の屋敷の侍女や商人の家の侍女がお使いで来る事はよくある。

見構えたのは声をかけてきた侍女の雰囲気がある女性に似ていたからだ。


最近、女にしては長身でこういう風にきりっとした女性を見ると反射的に反応してしまう。

淡い恋心を抱くと同時にすぐ失恋した女性を思い出してしまうからだろうか。








、、、、淡い恋心?


、、、、失恋?


いやいやいや、待て待て待て。違う、違うぞ。友人だ、友人に似ているから身が引き締まるのだ。

セレスティーヌ嬢は友人だ。

彼女は俺が子供の時から持っていた、女性への偏見のようなものを正してくれた友人なのだ。



俺の母親は泣いてばかりいる人だった。冷たい夫に、馴染めない使用人達、心労のせいか妹を産んですぐ亡くなった。


公爵家の侍女達は俺に対しては、神か何かのような扱いで、俺の一挙手一投足にきちきち反応していた。だから子供の俺にとっては妹を除く女性は、とにかく弱く男性に付き従うイメージしかなかったのだ。


そんな俺は、15才で初めて社交界に出た。

そこで俺が体験した女達は媚びを売ってすり寄ってくるような者達ばかりで、俺は完全に女性を軽蔑するに至る。


今から思えば、公爵家嫡男とはいえ、そして既に騎士として認められていたとはいえ、無愛想で尊大で俺様的な雰囲気全開だった俺になど良識あるレディが近付く訳はなく、すり寄って来ていたのは、とにかく俺の家門だけが目当ての奴とか、親の命で仕方なくやって来ていた奴だった訳で、そこで゛女というものはこんなものか゛と勝手にげんなりした俺が悪い。


俺はすぐに夜会などの社交の場には顔を出さなくなり、騎士団の仕事に打ち込む事になる。


そして、父親は尊敬する人ではあるが、軍一筋の人で社交は付き合い程度、俺に社交界での女性への接し方を教えようという考えすらない人だった。


という事で、初対面のセレスティーヌ嬢へのあの無礼な態度となったのだ。



「私も、顔も知らない女に婚約の申し出をするような非常識な男はどんな男かと思っていましたが、良識の欠片もない方ですね。」


女からこんな風に面と向かって非難されたのは初めてだった。


「気心の知れた間柄ではないのに、婦人と部屋で2人きりで扉を閉めるなんて騎士としてあるまじき行為です。また、不躾な視線もとても失礼でしたし、突然手に触れるなんて紳士のする事ではありませんでした。紳士ではない貴方には私も礼を返す必要はないでしょうから、これで失礼します。」


騎士ではない、紳士ではない、という言葉は俺に衝撃を与えたし、何よりも背筋を正して冷静に毅然とした態度で俺に向かい合うセレスティーヌ嬢は自立した大人で、俺は雷に打たれたような感覚だった。


セレスティーヌ嬢からの厳しい言葉と態度に俺は大分参ったのだったが、そこに更に俺に追い討ちをかけたのは妹だった。

セレスティーヌ嬢との一件が、彼女を巡っての決闘だの何だのという変な噂になってしまい、それを妹が聞きつけ、そして俺がセレスティーヌ嬢へ婚約の申し込みをしていた事を知った妹は激怒した。

その時、初めて知ったのだが妹はセレスティーヌ嬢へ一方的に強く憧れていたのだ。


「お父様が勝手に申し込んだ?はああ?お兄様ごときがセレス様のお隣に並べる訳がないでしょう?何も知らなかった?はああ?何も知らずに婚約申し込むんじゃないわよ!セレス様よ?社交界の薔薇よ?お姿見た事あって?そのドレスとアクセサリーの見事なセンスを知っていて?彼女が流行を作ってるのよ。おまけに薬師塔では叔父上様と並んでエースで、御自分のお仕事に誇りと情熱を持っていらっしゃる方なのよ?公爵夫人なんてセレス様にはなんの魅力もないわよ!勝手に押し付けて困らせてんじゃないわよ!よくも私のセレス様を!私の至高の薔薇を!!しかも、部屋で2人っきりになって手まで握ったらしいじゃない、アホなの?お兄様はアホなの?そら取り合ったって噂になるわよ!騎士団の方々に聞いてみなさい、そ・ん・な・こ・と!!騎士ならぜええっっったい、しないわああっっ!!」


未だかつて、こんなに取り乱して怒った妹を見た事はなかった。そして絶交された。


俺は妹に言われた通り、信頼できる騎士団の先輩に助言を仰ぎ、俺のセレスティーヌ嬢に対する態度は非常に無礼だったと思い知ることになる。


そうして、非常に気まずい思いの中セレスティーヌ嬢と仕事で顔を合わせた。

彼女はとても冷静にきちんと仕事の話をした。俺との一件なんておくびにも出さなかった。


俺が何とか詫びると、あっさり許してくれておまけに笑った。

妹以外で俺に対してこんな風に自然な笑顔を向けてきた女性はとても久しぶりだった。もちろん俺が無愛想で俺様だったからだ。


セレスティーヌ嬢の仕事ぶりは、そつがなく正確で俺への意見や回答は的確で分かりやすい。俺はすぐに仕事仲間としての好感を抱く。


その後、出張旅行先で見た彼女のいろんな一面や特技には驚かされたし、彼女の新たな魅力の発見だった。


でも、出会った時からセレスティーヌ嬢はアーノルドの妻だ。だから彼女の魅力を知ったからといって、恋に落ちたとか、そういうのではない。そもそものレールが違うのだ。友人としての魅力だ。



「騎士様?」

俺の様子に黒髪の侍女は怪訝な顔をした。


「あ、いや、すまない。何だろうか?」

「はい。主への使いで参ったのですが、こちらに不馴れでして。魔法塔の場所を教えていただきたいのです。」

黒髪の侍女は、とても事務的に言った。

その事務的な様子もセレスティーヌ嬢を思い起こさせる。

何だか、この侍女は特にセレスティーヌ嬢に似ている気がする。


「魔法塔か、案内しよう。ついて来い。」

俺はそう言って歩き出すと、侍女はすぐに付いてきた。

ただ黙って付いて来る。世間話などをする気は一切ないようだ。俺にとってはありがたい。


そうして、少し一緒に歩いた所で声がかかった。


「マリー!!」

咎めるような強い口調の声だった。

こちらに対してかけられたようだったので、声がした方を向くと金髪の文官の男がこちらに早足でやって来た。


金髪に緑色の瞳の男だ。

顔立ちが、セレスティーヌ嬢に似ている、と思った俺は自分で自分に慌てる。


いかん、何か変だ。この侍女でセレスティーヌ嬢を思い出したからといって、髪色と瞳の色が同じというだけで男の文官までもセレスティーヌ嬢に結びつけるとは。

どうしたんだ、今日の俺は。変だ。絶対に変だ。


そんな風に慌てる俺にはお構なく金髪の文官は俺達の所まで来ると、ぐいっと侍女の肩を抱き寄せた。


「騎士殿はうちの侍女に何かご用でしたか?」

そう聞いてきた文官の目には少し敵意が感じられた。焦りもあるように見える。


よく分からないが、余計な事に巻き込まれるのは御免だ。この文官が寵をかけている侍女なのだろう。勝手にやってくれ、と思う。


「俺は彼女に道案内をしていただけだ。主が見つかったなら良かった。これで失礼する。」


俺は言うべき事だけ告げると、すぐにその場を離れた。

何より、さっきから少し変だ。すぐに騎士団に戻って剣の素振りでもしよう。





***


「フランシス様。」

カインが去って、マリーは自分の肩をきつく抱くフランシスの手を見ながら言った。


「これは、ついに私の希望通り私を貴方の愛人にしていただける、という事でしょうか。」


それを聞いたフランシスはため息をつく。

だが、手は離さない。フランシスとしては、カインが見えなくなるまでこの手を離す訳にはいかない。


「マリー、それについては再三断っているだろう。諦めてくれ。」


「私はいつでもフランシス様のものになる用意はできております。」


「マリー、君はセレスと同じで、私には妹みたいなものだ。それは無理だよ。」

「残念です。」


「マリー、何度も言うけどセレスの義姉になりたいだけで、私に迫るのは止めなさい。」


「とても魅力的なのです。セレス様の義姉。」


フランシスはこめかみをぐりぐりとして、カインが見えなくなったのでマリーの肩をから手を離した。


「先ほどの騎士の方は良くない方なのですか?」

マリーが尋ねる。


「ああ、今はマリーがあの騎士に何かするんじゃないかと気が気じゃなかったんだ。君ならすぐ突き止めるだろうから教えるけど、あの騎士が、カイン・オルランドだよ。」


フランシスが答えた途端に、マリーの目の色が変わる。フランシスは慌ててマリーの手を握る。絶対に離さないぞ、と思う。


「ほらほら、怖いな。マリー、一時期呪いの勉強もしてただろう。止めてくれよ。絶対に何もするなよ?」

「大丈夫です。フランシス様、絶対にバレないようにします。」


「待て待て待て、それを大丈夫とは言わない。バレなくてもダメだ。セレスは今や幸せなんだし、それも彼のおかげだと言えなくはないだろう。」

「結果論です。カイン・オルランドはセレス様を泣かせました。」


「落ち着いて、まずは落ち着きなさい。」


「私は今、これ以上ないくらい落ち着いて研ぎ澄まされております。」


「研ぎ澄まさなくていい。騎士団は今や薬師塔の上得意らしいぞ、お得意先を害してはいけないよ。セレスが困るだろう。」

セレスが困る、はマリーにとってはとてつもないパワーワードだ。


「、、、、分かりました。他の手段を考えます。」


「考えなくていいよ。マリー、ほら、今から考えないよ。ところで道案内だったんだろう?私が連れていくよ、どこだい?」


フランシスはいそいそとマリーを魔法塔へ連れて行きながら、カインが顔ばれしている以上、早急にセレスティーヌとアーノルドにマリーを止めるように伝えなくてはと思った。




お読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたなら嬉しいです。


補足:フランシスはセレスティーヌの兄です。12話にちょこっと出てます。

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お兄ちゃん苦労が絶えない•••
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