36話 カイン・オルランド(1)
カイン視点です。
アーノルドと初めて会ったのは、俺が9才、フィッツロイ殿下が8才の時だった。
当時の宰相の屋敷に呼ばれて、その庭園で顔を合わせた。
奴、アーノルドは大きな魔力を持ち、既に1人で魔道具を作り出す力を持っていた。
宰相閣下や国王陛下はゆくゆく王を支えてゆくであろうフィーの片腕として、アーノルドを田舎から引っ張ってきたのだ。
「ふーん、ねえ、何歳?」
自己紹介を終えて、アーノルドはすぐに俺達の年齢を聞くと、年上だとマウントを取ってきた。
俺はすぐにアーノルドを嫌いになる。
ところで、俺は俺で偉そうで生意気な子供だった。生まれた時から公爵家嫡男で俺より偉い奴なんて、周りには父親しかいなかった。
嫡男として厳しく育てられたが、生まれた時から全員に跪かれて大きくなった俺は6才の時に出会ったフィー相手にすら、偉そうだったはずで今思い出すと冷や汗ものだが、フィーはその懐の深さで嫌な顔1つしなかった。
俺はフィーと親しくなって、自分の小ささを思い知り、アーノルドと会った頃には少し丸くなっていたのだが、それにしたってアーノルドの馴れ馴れしく上からの様子には腹が立って、初対面ではほとんど口もきかなかった。
フィーはさすがの穏やかさで気にしてないようで、むしろ「魔法が使えるから偉そうなんじゃなくて、年上だから威張るなんて、面白い人だったね。」と何故か好印象だったようだ。
そうして俺達は週に2回程、顔を合わせる事になる。剣の稽古を一緒にして、歴史や地理なんかは一緒に学んだ。
アーノルドは剣に関してはからっきしダメだった。この点でも俺の奴に対する敬意はゼロだ。
俺の家は代々騎士の家柄で、騎士としての価値が全てだ。魔法はむしろ卑怯な手段として毛嫌いしている。
「お前さあ、俺のが年上なんだから敬語使えよ。」
「は?俺の方が剣は強いだろ。」
「これだよ、二言目にはいつもいつも、剣、剣、剣、剣、騎士、騎士、騎士騎士、一対一なら騎士と魔法使いなら絶対魔法使いが勝つよ?」
「、、、、なんだと?」
「うわあ、カイン、ここ室内だよ!抜刀しないで!アニーも、杖に手をかけないよ!ね、ね!アニー、僕も君に敬語使ってないよ?」
「フィーは優しいからいいの。」
「、、、、、僕が王子だからじゃないんだ。」
「何言ってるんだよ、友達だろ?」
「、、、、、うん。ありがとう、アニー。」
フィーが1人でほっこりして、その場は収まったが、こういう小競り合いを俺とアーノルドは散々した。
まあ、でも、何だかんだでアーノルドが実際に俺に向けて魔法で攻撃してきた事はなかった。俺が誘拐された時は単身で助けに来たりもしたし、俺の誕生日をフィーと2人で祝ってくれたり、フィーが婚約者に裏切られた時なんかは俺とアーノルドで気晴らしにこっそりフィーを連れ出したりもした。
そんな仲だ。だから幼馴染みとか、友人とかではないが、何と言うか、腐れ縁だ。
そんな腐れ縁のアーノルドは今、幸せそうにフィーの執務室でゴロゴロしている。
ゴロゴロしているといっても猫の姿ではない、人の姿でゴロゴロしている。
ソファに座り、肘掛けに半身を預けて腑抜けきっている。
「両想い、良かったね。アニー。」
フィーが嬉しそうに言う。
「うん。それもっと言って、両想いって何回でも言って。はああ、そうなんだよ、両想いなんだよ。シンジラレナイ。」
「恋かあ、恋ってどんな感じなの?」
フィーが聞く。
フィーの問いかけにアーノルドがちょっと固まった。俺もちょっと固まる。
この栗毛の麗しい王子は、おそらく恋なんてした事ないのだ、俺もないが俺とはまた違った理由で。
「そうだなあ、その人を見れるだけで幸せで、言葉を交わせれば天にも昇るようだよ。名前を呼んでもらえた時は死ぬかと思った。あ、名前、呼んでもらったの1回だけなんだけどね。」
アーノルドが固まったのは一瞬で、すらすらと奴は喋りだした。
「えっ?そうなの?」
「うん、セレスは俺の事、旦那様って呼ぶからアーノルドって呼ばれたのは結婚承諾してくれた時の1回だけ。その1回を大切にしてるんだ。」
「へー、大切に、、、、お願いして呼んでもらったら?」
フィーがちょっと引いている。
「いや、でもセレスになら俺は何て呼ばれてもいいからね、゛旦那様゛も気に入ってるんだ。何なら゛この卑しい泥棒猫゛とかでもいいしね、それはそれでいいね。」
アーノルドがにやにやし出す、ちょっと引く。
「アニー、それはちょっと、、、。」
フィーが完全に引いてる声で言う。
「後は、とにかく触りたいよね、手とか繋ぎたい。とにかく触りたい。触ってもらうのもいいね。あ、触ってもらう方がいいかも、セレスから手を繋いでくれるなんてもう想像しただけで苦しいくらい嬉しいな。」
ソファでゴロゴロしながらアーノルドは続ける。
「笑顔はずっと見てたいし、ずっと笑顔でいてほしい。でも困った顔もいいなあ。特にセレスの場合は困ってる方がいいかも、レアだし。」
俺はやっぱりこいつ鬱陶しいなと思う。そう言えばセレスティーヌ嬢は゛何なら時々気持ち悪い゛とも言っていたなと思い出す。
「ところで、フィーは゛恋゛について聞くなんてどうしたの?新しい婚約者?」
「あー、うん、まあ、4ヶ月前に婚約破棄になっちゃったしね。」
フィーは最近、婚約者と婚約破棄した所だ。しかも婚約が上手くいかなかったのはこれで二度目だ。少し声も沈んでいる。
「知ってるよ。今回は婚礼の儀式の打ち合わせも始まってたんだろう。何で破棄したの?相手の健康上の理由なんて嘘だろ?」
アーノルドが聞く。
「バレてたかあ。」
フィーがため息をついた。
「いやいや、皆思ってるよ。健康上の理由は嘘だろうなって。本当の理由が怖くて聞けないだけだよ。だって相手のご令嬢の消息不明だよね?」
「あー、うん。僕は消息は知ってるけどね。そうだね、アニーとカインはどうせ巻き込まれてたしね、、、、、。4ヶ月前に増幅の魔道具が盗まれて、2人も手伝って取り返したでしょ。」
「うん。あれ?時期が重なるねえ、、、あ、これは、嫌な予感だね。」
「ビンゴだよ。増幅の魔道具の安置場所は大神官と王族にしか知らされていない、婚礼の儀式もあるし彼女にそれを教えた後、盗まれたんだ。彼女が関わった証拠もあったし本人も認めた。、、、、亡くなったよ。」
説明するフィーは淡々としていて、王子の顔をしていた。フィーの中ではもう完全に消化された過去の事のようだ。
婚約者だった令嬢とは3年程の付き合いのはずで、俺から見てもフィーは婚約者に対して将来の伴侶への情くらいはあったはずだ。
「そうか。」
俺はそれだけ言った。
「フィーもそろそろ、いい年だしなあ。困ったね、王室は次の婚約者を急いでるんだろうね。」
アーノルドはさらりと話題を戻した。
「ううん、今回は母上がもう激怒しちゃってそれどころじゃない。婚約破棄二度目だし、二回とも僕は裏切られてるから父上と貴族会議で僕の婚約者を決めるのは許さないって言ってる。自分で探せだってさ。」
「え?」
「母上の言葉を再現すると、゛自分の嫁くらい自分で探しなさい!!貴方が惚れた女なら今度こそ何とかなるでしょう!!゛だって。」
「おおー、怒ってるね。」
「そう、完全にキレてる。それに最近は兄上の調子も良いから父上と貴族会議もちょっと揺れてるんだよ。王太子をこのまま僕でいくかどうかを。そうすると結婚は僕より兄上が先の方がいいしね。」
フィーの兄はずっと心臓の不調で無理が出来ない体だったが、ここ数年は見違えるように良くなっていると聞く。薬師塔で開発した薬が上手く効いているらしい。
「それは良かったな。」
俺がそう言うと、フィーは本当に嬉しそうに、にこっとした。
「うん。それは本当に良かったんだ。」
アーノルドが、また俺がいい所だけ持っていった、とぶつぶつ言い出してフィーがアーノルドを慰めだした。