35話 本日の議題2
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「セレスは俺のどこが好きなの?いつから好きなの?」
アーノルドが聞いてくる。
想いを確かめあって共に夜を過ごした翌朝、私とアーノルドは部屋で遅めの朝食を取っていた。
私は口に運びかけていたレタスをきちんと食べてしまってから考えた。
好きな所、、、、。
好きな所、、、、。
気を遣わなくていい所。
まず思い浮かんだのはこれだったがいくら私が恋愛初心者とはいえ、流石にここでこれを言うのは違うくらいは分かる。
後は、、、何故か憎めない所?
よくしゃべる所?
こうやって、妻に自分の好きな所を聞いてくる鬱陶しい所?
どれも好きな所だけれど(たぶん)、何だか褒めてはいない。
たまに気持ち悪いけど、私をひたむきに想っていてくれる所?
いやいやいや、これは何だかひたむきに想われてる自覚があるみたいでちょっと痛いと思う。
何か変な事をしそうで目が離せない所?
これは、、、好きな所とは違う気がする。これは恋してる所、かしら?
あ、優しい所!
うーん、でも有りがちというか、ただの無難な解答だ。
ふにゃっとした笑顔?
ダメだ、何だかどれも上手く伝えられない気がする。中身で好きな所をあげるのは難しいと思う。ここは外見の好きな所を伝えよう。
「旦那様のサラサラの髪の毛が好きです。色も黒ではなくて柔らかなアッシュグレイで素敵です。あと、お顔もくどくないハンサムでかっこいいですね。瞳の色も私には親しみがあって好きな色です。」
思案した後に、私はアーノルドにそのように伝えた。
ふう、上手くまとめて言えたと思う。
でも安堵してアーノルドを見ると、あれ?ちょっと目付きが鋭い。
「目は君の叔父上と同じ色だから好きなの?」
しまった。
つい先ほどアーノルドが昨夜怒ってた訳は、私が叔父の事を好きだと誤解していて、呪いも叔父とのキスで解いたと思い込んでいたからだと聞いて否定したばかりなのだ。
「違います。いえ、確かに最初は叔父と同じ目の色だから親しみを抱きましたけど、、、、、あの、前は旦那様の目から叔父を思い出してましたが、今は、叔父を見ると旦那様を思い出します。だから、、、、その、、旦那様のその薄紫の目が好きなんです。」
そう言うとアーノルドはふにゃふにゃの蕩けるような笑みを浮かべた。
あ、それ、好きな笑顔。
「俺もセレスの瞳、好きだなあ。いつものすっと澄んでる感じもいいけど、感情が揺れた時にきらっとする所がいいよね。宝石が光ってるみたいですごく綺麗だ。特に困った時の光り方が好きだな、一番いいのは恥じらう時だね、目が潤んで不安定にゆらゆらするのが堪らなく可愛い。だから昨日はずっと可愛かった。もう心臓がぎゅうぎゅうして苦しいくらい可愛いかった。」
蕩けた顔のままアーノルドは甘い口調で言い、私は顔が熱くなるのが分かった。
そしてアーノルドの言葉の艶かしくて生き生きした描写を聞くと、さっきの私の゛旦那様の好きな所゛なんて全然及ばなかった事が悔しい。
「ほら、今も可愛い。」
アーノルドは、色っぽいため息をつくと身を乗り出して私の頬に触れて顔を近づけてくる。
「食事中です、」
そう言ってみたが、啄むようなキスをされた。
バターの風味がしてまた顔が火照る。
「はあぁー、無理、こんなの毎朝無理。」
キスの後、アーノルドはしばらく机に突っ伏して悶えてからまた聞いてきた。
「ねえ、さっきは外見ばっかりだったけど、中身は?中身の好きな所は?」
「えっ、中身ですか?」
おっと、大変だ。
「えーと、、、。」
中身、、、、中身、、、、さっき一通り考えて断念したんだけどな、、、。
「お仕事に熱意を持ってる所は素敵です。あと、旦那様はマリーに最初から丁寧でした。子爵邸の使用人達は雰囲気も良いですし、旦那様が皆さんに好かれている事がよく分かります。そういう所も素敵です。それに、私の事を気遣ってくれる優しい所も好きです。」
ふうー。
出来た!
有りがちな゛優しい所゛もこうやって付け足す感じで添えるとそれっぽい。
私は達成感を味わい満足して、そして違和感を感じた。
、、、それっぽい?
それっぽいって何だろう?
一瞬、自分の解答に満足してしまったが、夫に、いや、好きな人に好きな所を聞かれて模範解答というか綺麗な答えを言う必要ってあるのだろうか?
それは違う。
違うと思う。
「旦那様。」
私は先ほどの私の解答に、にこにこしているアーノルドに向かって姿勢を正した。
「うん?なに?」
「今のは忘れてください、今のは嘘ではありませんが二番手三番手の好きな所です。」
「え?あ、そうなんだ。あれ?セレス?何で戦闘体勢なの?」
「今から一番手の好きな所を言うからです。」
私はすう、と息を吸うとこう言った。
「私は旦那様の、気を遣わなくていい所が好きです。何故か憎めない所とよくしゃべる所と鬱陶しい所も好きです。」
アーノルドの目が丸くなる。ちょっとびっくりしているみたいだけれど続ける。
「旦那様が私をひたむきに想っていてくれる所も嬉しいし、貴方がくるくる表情を変えていろいろ変な事をする所に恋をしています。」
アーノルドは両手で顔を覆った。
「もちろん、優しい所も好きです。眉を下げての笑顔もいいな、と思います。」
出来た。
アーノルドはあまり喜ばないかもしれないけれどこれが私の正直な気持ちだと思う。特に前半は甘くもロマンチックでも無ければ、大人の男性に言うような事でもない気がするけれどしょうがない。だってそこが好きなんだもの。
アーノルドは両手で顔を覆ったままだ。
「あの、旦那様?」
反応がないので、もしかして、鬱陶しい所、あたりに傷付いたのだろうかと思っていると、アーノルドが顔を覆ったままため息ととも口を開いた。
「はあぁー、無理、可愛いすぎる。あんな戦闘体勢でこんな、、、、俺の全部好きです、みたいなやつ、、、だめ、むり。」
ぼそぼそとしている上に、手で覆われているので何を言っているのかが聞き取れない。
「旦那様?大丈夫ですか?」
アーノルドはしばらく、「無理だ。」と言っていたがやがて持ち直したようだ。
「ごめん、大丈夫。すごく嬉しかった。」
輝く笑顔でそう言ってから、また聞いてきた。
「じゃあ、次ね。俺の事いつから好きだったの?」
うわ、鬱陶しいな。
と私は思った。