30話 そっと呪いを解く
「奥様ー!ご無事です、ご無事に戻られてます!」
私は王宮の通用門の所で、アーノルドの発見と無事の報せを受け、やって来た使いの者と一緒に急いで屋敷へと引き返した。
帰る途中の往来で、ジャンを見かけたような気がしたが、今は急いでいるので確認せずに屋敷へと戻る。
戻ってすぐにバートンから事情を聞き、アーノルドの部屋へと向かった。
私は怒っているはずだった。
屋敷への帰り道、ふつふつと怒りが沸いてきていたのだ。
また何の説明もしないままに、人を心配させたアーノルドに腹を立てていたはずだった。
少し乱暴に扉を開けて、部屋に入る。
「、、、、、。」
旅行の時もそうだったが、一体どれだけ心配させるのだと言おうと思っていたのに、ベッドで半身を起こして休んでいるアーノルドを見ると、とにかくほっとして涙ぐんでしまった。
私もびっくりしたが、私の潤んだ瞳を見て、アーノルドもぎょっとする。
「、、、薔薇?」
「、、、ご無事で良かったです。」
たくさん怒ろうと思っていたのに、私はそう言うのがやっとだった。
涙ぐんだまま、ベッド脇の椅子に腰をおろした。
「何度も本当にごめんね。」
アーノルドがおろおろしている。
アーノルドは、そっと私の肩に手を置こうとして、でも、燃えるしな、とつぶやいてやめた。
「これは、気にしないでください。」
私は目尻の涙を拭った。
おろおろしている夫を見ていると、少し気持ちも落ち着いてきた。
「ごめんね。ちょっと連絡が出来なかったけど、別に危険な目にあったとか、何かしてた訳じゃないんだ。」
「ええ、バートンより聞きました。フィッツロイ殿下の執務室で具合が悪くなられたとか。」
そう言って、私はアーノルドを見た。
顔にいくつか細かな擦り傷がある。
具合が悪くなって、顔に擦り傷が出来るだろうか。
大体、具合が悪いなら、殿下の執務室で寝込まずに家に帰ってくるべきだ。
いろいろ思う所はあるが、旅行の時も殿下絡みの事情を話せない事柄に首を突っ込んでいたようだし、今回もそうなのだろう。
そういえば、こちらに帰ってくる途中にジャンらしき人物も見たんだった。あれはきっとジャンだったのだ。
私は、ふうとため息をついて、そっとアーノルドの顔に触れた。
「お顔に細かな傷があります。きちんと消毒してください。もうすぐお医者さんも来ますので、きちんと診てもらってくださいね。」
「あ、、、うん。はい。」
傷を指摘されて、アーノルドはすごく気まずそうだ。
目が泳ぎまくっている。
ふん、これくらいの意地悪はいいだろう。
もう少し、ねちねち苛めてやろうかな、と思っていた所にバートンが医師の来訪を告げに現れ、私は席を外した。
私は昨日の晩からほとんど何も食べてなかったので、マリーに軽食を頼んだ。
アーノルドが帰ってきて、今やっと屋敷の使用人達も朝食にしているようだ。
「皆、セレス様と同じで昨晩からあんまり食べてないの。何だかんだで愛されてるんだな、アーノルドは。」
マリーが軽食を持ってきてくれながら言う。
「そうだったの。マリーも、食べたら?」
「、、、セレス様、私をなめないで。私は昨晩も今朝もしっかり食事をいただいた。」
「、、、、ごめんなさい。マリー。」
私は、アーノルドが行方不明だったくらいで食べれなくなるなんて不甲斐なかった、と反省しながら食事を食べた。
食事後、アーノルドに付きっきりのバートンとサマスが休息を取っていないとマリーから聞き、アーノルドの様子も気になるし、私は再びアーノルドの部屋へと向かった。
バートンとサマスにしばらく私が見ているから、何か食べるように伝える。
「医師によると、軽い脱水と全身の擦過傷くらいで目立った異常はないようです。疲れのせいか少し微熱もあるので、今は医師の処方したお薬で眠られています。」
バートンがそう説明してくれた。
アーノルドは確かにぐっすりと眠っている。
「分かったわ。ここは私が見ておくので、とにかく少し休んで。」
「分かりました。では少しの間、お願いします。」
バートンとサマスが出ていき、私はまたベッド脇に腰かけた。
ぐっすり眠るアーノルドを見る。
顔の傷はきちんと処置されていた。
全身の擦過傷、とバートンは言っていたが、本当に何してたんだろう。
バートンはあまり気にしていないようだったが、よくある事なのだろうか。
やれやれ、と思いながら熱の具合を見ようとそっとアーノルドの額に触れた。
確かに少し熱い。
私が触ってもアーノルドは身じろぎもしない。本当にぐっすり眠っているようだ。
私は額に乗せた手でそのままアーノルドの前髪を掻き分けた。
何だろう、こんな風にアーノルドに触れると、何だか、ドキドキする。
でも、もう少し触れていたい気もする。
アーノルドの長い睫毛や、すっと通った鼻筋、サラサラのアッシュグレイの髪。
それらをじっと見つめてしまって、いけない事をしたような気になり、私は顔を赤くした。
慌てて、アーノルドに触れていた手を離す。
、、、、あれ?
私はアーノルドから目を反らした。
あれ?
そんなつもりはなかったのに、私の中で、今までのアーノルドの言動や表情がぐるぐると思い出される。
夜会のテラスで初めて会った時や、トトウ家に訪れた時、呪いをかけた晩のしょんぼりした様子や、必死に鬱陶しく愛を仄めかす様子。
旅行の前日の妙に大人びていた夜や、炎の魔法を使っていた時の珍しくきりっとした顔、゛私の騎士様゛について話した時の笑顔。
私は、こんなにいろいろアーノルドの事を思い出せる自分に驚いた。
しかも、思い出して何ともいえず温かく切ない気持ちになっている。
あら?
えーと、、、、
アーノルドの寝顔を見る。
かっこいいと思う。
私はアーノルドの手を引っ張りだすと、右手でその手首を掴んで、私の左手に触れさせてみた。
燃えなかった。
「、、、、、。」
もはや自分の顔が赤いのを通りこして、白くなってるのが分かる。
何が何だか分からず、混乱したまま、とりあえず私はそっとアーノルドの上にかがむと、呪いを解いた。