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29話 栗毛の侵入者


出てきたのは、栗毛色の髪の毛に、青い目の美男子だった。

着ている物はかなり質が良さそうだ。

貴族だ、かなり高位の。

栗毛は気まずそうに、私から顔を反らしている。


「あの、じゃあもうナイフは持ってもらってもいいんで、スカートをおろしてもらえませんか?貴女のその脚線美は刺激が強い。」

栗毛は顔を赤くしてそう言った。


脚線美?

刺激が強い?

子爵邸に侵入しようとしていたくせに、何を言っているのだこいつは。

私は呆れた。


呆れたが、この栗毛はこちらへの害意はないようだ、何より栗毛が抱いているのは、まごうことなきアーノルドだ。


どういうことだろう?

とりあえず、私はナイフを納め、スカートを下げてやった。こうしないとこちらを向いて会話をしてくれなさそうだったからだ。


「その猫は?」

私が聞くと、栗毛ははっと私を見た。


「あー、えーと、その、申し訳ないのですが、バートンさんか、サマスさんを呼んでいただけませんか?」


ふむ。その2人を指名するということは、この栗毛も猫がアーノルドだと知っているのだろう。なら話は早い。

アーノルドはどうやら弱っているようだし。


「その必要はございません。そちらの猫は私が預かりましょう。うちのアーノルドです。私が責任を持ってバートンに届けます。」

「えっ?、、、あっ。」

私は栗毛に近付くとひょいとアーノルドを抱き上げた。


にゃーー。

アーノルドが戸惑う顔で弱々しく鳴いてくる。

おそらく、私がこの猫をアーノルドだと知っている事にびっくりしているのだろう。


「前にバートンさんが猫の貴方を怒ってるのを盗み聞きして、バートンさんから聞き出しました。」

にゃにゃ

アーノルドが気色ばむ。


「セレス様には言ってません。」

にゃあ

アーノルドは、それならいい、というように私に身をあずけた。

私は屋敷へと踵を返す。


「あのっ、待って!」

栗毛が引き留めてきた。


「何ですか?貴方は相変わらず不審者です。もう1人従えているでしょう。そのような者を屋敷に入れるわけにはいきません。こちらでお待ちください。」


「えっ?ええっ?」

栗毛が狼狽える。

もう1人潜んでいる事を言い当てられて、驚いているようだ。

ふん、ばればれだ。

私は栗毛を置いて屋敷へと急いだ。


腕の中のアーノルドを見る。弱っているが、鳴く元気はあるようだし、怪我はなさそうだ。

一安心する。

今ではもう、アーノルドはセレス様の大切な方なのだ。何かあってもらっては困る。


私はすぐにバートンさんを探した。アーノルドの執務室で弱りきった彼を見つける。


「バートンさん、アーノルドが見つかりました。」

部屋に入るなり、私はアーノルドを掲げて言った。

「旦那様!!!」

バートンさんは嬉しそうに目を潤ませて、アーノルドを受けとるとすぐにソファに横たえて毛布でくるんだ。

猫がぱあっと光ったと思うと、次の瞬間には人型のアーノルドが居た。


「ふーーーー、心配、かけたね。」

アーノルドは弱々しくそう言った。

どうやら大丈夫そうだ。


バートンさんが忙しく声をあげる。

「どういう事ですか?」「心配したんですよ!」「何してたんですか?」「奥様がっ、どれだけっ、このっ。」


アーノルドは弱々しく返す。

「猫の状態で壁に挟まっちゃったんだよ。」「朝露でびっしょりで寒かった。」「フィーが助けてくれたんだ。」「あ、バートン、薔薇には猫の事内緒だから今のうちに口裏を、、、。」


うむ、大丈夫そうだ。

私は早々に部屋を出ると、セレス様にアーノルド発見と無事の報せを送る手配をして、庭へと戻った。


栗毛はちゃんと東屋で座って待っていた。

私が戻ると嬉しそうに立ち上がる。


「お待たせしました。きちんとバートンさんに引き継いでおります。安心してお帰りください。お礼も申し上げた方がよろしいでしょうか?」

私はそう声をかけた。


「ああ、それは大丈夫です。彼が無事に家に帰り着いたならそれでいいんです。」

栗毛がにっこりする。

セレス様の営業用スマイルと似ている。


「ところで、アーノルドには何があったんですか?本人は猫の時に壁に挟まったとか言ってましたが。本当に?」

本当だとしたら、結構なアホじゃないか?


私の問いかけに栗毛は少し迷う。


「、、、、うーん、それは、本人から、、、、いや。お伝えしときましょう。本当です。狭い隙間に入り込んで壁に挟まれて身動きが取れなくなったようです。私が発見して壁をこそいで助けました。怪我もないようでしたし、一刻も早く家に送ってくれ、との事だったのでまずはこちらに連れて来ました。」


「そうでしたか、それならお礼を申し上げなければ、ありがとうございました。」

私は深々と栗毛に頭を下げた。


「いえ、当然のことをしたまでです。頭を上げてください。」

栗毛が慌てる。


「いえいえ、アーノルドはああ見えて、唯一無二の大切な存在です。本当にありがとうございました。」

今回のセレス様の心配している様子を見て、私は確信していた。

もはや、アーノルドはセレス様にとって大切な人なのだ。

つまり、アーノルドは私にとって、セレス様の次に守るべき対象だ。

いや、完璧で常識のあるセレス様を守るような機会はほとんどないから、何ならアーノルドが優先されるかもしれない。


「あの、、、ところで、侍女様は、アニー、、アーノルドとはどういうご関係ですか?」

頭を上げると、栗毛がいきなりそんな事を聞いてきたので、私はきょとんとした。


「どういうご関係、とは?」

何だろう?私はどう見たって侍女だと思うが、、、何なら今、侍女様って呼んだよね。


「あ、いえ、あの、名前を呼び捨てにされているし、猫の事も知っていたので、、、。」


「、、、、ああ。」

そう言われると、確かに屋敷の主人を呼び捨てはまずかった。

しまったな、子爵邸の人達も、セレス様もアーノルドも、私のアーノルド呼びが普通になってるからうっかりしていた。

気を付けなくては、専属侍女の品位が低ければ、主の品位が疑われてしまう。


「その、、、、親しい仲なのですか?」

畳み掛けてきた栗毛の質問には、私は目が点になった。


「、、、、、は?」

私は思いっきり不快になった後、気を取り直してきっぱりと訂正した。


「違います。私の主はこの家の奥様でございます。アーノルドは奥様の大切な方だというだけです。」

あんな結構なアホ、好きになれるのなんて、セレス様くらいだ。


「そうでしたか、失礼致しました。」

さっきとは違う、心からほっとしたような笑顔で栗毛は言う。

そして続けた。


「変な質問をしてしまい申し訳ありません。そのお詫びと、アーノルドをバートンさんにお渡しいただいたお礼をしたいのですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」

栗毛は、完全に営業スマイルに戻ってそう聞いてきた。

何だか変な奴である。私の名前?お礼?なんでだ?


「人に名前を聞く前にまず名乗るべきでは?」

そう言ってやると、栗毛は、はっとした顔になった。


「すいません、本当にその通りです。申し訳ない、こういうのに慣れていないのです。私はフィーといいます。アーノルドの友人です。」


ふむ。

なるほど、アーノルドの友人という事は魔法使いという事か。それでなんか変なんだな、と私は納得する。


「私はマリアンヌといいます。ノース子爵夫人の専属侍女をしております。」

私はセレス様より叩き込まれた、完璧なカーテシーなるものをして名乗った。

フィーは魔法使いのようだが、身なりからして絶対に高位の貴族だ。今さら感はあるが、なめられてはいけない。

私の汚点はセレス様の汚点になってしまう。


私が、可憐ではないが完璧なカーテシーから頭を上げると、フィーは私を呆然と見ていた。


「何か?」

「あっ、いえ、何でも、、、。所作があまりに美しいので見惚れていました。」

「、、、そうでしたか。」

本当に変な奴だ。

でも、魔法使いだし、しょうがないか。


「マリアンヌさん、それでは、また改めてお詫びとお礼を送ります。今日はこれで失礼します。」

フィーはそう言うと、また茂みの中へ戻っていった。


フィーが遠ざかっていくと、終始、茂みの中に居た奴の気配もすっと消えた。

令嬢でもないのに護衛付きなんて、どれだけ身分が高いのだろう。


ところで、お詫びとお礼?

なぜ、私がそれをもらうのか全然分からない。

セレス様に報告しておかなくては、、、、いや、でも、アーノルドが猫というくだりを言わずに報告できるかな?

、、、、、出来なくない?


お詫びとお礼なるものが来てから考えよう。

私は早足で屋敷へと戻った。






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