28話 アーノルドの失踪
今話と次話、マリー視点です。
アーノルドが失踪した夜。ノース子爵邸はまだ全然いつも通りだった。
アーノルドが仕事で遅くなる日はたまにあったし、セレス様との旅行前は日をまたぐ事も多かったので誰も失踪したなんて思わなかったのだ。
ここ最近のアーノルドは帰りが早かったので、少し珍しいな、とは思ったがそれくらいだった。
セレス様も少し気にはかけていたが、夕食を召し上がり、お部屋でお休みになられた。
「私が帰りをお待ちしますので、マリーはもう寝ていなさい。」
バートンさんがそう言い、私も就寝した。
翌日、アーノルドは帰っていなかった。
それでも、朝の時点では魔法塔に泊まったのだろう、という事で屋敷は平然としていた。
セレス様の出勤時に、侍女が1人着替えと食事を届けるために魔法塔へと向かった。
どうも、様子がおかしい、となったのはその日の昼前だった。ノース邸の侍女は結局、アーノルドに会えずに帰ってきたのだ。
魔法塔の魔法使い達が言うには、昨日は確かに出勤していたが、帰宅したかは分からないし、本日はたぶん出勤していない、との事。
魔法使いなんて、個人主義者が多いから他人の勤務体制はそもそもあまり把握されてないようだ。
でも、とにかく本日は誰もアーノルドを見ていない、という事だった。
バートンさんやサマスさんが、少しざわざわし出す。侍女一同も少し心配になってくる。
夕方、事情を知って、セレス様が早めに帰宅される。
「バートン、旦那様がいないって、行方不明という事なの?」
「はい。よく分からないのですが、本日は出勤されてないようです。魔法塔の旦那様の部屋にもいないし、このお屋敷にも昨日から帰られてません。」
「、、、、こういう事は今まであったのかしら?」
「お若い時はたまに、、、、。」
セレス様はしばらくうろうろと部屋を歩かれた。
「騎士団に捜索願いを出した方がいいかしら?」
「それは、、、もう少し待ってもよいかと。旦那様は大人の男性ですし、魔法使いなので、拐ったりするのは難しい方です。」
「、、、、そうよね。前も勝手にいなくなったし、、、。」
「明日にでも、ひょっこり帰ってくるような気もいたします。」
「そうよね。そういう感じはあるわよね。」
「そうなんです。」
セレス様はバートンさんと相談した結果、明日の昼まで待つ事になった。
この頃には屋敷全体はそわそわしていて、皆、アーノルドを心配していた。
セレス様も「きっと、明日には帰ってくるわよ。」と口では言っているが、大分、アーノルドを心配されている。
夕飯もほとんど召し上がらなかったし、夜も寝付けていないようだった。
その様子に胸が痛い。
小さな物音や、風の音にいちいち、アーノルドが帰ってきたのでは、と屋敷全体が反応する夜だった。
そんな屋敷では、私もあまり眠れなかった。
さらに翌日の朝、アーノルドはまだ帰宅しない。
セレス様はお仕事をお休みされた。
「休んでも、何する訳ではないけれど、今仕事に行っても何も手につかないだろうし、、、。」
そう言って、無意味に屋敷をうろうろされている。
こんなに儚げなセレス様を見るのは初めてだ。
何とか力になりたいが、私にもアーノルドが行きそうな所とか、巻き込まれそうな物の見当がつかない。
しまった。もっとアーノルドに興味を持っておくんだった。
困った。
アーノルドがいないと屋敷の雰囲気が暗い。あいつ、ぺらぺらしゃべるし、余計な事ばかりするし、使用人にも腰が低くて丁寧だからアーノルドがいると屋敷全体が微笑ましい雰囲気になるのだ。
昼前、セレス様は騎士団を訪ねてみると屋敷を出られた。何でもアーノルドの友人が騎士団にいるらしい。失踪の心当たりを友人に聞いて、捜索願いを出すかも相談するようだ。
セレス様を見送った後、私はすぐに屋敷に入らずに庭を少し歩いた。
屋敷は今や重苦しい空気で、確かに私もアーノルドは心配だが、この空気に飲まれるのは良くない、そう思ったのだ。
せっかく庭に出たし、なんとなしに落ちている葉や、黄色くなった葉を取っていると、庭の外れ、小さな東屋の奥の茂みで気配がした。
それも1つではない。
、、、2つ?
2つか3つだ。
こんな小さな子爵邸に侵入する者などいなさそうだが、アーノルドが失踪している不穏な時期だ。
最大限の警戒をすることにする。
私は東屋に入ると、ベンチに右足を上げ、すっとお仕着せのスカートをまくった。
太ももまでスカートを上げて、そこにあるナイフに手をかけた。
こういう暗器は普段から身に着けておくことで、いざという時に自然に使えると、護身術の師から教わったのだが、それを忠実に守っておいて良かった。
「わっ、あの、怪しいものではないんです。」
ナイフに手をかけた所で、茂みから慌てた若い男の声がした。
「今すぐそちらに出ていくので、ナイフから手を離してください。」
不審者が何を言うのか。
「そちらが出てくるのが先だ。」
ナイフからは手を離さずに低い声でそう言ってやると、茂みは沈黙した後、そうっと猫を抱えた若い男が出てきた。