26話 魔法使いが好きな女性もきっといる
出張旅行から戻って以来、おかしな事に何かとアーノルドを気にかけてしまう。
正確には、旅行先の村でアーノルドとカインの身を案じてやきもきした1日半の後、戻ってきたアーノルドを見てすごくほっとして以来だ。
ものすごく心配した反動だろうか。
夫を目で追ってしまう自分がいる。
今日も、一緒に出勤しながら、私の夫は背が高かったんだな、と今さらながら思っている。
女性にしては高身長の私でも顔はアーノルドの肩あたりになるので、話しかける時は少し見上げる事になる。
話しかけると、アーノルドは優しい目で見下ろしてくる。
上目遣いで哀願されてばかりだったイメージがあるので、何だか変な感じがする。
顔立ちもわりと整っているんだな、とも思う。
一番最初にトトウ侯爵家に来た時のように、貴族らしい身なりで優しげに微笑んでいれば、結構モテるんじゃないだろうか。
魔法使いなんて、ミステリアスで素敵だという女性もいるだろうし。
、、、、もしかして、魔法使いが好きな女性には人気だったりするのでは?
騎士が好きだというご令嬢は多いから、魔法使いが好きなご令嬢もいるんじゃないだろうか。
いや、いそうだ。
きっといる。
「薔薇?なんで睨んでくるの?」
「睨んでません。」
「え、そう?」
「気のせいです。」
そして、アーノルドも旅行以来、変に大人しい。こういう時は、前までなら「睨んでくるその目もたまらないな。」とか何とか鬱陶しい発言をしていたのに、してこない。
変だ。
そうだ。
夫の様子が変だから、気にしてしまうのだ。
「ねえ、薔薇、前の高速回転の魔道具の時のお礼なんだけどさ。」
「はい。お願いは決まりましたか?」
「うん。次の休みにデートしよう。」
「デートですか?」
「うん、デート。」
デート、、、、。
ふむ、した事がない。
「、、、、した事ないのですが、それはお付き合いしている男女がするものでは?私達は結婚していますが。」
「結婚しててもするよ。」
「そうですか。分かりました。では、コースを考えておきますね。どこか行きたい所はありますか?朝から出かけますか?お昼は外で食べますか?夕飯は疲れるし、屋敷で食べるでしょうか?」
した事がないし、きちんと計画して段取りしておかなくては。
私がいろいろ聞くと、アーノルドはちょっと困った顔をした。
「あー、えーと、あれ?コースは俺が考えるよ?」
「えっ?でも、私がお願いをきく立場ですよね。」
「こういうのはね、誘った方が考えるんだよ。薔薇は楽しみににしてたらいいだけだよ。」
「楽しみに、、、、。」
「うん。楽しみにしていては欲しいなあ、、、。」
「分かりました。でも前もって何するか分かっていた方が落ち着くので、ざっくりした予定は知りたいです。」
「ならそうするよ。あ、着いたよ。じゃあね。」
そこで薬師塔に着いたので、アーノルドは笑顔で手を振って去っていった。
やっぱり、変だ。
塔に入りながら私は思う。
前までは、「離れたくない。」とか「俺も薬師塔で働こうかな。」とか「せめてお昼だけでも一緒に食べようよ。」とか「朝って、シメオン長官と2人きりなんでしょ、なんか嫌だ。」とか、言ってたのに。
最近のアーノルドはすごく普通に出勤していく。
変だ、、、、。
私への恋が冷めたのだろうか?
そもそも、何で、アーノルドは私を好きなのかも知らないままだ。
初対面から気持ちを押し付けてきたが、私達に面識はなかったのだから。
面識のないまま、よく分からない間に燃え上がった恋なら、冷めるのも早いのではないか。
アーノルドの方にも王命という結婚を急ぐ理由があったのだし、その為に無理矢理、恋をしたのかもしれない。
恋のようだった私への気持ちがなくなって、カモフラージュの結婚相手としてへの接し方になったのだろうか。
それなら、それで良いことだ。
そうだ、良いことだ。
何となくもやもやして、私は仕事の作業に集中した。
そのまま作業に没頭してしまい、気付いたらお昼をだいぶ過ぎていた。
「セレス、何かは食べなさい。ほら、騎士団へ改良品を届けるんだろう?ついでにそこら辺のベンチでパンでいいから食べておいで。」
叔父が改良した貼り薬とパンの入ったかごを差し出してきた。
「あまりお腹は空いてないんですが。」
「いいかい。食べて、騎士団へお使いしておいで。」
ぐいぐいとかごを押し付けられる。
「分かりました。ありがとうございます、伯父様。」
私はかごを受けとると、外へ出た。
晴れていて、少し風がありなかなか気持ちよい昼下がりだ。
ベンチで休憩するにはよい日だ。
私は薬師塔から騎士団に向かう間にある小さな庭園のベンチに腰かけて、パンをかじった。
広大な王宮の裏手にある塔の更に裏にある庭園なので、お昼時はそこらで働く人が休憩していたりするが、こうやってお昼を外した時間には誰もいない。たまに庭園の横の廊下を人が通るくらいだ。
のんびりパンをかじっていると、視線を感じた。
「?」
辺りを見回すが誰もいない。
にゃーん
と横から猫の鳴き声がした。
「あ、」
ベンチの私の隣にアッシュグレーの毛並みに薄紫色の目の猫が、ちょこんと座っていた。
「こんにちは、゛だんなさま゛。また会ったわね。ここ、あなたの家だものね。」
微笑みながら、猫の方へ手をやると゛だんなさま゛の方から身を寄せてきた。
ふわふわだけど、つるつるの毛並みが、サラサラと私の手を撫でる。
ふと、アーノルドの髪の毛もこんな感じなのかな、と思う。
手入れをしている感じはないが、夫の髪の毛はいつも柔らかそうでサラサラしている。
「やっぱりあなた、王宮の侍女の飼い猫さんかしらね。毛並みがいいわね。」
私がそういうと、にゃーん、と゛だんなさま゛は嬉しそうに鳴いた。
「パン、食べる?飼い主さんに怒られるかしら?」
私はパンを小さくちぎって手に置き、差し出してみた。
にゃあ
猫の゛だんなさま゛は嬉しそうに食べてくる。
もう少し多めにちぎって、また手に置いてやると、そちらも食べた。
完食した後、手のひらに残ったパンかすを舐めてくる。
猫特有の乾いて、ざらりとした感触がする。
「ふふ、くすぐったいな。」
゛だんなさま゛は手のひらを舐めつくすと、今度は指先を舐めだした。
人差し指を丁寧に舐めてくる。
「いい匂いでもするの?」
何だろう?いろいろ触った薬草の中に、マタタビのようなものでもあったのだろうか。
にゃあー
人差し指を舐め終わると、゛だんなさま゛は上機嫌で顔をすりすりしてきた。ひげがこしょこしょする。
「ご機嫌さんね。さて、私はそろそろお使いに行かなくちゃ。」
私がそう言って立ち上がろうとすると、゛だんなさま゛はするするっと私の肩へ上がった。
「えっ?付いてくるの?」
にゃー
「そこは落としちゃうわよ、おいで。」
肩の上は不安定で私が怖い。
かごを左手にかけて、右手をあけてやると゛だんなさま゛はすとんとそこに収まった。
すごく嬉しそうに体を寄せてくる。
やっぱり私から猫にとっての、いい匂いがしているようだ。
そんなの、触ったかな?
不思議に思いながらも、騎士団の建物へ向かう。
猫の゛だんなさま゛はお尻を私の腕にあずけたまま、体を伸ばして首すじをペロリと舐めた。
舐められた事よりも、ひげがすごくこしょばい。
「ちょっと、それ、ひげがくすぐったいわよ。」
そう言うと、顔をすりすりして、ますますひげを当ててきた。
「意地悪ね。」
くすくす笑いながら、騎士団の敷地に入ると、
「セレスティーヌ嬢?そいつは?」
横からすごく硬い声がして、見るとカイン卿が私を、ではなく゛だんなさま゛を睨んでいた。