25話 ゛私の騎士様゛
「今日は1日休んでください。明日の朝、帰りましょう。」
宿に向かいながら薔薇が言う。
「え、でも、そもそもの毒ガエルの粘液は?」
「昨日、もう済ませました。」
「えっ、はや。ごめんね、何も手伝えないままで。」
「構いません。素人には危険な作業ですし、元々、私1人でやるつもりだったので。」
薔薇は本当に全然気にしてないように言う。
はあ、俺、今回1つもいい所がない。と俺は落ち込む。
勝手に付いてきて、勝手に首を突っ込んで、薔薇をすごく心配させただけだ。
せめて帰り道は、薔薇がゆっくり過ごせる事だけ考えよう、と俺は誓った。
「セレスティーヌ嬢。貴女も疲れているだろうからゆっくり休んでくれ。」
カインが言う。
あ、それ、俺が言いたかったやつ。
「私は待ってただけですから。大丈夫ですよ。」
「いや、気を揉みながら待つのがしんどい事は理解している。俺は待機の任務の方が苦手だしな。帰りの御者は俺とアーノルドでするから、貴女は馬車旅を楽しんでくれ。」
カインが珍しく微笑みながらそう言った。
こいつ、普段寡黙でこういうの滅多にしないくせに、すごくいいタイミングでしやがるな。
、、、、薔薇がちょっとびっくりした後、優しく笑った。
「ありがとうございます、カイン卿。」
優しい笑顔のままカインに言う。
「、、、、、、。」
ふん。
ふん。
俺はなす術なく、とぼとぼ歩いた。
「旦那様。」
「、、、、なに。」
「お嫌なら、帰りの御者、私もしますよ。」
「、、、、大丈夫、嫌じゃない。」
薔薇の中での俺の人物像がひどい。
俺はますます、とぼとぼ歩いた。
***
翌日、俺達は帰路につき、俺とカインは悔しいことにカインの提案通り、帰りの御者を2人でこなした。
薔薇はのんびり本を読み、立ち寄った町や村で、いろいろな薬草や薬を買っていた。
薔薇曰く、頭痛薬や胃腸薬などの日常的な薬はその土地で手に入りやすい材料で、その土地の薬師の独自の調合で作られているものが多いらしい。薬師塔で作るのは、王都の薬屋に卸すものもあるが、あまり需要がない薬や、材料の調達が難しいものが多い。
地方を訪れた時に、そこで使われている薬や薬草を買って帰って調べてみるのは楽しいし、役立つとの事。
ふーん。魔法でいう所の特殊能力みたいな感じかな、俺の化身の術みたいな。確かに人の特殊能力は気になる。持ってる人は少ないし、持っててもまず教えてくれないから研究のしようはないけど。
そんな帰り道の最終盤、カインが御者をしていて、俺は薔薇と2人で馬車に乗っていた。
もうあと一時間ほどで屋敷にも着くはずだ。
ふう、やれやれ。
薔薇はさっきから険しい顔で何かの本を読んでいる。
何を読んでいるんだろう、今、ますます眉がひそめられた。
「何読んでるの?」
我慢できずに聞いてしまった。
薔薇が顔を上げる。
「流行りの小説です。」
「小説?小説なんて読むんだ。へー。どんな内容?」
意外だ。勝手に薬関係の本しか読まないと思っていた。
「これは恋愛小説です。シリーズ物の。タイトルは゛私の騎士様゛身分を隠して騎士として活躍する王子とヒロインの恋愛です。」
「うわあ、すごく意外。そんなのも読むんだ。」
物凄く意外だ。
「流行りのものは目を通します。マダム達はこういった恋愛小説がけっこう好きなので話のネタになるんです。特にこのシリーズは人気です。あ、これは最新刊です。」
そう言って薔薇は、本の表紙を見せてくれた。
華美な装飾体でタイトルが書かれていて、フリフリのドレスを着た女の子、おそらくヒロインが描かれている。
「わお、対極だね。」
「対極?」
「いや、何でもない、気にしないで。それよりすごく顔が険しかったけど、今回は悲恋なの?」
「顔が険しい?ああ、このヒロインが、毎回自分から危険に身を晒すんですが、今回も、わざわざ誰にも知らせずに、単身で敵のアジトに潜入しようとしているので、また余計な事を、とイライラしていました。毎回イライラしてしまうんですが、特に今回は、ヒロインを案じる王子や騎士達の気持ちがとても良く分かるので尚更イライラしています。」
あ、やぶへびだ。
薔薇はきっと今、今回の旅行で俺とカインを案じていた一日半を思い出しているのだ。
「その節は、本当にごめんね。」
「いいえ、大丈夫です。ちなみにこのヒロインは毎回、王子に助けてもらえます。ですが、旦那様、現実には都合良く助けに来てくれる王子はいません。」
薔薇が、きっ、と俺を睨む。
怒りが再燃してしまったようだ。俺の馬鹿。
「うん、うん。そうだよね。でも、薔薇、俺とカインはヒロインじゃないから、魔法使いと騎士だから、そこ重要だよ。」
そう、そこが一番重要。
「そうですけどね。」
「しかも俺、まあまあすごい魔法使いだから。割りと何でも出来るよ。」
俺のその言葉に薔薇は、ぱたん!と本を閉じた。
何だか、愛しい薔薇が戦闘態勢な気がするのは俺だけだろうか。しかも、俺的にはもう追い詰められたネズミの気分だ。いや、猫の気分だ。
「では、空は飛べますか?」
「え、空?空はちょっと、飛べないかな、、、。あ、でも落下した時の衝撃は和らげれるよ。」
「瞬間移動はできますか?」
「えー、それは、、、、あらかじめ行きたい場所に行って、移動の式を書いた魔方陣を用意して、出発の地点に同じものを用意すれば、、、出来るよ。」
「食べ物は出せますか?」
「あー、そういうのは、ちょっと、無理かな。水だけなら出せるよ。」
「水中で呼吸は出来ますか?」
「うーん、、、、。そういう魔道具を開発すれば、、、ひょっとしたら、、、。」
「大体、出来ませんね。」
「いや、チョイスがね、チョイスの問題だよ。」
「旦那様。」
薔薇がぴりっと俺を見据える。
「はい。」
「世の中には、治癒魔法で治らない病気や体の異常はたくさんあります。魔法は素晴らしい力ですが、万能ではありません。」
「はい。」
「ご自分を過信しないでください。いいですね。」
「はい。」
「分かれば、いいんです。」
よろしい、という感じで薔薇が頷く。
「ねえ、薔薇。」
「何ですか。」
「俺、本当に、そこそこの魔法使いだからね。」
しょんぼりしながら何とかそう言うと、薔薇がふう、と息をついてからこう言った。
「知ってますよ。というか今回の旅行で知りました。倒木を燃やすのに炎を出したのは驚きましたし、自分が眠らされたのにもびっくりです。あれは眠らされたんですよね?」
そうだった、俺、薔薇に催眠の魔法もかけちゃったんだった。ああ、本当にいい所、1つもない。
「うん。あの時もごめん。怖かったよね。」
俺が謝ると、薔薇は少し考えてから言った。
「いいえ。怖くはありませんでした。不思議ですね。結婚初日に貴方に杖を向けられた時はすごく怖かったのに、あの時は平気でした。貴方が私を傷付けないと知っていたからですね。」
「、、、、、。」
薔薇がそう言い、俺の中で何かがじわじわと広がる。
これは、、、嬉しい。
えー、嬉しい。
やばい、嬉しい。
体がふわふわするくらい嬉しい。
薔薇に恋に落ちて、ただ恋してる時もふわふわしてたし、結婚できた時もふわふわしたけど、今回のこのふわふわは格別だ。
薔薇が俺を信用してくれてる。
「旦那様?大丈夫ですか?顔が赤いですよ。」
薔薇は今自分が言った言葉の、俺への破壊力に気付いていないようだ。
俺は舞い上がって、変な言動をしないようにする。
先走って、独りよがりに薔薇に気持ちを押し付けないぞ、と思う。
「何でもない。俺もその本、見てみていい?」
俺は自分を落ち着けようと、薔薇から゛私の騎士様゛最新刊を借りることにした。
「いいですよ。でも女性向けの恋愛小説なので、旦那様には読みにくいと思いますけど。」
「平気、小さい頃は妹の本とか読んでたしね。」
俺はひょいと薔薇から゛私の騎士様゛を取り上げた。
「それにしても、恋愛小説って、普通はヒロインに感情移入すると思うんだけど、薔薇は王子の方にするんだね。」
取り上げた本をパラパラ見ながら俺は言う。
「、、、、変でしょうか?」
「ううん、この表紙のフリフリ女の子に薔薇が共感する方が変だよ。こういうタイプ、苦手そうだし。」
「、、、、この子はこの子で、いい所もありますよ。芯も強いですし、少しだけ魔法も使えます。」
薔薇がちょっとむっとして、言い返してきた。
「へー。」
「抜けてる所もありますが、優しくて、動物好きで、料理も得意です。」
続けてヒロインを庇う。
ひょっとして、最新刊読んでるくらいだしヒロインも好きなのかな。もしかしてシリーズ全部読んでるとかなのかな。
「髪の毛は柔らかい栗毛色で目も優しげな焦げ茶色です。」
「そうなんだ。」
何だ?ちょっと羨ましそうな気もする。
自分の豪華な金髪と冷たいエメラルド色の瞳、嫌なのかな。
薔薇の目は、よく見ると結構感情も出てて、たまにきらっと光るのが可愛いのにな。
「ちなみに王子は、金髪碧眼です。冷静な人物ですがヒロインの事になると様子が変わります。そして、大体、ヒロインに振り回されています。」
「、、、、、ふっ。」
「何ですか?」
「ふっ、ふふっ、いや、一生懸命読んでるんだな、と思って。」
しっかりじっくり読んでいるようだ。
険しい顔で゛私の騎士様゛を読んでいた薔薇を思い出す。
いつも1人であんな風に読んでいるのだろう。
甘いシーンとか、どんな顔して読んでるんだろう。すごく見てみたい。
「今度、一緒に読もう。恋愛小説。」
「分かりました。こちらのシリーズであれば、実家に全てあります。マリーに取りに行かせましょう。」
シリーズ、全部読んでた。