22話 護身術で気配は消さない
その夜、俺とカインは薔薇となに食わぬ顔で夕飯を取り、それぞれの部屋に引き上げ、夜更けに宿の裏手でジャンと落ち合った。
「そういえば、その小屋って、ここからどれくらいかかるの?」
「小一時間くらいです。」
「えぇ、けっこうとおいー。」
「頑張ってください。」
ひそひそとそんなやり取りをしている時だった。
「どこに行くんですか?」
背後からそう薔薇の声がした。
俺は飛び上がって、びっくりした。カインとジャンも驚いている。
振り返ると、数歩離れた所に薔薇が居た。髪の毛こそおろされているが、服装は旅装のままだ。
ジャンが身構えたのが分かった。俺は手を広げてジャンを止める。
「薔薇?どうしたの?なぜここに?」
戸惑いながらそう聞く。
「勘です。」
「え?勘?」
「昔から鋭いんです。」
さすが俺の薔薇。
「そちらの方は?」
薔薇がジャンを見て言う。
「あー、えーとね。」
フィー殿下直属の隠密集団の1人だよ、名前はジャン、なんて、もちろん言えないので俺はもごもごする。
「私は名乗らない方がいいでしょう。奥様。驚きましたね、気配を消せるんてすね、声をかけられるまで気付きませんでした。」
ジャンは静かにそう言った。薔薇を警戒しつつ興味を持ってるようだ。
「貴方の間合いには入ってませんからね。」
うん?薔薇から変な用語出てきた。
間合い?
「、、、わざと入らなかったんですか?」
ジャンは普通に会話を続ける。
いやいや、今、明らかに貴族の令嬢から、間合い、っていう変なワード出てきたんだけどね。
「はい、素人がこれを使って、玄人の間合いに入るな、と言われました。反射的に攻撃される畏れがあるから。」
「えー?薔薇?それは誰に言われたの?」
「護身術を習った先生にです。」
「護身術、超えてない?」
護身術で、気配は消さないと思う。
「、、、、そうなんですか?マリーも一緒に習って、マリーはもっと優秀ですよ。」
「マジか、、、マリーさんもか。でも、ごめんね、薔薇。」
俺はローブの裾からさっと杖を出すと薔薇に向けた。
小さく呪文を詠唱する。
薔薇は、あっ、という顔をしたがすぐに意識を失うとかくんと倒れ、俺は倒れる薔薇を抱き止めた。
「彼女に何をした?」
カインが気色ばむ。
ところで、何故、お前が気色ばむ?と思うがここはスルーだ。時間はないし、今、俺は気分がいいのだ。
「催眠の魔法だよ。上手くかかって良かった。」
精神系の魔法は意志の強い者や、猜疑心の強い者には効きにくい。薔薇には通じないかもと思ったがあっさり効いた。薔薇はけっこう俺に気を許しているのかな、と思う。
ちょっと嬉しくて、口元が緩む。
「妻を危険に巻き込む訳にはいかないからね。説明もできないし。」
「いやあ、アニーさんは変わった方と結婚したんですね。」
「うーんー、どっちかっていうと、薔薇が変わった俺と結婚したんだけどな。まあ、いいか。運んでくるからちょっと待っててね。」
俺は薔薇をそのまま横抱きにすると部屋まで運んで、そっとベッドに寝かせた。
少し迷ってから、ベッドサイドのテーブルに置き手紙だけ残して、部屋を出た。
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カインとジャンと少し出掛ける。
樵用の小屋。
朝には帰ります。
アーノルド
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そして、カインとジャンと共に、樵用の小屋へと向かった。
が、こういう時のお決まりで、手紙に書いたように俺は朝には帰れなかった。
詳細は省くが、小屋に着いたら、既に小屋はもぬけの殻で、でも出発してからそんなに時間は経っておらず、乗り掛かってしまった以上追跡し、俺は相手の魔法使いと魔法の応酬し、カインとジャンは剣やら何やらで応酬し、魔道具を奪還して捕縛できる奴は捕縛し、追っ手を振り切り、応援と合流して応援が追っ手を始末し、帰り道では雨に降られてびしょ濡れになりながら結局、丸1日と半分かかって山から村の外れにたどり着いたのは次の次の日の早朝だった。
夜の間降り続けた雨がやっと止み、辺りがしらみ始めた村の外れでは、静かに怒っている薔薇と2人の影が俺達を待っていた。
「おっと、奥様もいますね。では、私はこれで。本当にありがとうございました。」
薔薇を見つけたジャンはそう言うと、魔道具を抱えてさっと森へ消えた。薔薇の近くに居た2人の影達も薔薇に何かひそひそと伝えて姿を消す。
俺とカインは冷え冷えとした朝の空気の中、さらに冷え冷えとした薔薇に迎えられた。
「えーと、、、た、ただいま?」
俺はそれだけ言うのがやっとだった。