20話 笑うんですね
「はあ?なんでカインが来てるんだよ。」
御者台のカインを認めるなり、アーノルドが言った。
「お前こそ、来るなんて聞いてないぞ。」
カインも言い返すが、カインの顔はアーノルドを見てほっとしているようにも見えた。
「ベンジャミン卿はどうしたのですか?」
私はまず、ベンジャミン卿について聞いた。護衛の騎士は名指しでお願いしていたし、変更の連絡はきていなかった。
何かあったんだろうか。
「昨日の夕方、ぎっくり腰になった。」
「えっ。大変、大丈夫なんですか?」
「ぎっくり腰だからな、大丈夫だろう。それで急遽、俺が代理だ。」
「だから何で、そこでお前なんだよ。」
カインがぎろりとアーノルドを睨む。
「俺だって、命令でなかったらお前と馬車旅なんてしたくはない。」
「俺は命令だろうが、したくないよ。」
「命令とは、どういうことなんですか?」
私が聞くと、カインは言いにくそうに答えた。
「、、、、ベンジャミン卿がぎっくり腰になって、今回のセレスティーヌ嬢の護衛について、その、一部の騎士達の間で争奪戦になった。」
アーノルドから、カインが私を゛セレスティーヌ嬢゛と呼んだ事への抗議の声があがったが私は無視して話を進めた。
「争奪戦?」
「貴女は、、、、人気がある。こちらへの申請は貴女と侍女1人であったし。貴女との2人旅を巡っての争奪戦だ。」
「うわあ、最悪だ。最低、なんて低俗な騎士団なんだ。」
「お前にだけは言われたくないな。」
「そこから何故カイン卿に?」
こういった表面上の好意には慣れている。争奪戦についてはそんなに気にならないが、そこから護衛がカインになるのが結び付かない。カインが争奪戦に参加するとは思えない。
「騒ぎが上層部の耳に入って、そんな邪な考えで護衛なぞ言語道断だとなった。そして、俺は、前に、その、、、セレスティーヌ嬢に触れても燃えなかった実積があるから、鶴のひと声で俺に決まった。」
「、、、、なるほど、御愁傷様です。」
「あ、いや、別に貴女の護衛が嫌な訳では、気まずいだけで。」
「俺はお前の護衛なんか嫌だ!」
「俺だって、お前の護衛は嫌だ。」
「旦那様。」
「、、、、だんなさま?」
「なに?」
「カイン卿は仕方なく来てくれているのです、そういう言い方は止めてください。事情は分かりましたし、今、揉めても出発が遅れるだけです。参りましょう。カイン卿、よろしくお願いします。」
「、、、ああ。あの、別に仕方なくというほどでは、」
「さ、行きますよ。」
「俺、カインとの相部屋はやだ。」
「そこは我慢してください。」
「やだ!聞いてない!薔薇と相部屋にする。」
「ダメです。」
「えー。」
アーノルドを馬車に押し込んで出発してもらう。今日は完全に駄々っ子のようだ、昨夜の大人の男バージョンのアーノルドと馬車で2人きりは心臓が持たなさそうなので、私はほっとした。
アーノルドは馬車に乗ってからも、しばらく宿の部屋割りについてぐちぐち言っていた。
馬車は快調に進んでいる。
本日の目的の行程の半分程まできた所で、私は前方の幌を上げて扉をそっと開けた。
「カイン卿。」
呼び掛けるとカインがちらりと振り返り、またすぐ前方に顔を戻してから答えた。
「何だ、休憩したいのか?」
「いいえ、そろそろ半分来ましたし、御者を変わります。」
「え?」
「変わりますよ、目的地まで早くても3日かかります。御者はいつも交代でしています。」
「馬を操れるのか?」
「出来ますよ。」
「しかし、、。」
私は渋るカインに強引に変わって、御者台に座った。
カインはというと、「俺は護衛だから。」と言い御者を変わった後も、頑として御者台に並んで座ったままだ。
「旦那様ならぐっすり眠ってるので、今なら中も過ごしやすいですよ。」
「は?もう寝てるのか?」
「ええ。これに付き合うために、かなり無理してお仕事をなさったようです。」
「はあ。まあ、俺はここでいい。」
カインはそう言うと、黙り込んでしまった。
私は、本人がいいと言うならいいか、と放っておくことにする。
カインとは初対面が最悪だったので、あのままだったらこんな風に隣り合わせは嫌だっただろうが、何回か貼り薬のことでやり取りをして、最初のひどい印象はほとんど無くなっていた。
仕事で話す分には、言葉遣いが偉そうなだけで無礼という訳ではなく、話も早い。
お願いした事には漏れがないし、こちらへの指摘も的確だ。
根は寡黙で、沈黙が続くこともあるが気詰まりではない。
アーノルドは勝手にしゃべって忙しそうだからかえって気を遣わないタイプなので、カインとは正反対だ。そういう所で馬が合わないのだろうか。
「、、、こんな事を聞くのは失礼かもしれないが、貴女はアーノルドとの結婚に不満はないのか?」
大分走ってから、カインがぽつりと聞いてきた。
「不満?」
「あいつが無理矢理まとめた結婚だろう?セレスティーヌ嬢は俺からの婚約の話がなければ、あんな奴とこんな望まない結婚をしなくて良かったのではないかと、、、、。」
「今さら罪悪感なのですか?」
気に障ったのは、今頃になって婚約の話を後悔している事になのか、アーノルドとの結婚を望まないものだと決め付けているからなのかは分からないが、私はむっとして冷たく言ってしまった。
「はあ、、、返す言葉もない。」
カインがうなだれてしまったので、ちょっと冷たすぎたと反省する。
「すいません、きつい言い方でした。」
謝ると、カインは、うむ、と言い、俯いて私を見ないまま口を開いた。
「確かに俺は当初、自分の婚約者はどうでも良かったし、最初に貴女に会った時も、見た目だけの女だと、いや、今は、仕事をきちんとするし、細やかな気配りもできて、いい人だと思っている。貴女は姿勢も美しいし、、、何を言ってるんだ俺は。それで、言いたい事は、貴女は俺が嫌でアーノルドの提案を受けたと聞いている。もし、俺のせいで望まぬ結婚生活を送っているのなら、離婚について力になれればと思っているんだ。貴女ほどの人なら離婚したとして、傷にはならないだろう、相手はアーノルドだし、白い結婚である事は周知の事実であるから。」
カインは彼にしてはかなりの長文を一気にしゃべった。
ずっと気にしていて、私に伝えようと思っていた事なのだろう。
私が仕事でのやり取りを通してカインの印象が良くなったように、カインの中でも私はただの゛婚約者候補だった女゛から゛仕事で関わる良い人゛くらいになったようだ。
「カイン卿、いろいろ誤解があるようです。」
「誤解?」
「まず、私が貴方との婚約を嫌がったのは、貴方が嫌というよりは、受ければ仕事が続けられなくなるからです。貴方とオルランド公爵家が許すはずはないので。」
「そうなのか?でも、仕事を許さないとかそんな事は」
「そうだったと思いますよ。私に婚約を申し込んだ時点の貴方は私をアクセサリーか何かのように考えてらしたから。」
「そういう訳では、、、興味がなかっただけで」
呻くように抗議するカインを私は遮った。
「つまり、アクセサリーでしょう。顔すらどうでも良かったのですからアクセサリーですらないですね。興味がない、という事はそういう事です。公爵家は力のある家門です。申し込まれてしまった方は断れないんです。ご自身がそういった家の嫡男である事は自覚すべきです。」
カインはもはやぐうの音も出ないようだ。黙り込んでしまった。
゛仕事で関わる良い人゛として心配してくれていたようだし、少し可哀想になる。
「すいません、これでもオルランド家から婚約の申し込みがきた時はショックで一週間寝込んだので、腹いせです。すっきりしました。」
「、、、なら、良かった。」
「それに、旦那様との結婚生活は思っていたより快適なので大丈夫です。旦那様は私が仕事を続ける事も認めてくれてますし、全く問題ないです。」
「あいつ、鬱陶しくないのか?」
「鬱陶しいし、何なら時々気持ち悪いです。」
「、、、、ふっ。」
カインが笑った。
「、、、貴方、笑うんですね。」
「、、、そこはお互い様だと思うぞ。」