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2話 形だけの結婚 (1)


オルランド公爵家からの縁談について、父から告げられた10日後の夜。

私は何とか身支度をして夜会に参加していた。


その王室主宰の舞踏会は前もって出席の返事をしていたものだった。体調不良を言い訳に欠席することもできたが、何人か顔を合わせておきたい人物もいる。

とてもいつものように夜会を楽しむことは出来ない心理状態だったが、しょうがない。

私は今の自分の心情のような深いブルーのドレスに身を包み、クリスタルとルビーのイヤリングとネックレスを着けて参加していた。


目当ての人達と挨拶を交わし、自分の顔を売った所で、私はテラスへ出た。

夜会のこんな序盤からテラスへ出る者はいないのでもちろん無人だと思っていた。


1人で夜風に当たると、一週間もの間、部屋で散々嘆いたはずなのに押し込めていたやるせなさや悲しみが出てくる。


どうして、今、このタイミングで公爵家からの求婚なのだろう?

求婚者のカイン・オルランドとは面識はない。どころか顔も知らない。請われる理由は見当たらなかった。


オルランド公爵とは挨拶程度で何度か接触はあるが、深く話し込んだことはないし、その嫡男となるとお近づきになりたいと思ったこともないのだ。


そしてその顔すら知らないということはカイン・オルランドは社交の場にあまり現れない男なのだろう。夜会に公爵家の嫡男が居たら、顔くらいは覚えるはずだからだ。

そんな男がなぜ私に求婚するのか訳が分からない。


22才になり、嫁きおくれの感が出てきていたから油断していた。

もう、私に求婚するような男はいないだろう、と。


研究への予算も取れるようになってきたし、薬草採取の立ち入り許可も最近は取りやすくなってきて、これからなのに。


ぐっと唇を噛む。

カイン・オルランドなる男がどんな男なのか知らないし、知りたくもなかった。

挨拶もしたことのない女に求婚するなんて、どうせ社交界の噂だけで私を欲しいと思ったに決まっている。

結婚したらきっと、こんな筈じゃなかったと言うのだろう。

もしかしたら、少しとうがたっている私の年齢も知らないのではないだろうか。


後から後から出てくる考えは腹が立つことばかりで、悔しくて思わず扇子で手摺を叩いた。


「はぁ……」

自分の子供じみた振る舞いに呆れて、ため息を付いた時だった。


「何かありましたか? 社交界の薔薇」

後ろからそう声をかけられて、私はびくっとした。


そろり、と声がした方を振り向く。

テラスの壁に寄りかかって、魔法使いのローブを着た男性が薄紫色の柔らかい目で私を見ていた。


「お見苦しい所をお見せしてすいません。アーノルド・ノース子爵」

私はすぐに完璧な会釈をして詫びた。


「おや、若い男性には目もくれない貴女に名前を覚えていただけているなんて、望外の喜びですね。俺は明日にでも死ぬかもしれないですね。セレスティーヌ嬢」


「貴方はご自分が思われているよりもずっと有名な方ですもの」

私は扇子を広げて顔半分を隠し、こういう時の冷たい顔を張り付けてそう言った。


アーノルド・ノースは弱冠25才にして、魔法塔の副長官を勤める稀代の魔法使いだ。

十代の頃にはもう頭角を現していて、すでにいくつもの魔道具を開発し、一部は実用化されている。


生家は伯爵家で、その功績により彼には単独で子爵位が与えられていたりもするが、社交界で有名なのは実力や地位のせいだけではなく、その特異な行動や言動故だ。


アーノルドはこの数ヶ月ほどで頻繁に夜会に参加するようになったのだが、服装はいつも普段のローブ姿で正装で訪れたことはない。せめて華やかな式典用のローブであればまだ悪目立ちはしないだろうに、そういった気遣いは皆無のようだ。


アッシュグレイの長めの髪は無造作に麻紐でしばってあるだけで、きちんととかして絹のリボンで整えれば、顔の作りも良いし、背丈もあるので中々見目麗しくなるのだろうが、そこにも気を配るつもりはないらしい。


最初はそんな見た目にもめげない何人かの令嬢達が、果敢にアタックしていたようだが、対応する態度は失礼なものばかりで、今や寄っていく若い娘達はいない。


若い異性が寄って来ないのは、私と一緒ね。

私は扇子の下で少し微笑んだ。


「お困りごとですか?」

アーノルドは私の冷たい態度と言葉はなかったかのように続けた。


鈍い男。

私はつんとして言った。

「貴方には関係ありません」


「そうですか」

アーノルドはそう言うと隣に並び、テラスの手摺に頬杖をついて私を見上げた。


噂通りの変な男だ。

どうしようかしら、立ち去るのは負けるみたいで癪だけれど、いっそ中に戻ろうか。

何かこの男の嫌がる話題でもあれば一発なのに。

アーノルドは相変わらず、柔らかい薄紫の目で私を見ていた。

その瞳は大好きな叔父様と同じ瞳の色で、少しだけ気持ちが揺らぐ。


「お困りごとですか?」

アーノルドはさっきと同じ質問をしてきた。その目はさっきより真剣な光を帯びているように見える。


私はため息をついた。今日はこの男をやり込める意欲はなかった。抑えている涙を必死にこらえての夜会だったのだ。


「断れない縁談がきたのです」

ぽつりと呟く。

その言葉にアーノルドはぎょっとしたが、それ以上に私もぎょっとした。


顔がかあっと上気するのが分かる。

こんな初対面の変な男に何ということを言ってしまったのだろう。

自分の言動が信じられない。

この男の目が叔父様と同じだったから悪いのだ。

こんな失態を犯してしまうなんて。


「申し訳ありません、私、これで」

私は慌てて、身を翻そうとしたが、アーノルドが私の腕を掴む方が早かった。

ぐいっと右手の手首が、思ったよりもしっかりした手に掴まれる。


「何をなさるんですか?離してください」

びっくりして抗議する。


「落ち着いてください、社交界の薔薇。貴女がそんな取り乱した様子で会場に戻ったら注目の的です」

「あ……」

確かに、顔は赤いし瞳も潤んでいそうだ。


「落ち着くまでここに居た方がいい」


「分かりました。分かりましたので、手を離してください」

私がそう主張するとアーノルドはすっと手を離した。


私は息を整えるために、庭園へと目を向けた。

夜風がそっと頬をなでる。

月明かりの庭園は静かで美しい、小さく噴水の音がして、背後からは夜会の楽しげな音楽や人々のざわめきが聞こえる。

今夜も世界は美しいのに。


「トトウ家で断れないとは、縁談はかなり高位の家からなのですか?」

しばらくしてアーノルドが聞いてきた。


「オルランド公爵家です。」

もう、どうでもいいや。

少し投げやりに私は答えた。


「わお」

アーノルドがものすごく軽いリアクションをしたので、私は思わず睨んだ。

意に沿わない縁談への女の心情なんて、男に分かる訳ないのだ、ましてやこんな変人に。


「その怒った目、たまらないですね」

睨んだのにアーノルドは嬉しさで蕩けるようにそう言う。


は?

ぞわっとしたものが背筋を駆け抜ける。

私はこういう男は初めてではない。一番嫌いなタイプだ。

上辺だけの私に心酔し、まるで神かのように一挙手一投足に勝手に感動してくる男。

もはや挨拶も不要だろう。

どうせ冷たく立ち去る私にも感動するのだ、この手のタイプは。

私は今度こそ、さっと立ち去ろうとした。


「あ、待って、待ってください。申し訳ない、つい心の声が出てしまいました。セレスティーヌ嬢、ひょっとしたらですけどその問題、俺が解決出来るかもしれません」

アーノルドは慌ててそう言い、私は思わず立ち止まる。


「こんな所で、貴女の事情を詳しく聞く訳にもいかないし、俺からの解決策を説明する訳にもいかないので、明日、トトウ家に訪問してもよろしいですか?もちろん白昼堂々と」


「え?」

嫌だった。立ち止まってしまった自分が腹立たしい。

こんな得体の知れない男を我が家に招きたくない。

「お断りします」

「お招きいただけるなら、最近開発したばかりの魔道具もお持ちしますよ。高速で回転して薬の成分を分離できるものです」

断りの言葉に被せてアーノルドが言ってきた内容は聞き捨てならないものだった。


「高速で回転して成分を分離?」

「ええ、熱を加えずにね。回転でかかる熱は少し発生しますが」


アーノルドを見ると、勝ち誇ったように笑っている。

興味は湧くが、すごく癪だった。

しかし、すごく癪だがその魔道具は見たいし、欲しい。蒸留や加熱以外の方法で薬の成分分離ができれば、今まで精製の段階で壊れてしまっていた薬の成分も抽出できる可能性がある。

だから魔道具はすごく欲しい。

私は取り澄まして言った。


「そういう事でしたら、明日、我が家にご招待いたします。14時にお越しください」

その時、私は10日ぶりに縁談の事など、すっかり忘れていた。


「お招きいただき光栄です」

アーノルドはにっこりして手を胸にあて、重々しく会釈した。






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