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19話 旅行前夜


「アーノルド君も一緒にかあ、そうか、そうか、良かった。」

薬師塔での朝、叔父から今度の原料採取の出張旅行について「本当に1人で大丈夫か?」と心配されたので私がアーノルドが来てくれる旨を伝えると、叔父は嬉しそうにそう言った。


「いやー、展開が早くて何より。私の可愛いセレスが心配でね、アーノルド君は結婚休暇をまだとってないらしいし、何なら魔法塔の長官に話をつけて付いて行ってもらえないかなあ、と思っていたんだ。」

「北の海は寒そうだから、南の毒ガエルになりました。」

「寒い方がくっつけるのになあ。」

「くっつきませんよ、燃えますからね。」

「暖かくなってちょうどいいじゃないか。」

「、、、、なるほど、そういう使い方も出来るんですね。」

「ふふふ、それにしても、良かった。」

叔父は朝中ずっと上機嫌で、ニヤニヤしていた。




***


旅行の日程が2週間先に決まり、そこからアーノルドはとても忙しそうにしていた。

元々、しょぼくて予算もない薬師塔は業務にも余裕があるのだが、魔法塔は結構忙しい。

魔道具や魔法の開発研究が主な仕事なのだが、騎士団から魔法絡みの犯罪の調査や、実際に捕縛する事への協力の要請もあり、特に後者の仕事量が多い上に重たい。騎士団に協力後は報告書も一緒に作成するので必然、仕事は増える。

そして、魔法使いは数が少ない。というわけでまた仕事が増える、という悪循環らしい。


休暇を取るためには、溜まっているものだけでも片付けてなくては、と連日アーノルドは夜は遅いし、休日もほとんど家にいなかった。




***


「やっと、明日から旅行だ!ただいまあ、終わったあ。疲れたあ。」

出発の前日、ぐったりしたアーノルドが少し早めに帰ってきた。早めといっても、もう夕飯は終わっていたが。


「お夜食、お付き合いしましょうか?」

まだ寝るには早い時間であるし、私の出張に付き合うために無理をしてくれていたのだ。労うべきだと思い、私がそう提案すると、アーノルドは目を丸くした。

「いいの?」

「はい。よくしていただいているのに妻らしい事は一切していませんし。」

「、、、、俺の部屋で夜食でもいい?」

恐る恐る、そう聞いてくる。

「いいですよ。」

今や私はアーノルドの部屋で2人で過ごす事に抵抗はなかった。結婚当初と違って身の危険は感じない。


「少しだけ、お酒にも付き合ってくれる?」

「ええ、軽いものなら。」

アーノルドが振り返って、夜食の指示を出そうとした時にはもうマリーが厨房へと向かっていた。

「マリーさん、、、早い。」



夜食の用意ができて、私がアーノルドの部屋を訪ねると、部屋着に着替えてさっぱりしたアーノルドが迎えてくれた。

「薔薇を俺の部屋に迎える日が来るなんて、感無量だな。」

いつもの切羽詰まった感じではなく、穏やかに言う。何だか年上の余裕がある男みたいだ。

年上だが。


アーノルドは目が少しとろんとしていて眠そうだ。

「お疲れなら無理には」

「大丈夫、へとへとだけど、逆に少し飲まないと寝れなさそうなんだ。」

そう言って微笑む様子には疲れが見えて妙に色っぽい。

゛坊っちゃん゛と軽く夜食を付き合うつもりだったのに、何だかいつもと違う。男の人の部屋に来たみたいだ。


どうぞ、と言って私をソファに座らせて、アーノルドは向かいに座った。

チーズとオリーブのマリネをつまみ、ワインをいただく。私は食前酒のような軽くて甘いものだけいただいた。


室内はベッドサイドとソファの近くのランプだけが灯されていて、窓際からは柔らかな月の光が差し込んでいる。

アーノルドはゆったりと寛いでいる。

今夜は、疲れているせいなのか、眠気のせいなのか、物憂げだ。

だから年上の男の人みたいなんだ。


「明日は昼から出発するんだよね。」

「そうです、騎士団に馬車も頼んでいます。ベンジャミン卿が馬車で屋敷まで来てくれます。」

「楽しみだな、薔薇と旅行なんて。」

「仕事ですよ。」

「それでも、楽しみなんだ。」

アーノルドがにっこりする。お酒のせいなのか声が少し甘い。

「ベンジャミン卿と仲良くしてくださいね。」

「大丈夫だよ。」

「何度も言いますが、宿の部屋は別々ですからね。旦那様はベンジャミン卿と同じ部屋でお休みください。」


「分かってる。ねえ、隣においでよ。」

アーノルドが自分の隣をぽんぽんと叩いた。

私を見る目が大分、眠そうだ。

そして、この隣への誘い方も年上の余裕のある男みたいだ。ここで怖じ気づくのは癪だ。呪いもあるから手も出されないし、という安心感もあって、私は適度な距離を開けて、アーノルドの隣に座った。


「ふふふ、薔薇が俺に慣れてる。」

頬杖をついて私を見ながらアーノルドが言う。

アッシュグレイの髪の毛がはらりと顔にかかり、気だるくかき揚げる様にちょっとドキドキする。考えてみれば、22年間生きてきて、こんなに色っぽいシチュエーションは初めてだ。

夜に、男の人と、その人の部屋で、2人きりで、お酒を飲んでいる。

そう気付いてしまうとドキドキが大きくなってきてしまった。


落ち着かなくては。

私は軽い飲み口のお酒をひと口飲んで、オリーブをつまんだ。


「可愛いなあ、ねえ、セレス。」

甘い声のままで、名前を呼ばれて、かあっと顔が火照った。

今の今まで、薔薇だったくせに、このタイミングで名前を呼ぶのは反則だ。顔だって火照る。


「何ですか?」

室内は暗いし、きっと顔が赤いのはアーノルドにバレてないと思う。私はいつもの様子で返事をした。


「手をつないで。」

命令口調でそう言うと、アーノルドは私との間に右手を置いてきた。

「俺からつないだら燃えちゃうから、セレスからつないで。」


「あ、、、ええと、、、。」

完全にアーノルドのペースだ。

どうしよう。

手をつなぐくらい何でもないし、何でもない。うん、何でもない。

でも、今、つなぐ必要なんてあるだろうか、ないと思う。


「はやく。つないで?」

あわあわ考えていると、そう急かされて、私はそっと手を重ねた。すぐにするりと指が絡ませられる。

アーノルドは満足そうにすると、左手で飲みにくそうにワインを飲んだ。


「可愛い俺のセレス。」

アーノルドがささやく。


これは、そろそろ心臓に悪い。こういう時、スマートに席をたつにはどうすればいいんだろう。

手は柔らかく絡ませられたままだ。

振り払うのは違う気がする。

どうしよう。


どうしよう。


どうしよう。


どうし、

そこで、つないだ手の力が抜けたのでアーノルドを見ると、うとうとしていた。


よかった、助かった。

私はほっとして、息を吐いた。

アーノルドが完全に寝てから手を外す。

顔の火照りが治まってからマリーを呼び、アーノルドをベッドへ運ぶのを手伝ってもらった。

やれやれ。


結構ドキドキしたし、寝付ける自信はなかったが、自室に戻って風呂に入り、横になるとあっさり寝付けた。わりと幸せな気分でぐっすり朝まで眠った。




***


翌日の昼、ノース子爵邸に馬車が到着し、私とアーノルドは驚愕する。

いつもの馬車だ、乗り合い馬車のような質素な馬車。それには驚かない、豪華な仕様だと目を付けられる可能性もあるからいつもこうだ。

驚いたのは、御者台にいた人物にだった。

そこにはベンジャミン卿ではなく、カイン・オルランドがいた。





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