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18話 今、まさに恋に落ちようと

マリー視点です。


私はマリアンヌ・イーズス。イーズス男爵家の三女で、セレスティーヌ・トトウ侯爵令嬢、今はノース子爵夫人の専属侍女だ。

セレス様からは゛マリー゛と愛称で呼んでいただいている。


私がトトウ家に来たのは13才の時、借金のかたに奉公にあがったのだ。もとい、借金のかたにトトウ侯爵の愛人(もし私が上手くやれば後妻)、もしくは長男のフランシス公子の愛人、(もし私が上手くやれば妻)、としてどうぞご自由にと送り出されたのだった。

父親からは何とかして2人のどちらかの寵を得るようにといろいろ言い含められ、もう二度と我が家には戻るなと言われ、何なら媚薬まで渡されてトトウ侯爵家にやって来た。


私が持たされていた紹介状には、そのような、ご自由に、についてもしっかり書かれてあったようで、迎えてくれたのは苦り切った顔のトトウ侯爵だった。


「私は妾も後妻も必要ない。君自身には我が家で奉公する気はあるかい?」


「私には貴族としての教養やマナーがありません。侯爵家の侍女は勤まらないと思われます。食べ方は汚いですし、お辞儀も美しくありません。楽器も弾けませんし、お茶も淹れられません。何ならお茶のマナーもありません。私の取り柄はこの体だけであると父より言付かっております。顔立ちは薄く童顔ですが、発育は良いです。若いので、如何様にも育てられます。背の高い女性がお好みだとも伺っています。」

私がすらすらとそう言うと、侯爵はますます苦い顔をした。


「君は教会の学校で優秀な成績を修めたと聞いている。」

「そちらは、無料でしたので通っておりました。確かに優秀でしたが、淑女としての役に立たないかと思います。」


「君の年は私の娘の1才上なんだ。」

娘?

侯爵家の娘のことは父からは全く聞いていない、ノーマークだ。


「はい。」

よく分からないので返事だけした。


「娘は少し変わっていてね、既に学問に身を捧げると決めている。同い年の令嬢達には、話が合わないと興味を示してくれない、年の近い専属侍女を何人か付けたのだが、中々上手くいかない。」


「私はその娘さんのためだと。」

「そうだ。」

「専属侍女としてのスキルやマナーは一切ありませんが。」

「そのようだな。しかし、その話し方、少し娘と似ていて、希望が持てる」

「娘さんが私を気に入るとお考えですか?」

「おそらく。なので、すぐにその扇情的なドレスから着替えて、そうだな、まずは美しい食べ方から学んでくれ。」


と、いう訳で私は食べ方とお茶の飲み方を叩き込まれてから、セレス様と対面し、セレス様は父より疎まれていたこの私の話し方をいたくお気に召した。

そして、セレス様は一緒に家庭教師の授業を受けた私が、セレス様に遜色ない結果を残すとギリギリと対抗心を燃やされ、自分のライバルである私がみすぼらしくしていて許されるはずがない、と訳の分からない事を宣って私を淑女として磨きはじめた。


そして、トトウ家に来て半年後には、私はどこへ出しても恥ずかしくないセレス様の専属侍女となった。

私は一生をこの方に尽くすと決めた。

めでたし、めでたし、だった。



しかし、


私の話し方を素敵だと褒め、私の顔も落ち着く顔だと言ってくれて、家庭教師から私が褒められると物凄く悔しそうに睨み、私にマナーを一から教え、私に清楚なドレスを仕立て、私をマリーと呼び、護身術で私が優秀だった時は目に涙を溜めて悔しがり、叔父上の話を嬉しそうにして、薬師塔で働く際は一番に私に報告してくれ、社交の重要性に気付いてからは神がかって美しくなり、でも中身は、ガリ勉生真面目負けず嫌いでせっかち、なままの私のセレス様に、一切望まない縁談が来てしまった。


あの時の事は、今思い出しても苦しい。私はカイン・オルランドとオルランド家を祟ろうと呪いの研究まで始めていたのだ。


そんな中、現れたアーノルド・ノース子爵だった。正直、私の中でのアーノルドの第一印象は中々良かった。セレス様が全くの素だったからだ。私相手のセレス様をもう少し冷たくしただけのセレス様だったのだ。

悪くない、少なくとも絶対にカイン・オルランドより悪くない。

仕事も続けて良いらしいし、私への態度も丁寧だ。私はこっちを全力で推すことに決めるが、私が推すまでもなくセレス様はさっさとアーノルドに決めた。

本当にそのきっぷの良さ、粋だ。


その後、呪いをかけられてしまうハプニングはあったが、これだってセレス様にとってはもはやハプニングで片付くレベルだったし、見てる分には面白いから良しとする。


子爵家の使用人達は侯爵家と違ってアットホームで、私にはちょっと馴染めないが嫌でもない。今のところ苛められてもない。バートンさんとサマスさんからは書類チェックの早さと正確さをさんざん褒めてもらった。気分はいい。


そして本日、セレス様は朝の支度をしながら私に言った。

「マリー、頼むかもと言っていた出張への同行だけど、旦那様と行くことになったの。馬車の大きさを考えるとマリーにはお願いしないことになりそう。」

「左様でしたか。お気になさらないでください。」

「マリー、2人だし、敬語はやめて。」

「分かった。知ってたし、問題ない。」

「えっ、知ってたの?」

「昨日、夕食の席でアーノルドとその話してたじゃない。使用人一堂外にいたよ。」

「そうなの?」

「、、、いい雰囲気だったね。」

「え?」

「いや、キスするのかなあ、と思った。」


私はあの時、「今だ、キスしろ!」と思って見ていたのだ。気の早いバートンさんなんかは、セレス様がアーノルドの隣に座った途端にすっと姿を消していたし、サマスさん達も邪魔にならないようにそろそろ退散するべく目で合図を送っていた。

何だかんだでノース子爵邸の皆さんはアーノルドの恋を応援しているのだ。セレス様にばれないように。


「はっ?ばっ、しないわよ。」

セレス様が真っ赤になって慌てる。

「拒む様子には見えなかった。」

「反応できなかっただけよ。」

「そう?」

「それより、行きたかったんじゃないの?出張旅行。」

あ、話そらしてきたな、と私は思ったけれど、乗ってあげる。恋愛初心者を追い詰めて意固地にしてはいけない。


「また機会はあるよ。今は帳簿書くのが楽しい。数字がばっちりあった時のあのぞくぞくする感じが癖になる。」

そう言うとセレス様は面白くない顔をした。


「これ以上、私に差をつけないで欲しいわ。」

「その美貌には勝てないから気にしないで。」

「マリーは可愛いわよ。その細い三白眼も、小さな鼻筋も、薄い唇も、スタイル抜群なのに変に丸顔な所も中々いいと思うわよ。黒髪も控えめで淑やかで素敵よ。」

「うーん、ありがとう?」

「どういたしまして、私には可愛い要素ないから羨ましいわ。」

、、、、、おや?

「何か気にしてるの?」

「優しくする隙がないって、やな感じ。」

おやおや。

「そこも逆に可愛いと、アーノルドは言ってたよ?」

「どうでしょうね。」

つん、としながらセレス様は言う。

おやおやおやおや。

これは、これは、これは、、、、。

昨日キスしてたら呪い解けてたんじゃ、、、。いや、まだ無理か。今、正に恋に落ちようとしてる所ぐらいかな。

セレス様の場合、こちらで小細工するとか、背中を押すとかは逆効果になるから、とにかく静観する事を私は決意する。

恋を自覚さえしたら、あっという間にご自身で事を進められるだろう。


「それで、旅行はどっちに行くの?」

昨夜のキス未遂の後は、念のため退散したので最後まで聞いてないのだ。

「毒ガエルの粘液を取りに行く方。」

「そっか、楽しんできてね。」

「マリー、仕事よ。」

「表向きはね。」

「表も裏も仕事よ。」


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