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16話 無断で膝の上でゴロゴロする

薔薇はしゃがんで作業を始めた。

俺はすぐに、とととっと近づいて、にゃあ、と鳴いた。


「まあ!」

薔薇が猫の俺を認めて、笑顔になる。

「あなた、前に王宮の庭園で会った猫さんね。」

薔薇が色っぽくそう言う。

相変わらずの゛猫さん゛呼びが可愛い。可愛いな、くそ。

「そっか、ここは王宮からも近いものね。あなたのテリトリーなのね。」

薔薇は作業用の手袋を外すと、俺をそっと撫でた。

はああああ、久しぶりの薔薇の感触。


俺はそのまま薔薇の手に顔を寄せてみる。ふむ、やはり燃えない。

とっさにかけた呪いだったから、細かい部分は感覚でかけたけれど、さすがに俺も、異性、に動物は含ませなかったようだ。

良かった。これで猫の間は薔薇に触りたい放題だ。

俺はするりと薔薇の膝の上に乗り込んだ。


「相変わらず、人慣れしてるのね。」

薔薇は俺が座りやすいように、体勢を変えて地面に座り込むようにしてくれた。

薔薇の膝の上で横になる。薔薇が優しく背中を撫でてくれる。至福だ。だってこれもう膝枕だもんね。薔薇の膝枕。

至福の時間だ。


「あら、前は暗かったから気付かなかったけど、あなたの目、叔父様と同じ目の色ね。」


「、、、、、。」

薔薇のその一言に俺の至福の時間がガラガラと音をたてて崩れ去った。


もちろん、俺は知っている。

薔薇が彼女の叔父で薬師塔長官のシメオンを尊敬していて慕っていることは、もちろん、知っている。

叔父の話をする時、薔薇が嬉しそうなのも、叔父に向ける笑顔が特別なことも知っている。

俺の瞳の色がその叔父と同じ薄紫色なのも知っている。


知っているが、、、。

ここは、「旦那様と同じ目ね。」じゃないか?だって、俺だぜ、今、俺は俺なんだぜ?


俺はつん、とそっぽを向いた。不機嫌に尻尾も振るが薔薇は気付いてくれない。


「そして、あなたの毛並みは旦那様の髪の毛と一緒ね。」

「!」

そこは俺なんだ。


え?じゃあ、目も俺にならない?

俺は顔をあげて、上目遣いで薔薇をじっと見てみた。

ね、この目、俺だよ、俺!

「綺麗な色ね、アメジストみたいね。」

薔薇が柔らかく微笑む。

この微笑みも知ってる。彼女が叔父に向ける笑顔だ。

がーん、だ。

俺はしょんぼりした。


「私の旦那様の目もアメジストなのよ、あら?あなた、旦那様と同じ組み合わせなのね。」

「!」

「私の旦那様。あなたを見たらびっくりするかしら?残念ね、今日はお仕事なのよ。真面目でしょう?」

にゃあー。

そう!真面目なんだよ、俺!

「ふふふ、あなたのお名前、仮に、゛だんなさま゛にしましょうか。゛だんなさま゛」

そう言うと、薔薇は俺の喉をこしょこしょしてくれた。

ふわわわ。

「気持ち良さそうね、゛だんなさま゛」

いつもと違う甘い声で、薔薇が旦那様と呼び、魅惑の手つきでこしょこしょしてくる。


ふわあ、これは、いかんな。

いかんよ。何だか、すごく良くない気がする。

いかんが、咽がゴロゴロしてしまう。

おまけにごろんと仰向けになって、お腹もこしょこしょされてしまう。


「ふふふ、旦那様。」

薔薇が悪戯っぽく、甘く笑う。薔薇の細い指が絶妙にこしょこしょしてくる。ああ、ダメだ、理性が蕩けそうだ。今すぐ人型に戻って薔薇を抱きしめて、その唇や頬や首すじやその先に口付けしたい。落ち着け俺、真っ昼間で外なんだぞ、とにかく、この体勢は良くない。良くないと思う。まずは脱出を、



「旦那様?」

そこへ凍りついた絶対零度のバートンの声が聞こえた。


「きゃっ、バートン。びっくりした。」

薔薇がものすごく可愛く驚く。

俺はと言うと、ものすごく冷ややかなバートンの目と目が合った。

バートンは俺の化身の術を知っているし、今のこの猫の姿の俺も知っているのだ。

俺はさっと起き上がると、薔薇の膝から降り、しれっと毛繕いでごまかす。


「奥様、この猫は?先ほど旦那様と呼ばれてましたか?」

バートンはいろいろと困惑している様子で、薔薇にそう聞いた。


「ご、ごめんなさい。バートン。前に王宮で会った事ある猫さんなんだけど、毛並みと目の色が旦那様と同じだったので、つい、旦那様と。本当にごめんなさい。」

薔薇は慌てて立ち上がると、珍しく少し取り乱して謝りだした。きっと夫を猫扱いした事を恥ずかしく思い、子爵家の執事であるバートンに申し訳なく思っているのだろう。


「あー、いえ、ごほん。そうでしたか。そうでしたか。大丈夫ですよ。私もよくお目にかかっている猫さんです。」

バートンはひやりとするような目つきで俺を見ながらそう言った。バートンに猫さんと言われても全然嬉しくない。

「実は私もこちらの猫さんを、こっそり旦那様とお呼びしています。ねえ?旦那様?」

あ、バートンが怖い。少し、いや、大分怒っている。薔薇の膝に乗って、あられもない姿だったのは良くなかったかもしれない。


俺が神妙にしていると、バートンはさっと俺を抱き上げた。

に゛ゃ!

抗議の声をあげて身をよじる俺にバートンがささやく。

「旦那様?奥様にばらしてもよろしいので?」

ひゃっ。

それは困る。すごく困る。薔薇に無断で膝の上でゴロゴロしてたんだぞ?絶対にばらさないでほしい。

俺はバートンの腕の中で大人しくした。


「まあ、バートンは抱っこもさせてもらえるのね。」

「長年の付き合いですから。奥様、冷たいレモンティーが出来上がっております。私はこちらの゛旦那様゛にミルクでも召し上がっていただきますね。では、失礼します。」


そう言ってバートンは俺を執務室に連れていき、俺は仕事を抜け出してきた事と、猫であるのをいいことに薔薇の膝でゴロゴロしていた事について、みっちり怒られた。




その日の夕方、冷ややかなバートンに迎えられて帰宅した俺は、薔薇との距離を縮めるべく決意を新たに厨房へ行った。そこでコック長に今日の夕食についての指示を出す。


朝の薔薇との触れあいの後、俺は魔法塔に戻って薔薇との距離を縮める方法を考え、じゃなくて一生懸命仕事をして、合間に薔薇との距離を縮める方法を考えた。


そして、1つ思い付いたのだ。

ここは、旅行では?と。


屋敷から離れて、非日常で2人で過ごす。距離が縮まらないわけがない。これしかない。

すごく妙案なのだが、問題は薔薇が俺と旅行に行ってくれるか、だ。それよりも問題なのは旅行のために薔薇が休暇を取ってくれるか、だ。


後者はすごくハードルが高い気がする。薔薇は仕事に情熱を持っているが、俺には今のところ情熱はない。しかも結婚休暇はもう取ってしまっている。

ううむ、、、、。


薔薇を何とか説得するためには、出来るだけ彼女の戦力を削がなくてはならない。

俺は薔薇の気を反らすために、今日の晩餐は薔薇の苦手なキノコをふんだんに使うようお願いした。もちろん、コック長は薔薇がキノコを苦手な事は知らないから快く応じてくれる。


スープをマッシュルームのスープにしてもらい、メインの肉料理の付け合わせをキノコのソテーにしてもらい、箸休めのジュレの中にはキノコを閉じ込めてもらった。


酒も飲み口は軽いが、アルコールの強いものにしようか、と考えてそれは止めておくことにする。薔薇は酒はいける口なのだ、ある程度飲むと耳は赤くなるが、そこから酔うまでどれくらいかかるのかは知らない。俺より強い可能性は十分ある。だって、俺の薔薇だぜ?


そうやって迎えた晩餐。

薔薇はまず、マッシュルームのスープに少し身構えた。

可愛い。ダメだ、可愛い。困ってる薔薇なんてレアなのだ。ああ、可愛い。

どうしよう、もう、そのスープ皿を奪って飲んであげてしまいたくなる。


それでも、薔薇が身構えたのは一瞬で、すぐになに食わぬ顔でスープを飲んだ。

わりと平気そうだ。

良かった。自分が仕掛けた事なのに俺はほっとする。そして、自分が仕掛けた事なのに心配になってくる。

どうしよう、キノコソテー大丈夫かな?


薔薇は肉料理の付け合わせのキノコソテーには、スープより嫌そうな様子を見せた。

困ったなあ、、、というように少し眉毛が下がる。表情はより無表情だ。

俺は薔薇が心配で、ごくりと唾を飲んだ。


「お仕事は捗りましたか?」

肉にナイフを入れながら薔薇が聞いてきた。

「はっ、えっ、ええっ?」

俺は薔薇の観察に集中しすぎていて、何を聞かれたのか聞いていなかった。


「えっ?」

「お仕事です。捗りましたか?」

「ああ!うん!仕事ね、捗ったよ。特に午後が!」

「そうですか、良かったですね。」

薔薇は肉を切ると綺麗にキノコを乗せて、ソースを絡ませて口に運んだ。肉と一緒なら味が誤魔化せるようだ。

がんばれ、薔薇。


「俺の薔薇は何をしてたの?」

「本日はハーブの苗を植えていました。」

薔薇は答えながら、二口目の肉を、というよりもキノコを食べる。

少し食べ辛そうだ。ソテーには数種類のキノコが入っている。特に苦手なキノコにあたったのかもしれない。

どうしよう、テーブルクロスを引っ張って皿をひっくり返した方がいいかな。

ああ、ごめんね。俺の浅はかな企みでごめんね、薔薇。


薔薇は二口目のキノコを飲み込むと、ワインを口に含んだ。そして躊躇することなく、キノコに挑む。


「ハーブかあ、、、。」

もはや、俺は薔薇が気になりすぎる上に、申し訳なくて会話には全然身が入らなくなってきた。


「ハーブねえ、、、。」


「ハーブをねえ、、、、。」


「旦那様、お疲れですか?元気がないようですが。」

「ごめんなさい。」

「え?」

「ごめんなさい、俺が悪いです。」


俺は薔薇に全面的に謝った。




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