15話 薔薇との距離が縮まらない
俺の愛しの薔薇と結婚して2ヶ月。ここ最近、薔薇との距離が全然縮まらなくて俺は焦っている。
出だしは結構好調だったと思う。
呪いをかけてしまうアクシデントはあったが、あれはあれで、雨降って地固まる的な?そう、そういう的な効果はあったと思うし、何だかんだで薔薇はすぐに呪いに慣れた。
適応力というか、前向きな姿勢が凄まじいなとは思う。さすが俺の薔薇。
゛俺の薔薇゛と呼ぶ事にも慣れてしまっていたし、魔法塔で魔道具を見せた時は、目を輝かせて俺を見直したようだった。たぶん。
屋敷の図書室の本の件や、薔薇のために用意した部屋も気に入ってくれて、お礼を言ってくれた。
部屋の内装が自分の好みにぴったりであったのは、少し気持ち悪いからこれからは直接聞いてくれ、とは言われてしまったので、そこはこれからは気を付けなくてはと思っている。
そして、夜会でカインが薔薇に手を出した時は、二者択一の消去法とはいえ、俺と結婚して良かった、と薔薇は言った。
二者択一の消去法で、相手はあの最悪なカインではあったけれど。
中々に、少しずつ薔薇は俺に絆されていたはずなのだが、、、、。
ここ最近は全く進展がない。
俺が忙しいせいである。
薔薇のための魔道具に時間をかけすぎて、通常業務が溜まりに溜まっていて、毎日帰りは遅いし、今日も休日なのに魔法塔に出ている。
くそう、薔薇は休みなのに。
くそう。
「はあ、薔薇分が足りない。足りてない。」
俺は机に突っ伏してつぶやいた。
このままじゃ、薔薇不足で倒れるんじゃないだろうか。
只でさえ、自分がかけてしまった呪いのせいで、薔薇にはほとんど触れてないのだ。
ダンスもしてないから、俺はあの魅惑の腰に手を添えた事すらない。
髪の毛だって触った事ない。
今度、お願いして髪を触らせてもらおうかな、、、。
「はあー、何であんな呪いかけたんだ、俺、、、。」
燃えるのは俺以外にすれば良かった。
さっきから薔薇の事で頭がいっぱいで、そういう訳で全然仕事は捗っていない。
「うーん。」
来たとこだけど、もう帰ろうかな、、、、。
でもなあ、帰っても仕事は減らないしなあ、、、。
薔薇、何してるかなあ、、、、。
「あ!」
そこで俺は閃いた。
猫になって薔薇に会いにいけばいいんじゃね?
俺は仕事してる事になってるから、今ならちょうどいいんじゃね?
しかも猫なら薔薇に触れても燃えないんじゃね?たぶんだけど。
「試してみるか。試してみなければ。」
俺はさっそく特殊能力である化身の術で猫に姿を変えた。ちなみにこの化身の術に杖はいらない。魔法ではなく能力だ、大体猫には杖は振れない。
というわけで俺は一路子爵邸を目指した。
と、その前にフィッツロイ王太子殿下の執務室だけ寄っておくことにする。
フィーは晴れの日も雨の日も風の日も休みの日も、朝の早い時間は大体執務室にいる。オルランドの縁談を蹴ってくれたお礼も実はまだ言えてないし、せっかくだから行ってみる。
「アニー!」
フィーはきっちり執務室に居て、猫の俺が部屋に入っていくと嬉しそうにした。
俺のこの化身の術を知っているのは、実家の家族とフィーとカインとサマスとバートンに前宰相閣下だけだ。
「その姿で来るの、久しぶりだね。」
にゃあ。
「ふふ、ご機嫌そうだね。」
フィーは俺をするすると撫でた。俺は大人しく撫でられる。こいつ、猫好きだからな。
「人の姿になる?君用のローブあるけど。」
にゃ。
「あ、ならない。」
にゃあ。
「あ、僕の顔だけ見に来たの?」
にゃ、にゃあ。
「こないだのお礼かな。」
にゃあ。
「そっか。麗しのセレスティーヌ嬢とはどう?あ、呪いの噂聞いたよ。びっくりしたよ。」
にゃー。
「ごめんごめん、ノース子爵夫人だね。呪いは大丈夫なの?」
にゃあ、にゃあ。
「そっかあ。それで結婚生活はどう?」
にゃおん!
「ふふふ、良かったね。」
にゃあー。
「もう行くの?忙しいね。」
にゃ。
お礼も言えたしバッチリだ。「今度は人型で来てねー。」というフィーの声を背に受けながら、俺は今度こそ、一路子爵邸を目指した。
屋敷に着いてすぐ、俺は庭園で薔薇を見つけた。
どうやら、屋敷に近い一角にハーブを植えようとしているようだ。
そういえば、こないだいくつか苗を注文していたなと思い出す。
薔薇は庭での作業用の質素なワンピースを着ていた。ただの1枚布で作ってある色も形も地味なワンピースにエプロンまでして、髪をまとめているのは三角巾なのに、俺の薔薇はとても優雅だ。さすが薔薇。
「奥様!」
そこにバートンの声がして、俺はさっと身を隠した。
「庭師が真っ青でしたよ、お止めください。」
バートンがこちらに駆けつけて言う。
どうやら、薔薇は庭師の制止を振り切って自分で苗を植え出したようだ。
「バートン、良い運動だし、気分転換にもなるのよ。庭仕事は侯爵家でも時々していたの。どうか気にしないで。」
「しかし、、、、。」
「私、あんまり日にも焼けないのよ。特異体質。」
そう言って、薔薇はふふふと笑う。
はあ、、、。敬語なしの薔薇もいいな、可愛いなあ。
いいなあ、バートン、タメ口でしゃべってもらえて。
「しかしですね、」
「今日は少し暑いし、冷たいレモンティーを用意しておいてくれると嬉しいんだけど。」
なおも食い下がるバートンを遮って薔薇はそう言った。
「、、、かしこまりました。すぐにご用意します。作業はご用意するまでにしてください。」
バートンは渋々そう言って、急ぎ屋敷へと戻っていった。