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12話 嫉妬深そうな呪いについて


元々3日で短かったこともあり、あっという間に結婚休暇は終わり、私は薬師塔の仕事に復帰した。


朝、早い時間に子爵邸を出てアーノルドと王宮へと向かう。

「出勤が早くない?」

「落ち着いて出勤できます。早いのが嫌なら旦那様は後から出れば良いかと。」

「嫌だよ、薔薇と一緒に行きたい。でも早く行っても誰もいなくない?」

「だからいいんです。」


「、、、、俺と一緒なのを見られたくないの?」

その言葉に驚いてアーノルドを見ると、ちょっと怒った顔をしていた。


「違います。勤め始めた頃に王宮内で何度か騎士の方に絡まれました。嫌な思いもしたので、それ以来ずっとこの時間です。」


「は?それ誰?俺の薔薇に絡んだの誰?」


「その時はまだ私は貴方のものではありません。」

ついそう言ってから、これでは今の自分はアーノルドのものだと言ってしまった事になったのに気付き、さすがに耳が赤くなった。


「今は俺の薔薇?」

アーノルドがニマニマするのを抑えられない顔で聞いてくる。


「制度上です。」

私は早歩きで王宮へと向かった。




***


薬師塔に着くと大部屋の開発室の奥に、薬師塔長官であり私の母方の叔父でもあるシメオンが、既に出勤していて、いつものようにお茶を飲んでいた。

少しくすんだ金髪は寝ぐせがついたままで、薄紫色の目はまだ眠そうだ。


「セレス、おはよう。」

「おはようございます。長官。」

「結婚生活はどうだい?」

「、、、大きな問題はないです。」


「そう?」

薄紫色の目が少しキラキラしてくる。


「小さな問題はあるのかな?」


「それが、お伝えしておくべき事があります。」

この休みの間に、私は叔父と父と兄には呪いについてきちんと話しておこう、と決めていた。

第三者から聞いたりすれば、変に伝わるかもしれないし、何より無用に心配させてしまう。


「結婚早々、夫に呪いをかけられました。私の好きな人以外の、私に好意を持つ男性が私に触れれば、触れた男性が燃える、という変な呪いです。」


ぶはっとシメオンは飲んでいたお茶を吹いた。

「大丈夫ですか、叔父様。」

「大丈夫、大丈夫。私は大丈夫だが。え?」


「呪いです。それで叔父様に協力してい」

「ストップ、ストップ!えーと、もう一度、何の呪いか教えてくれ。」


「私が好きな人以外の、私に好意を持つ男性が私に触れると、触れた男性が燃えます。」

「はー。」

叔父は全く力の入っていない声で変な相づちをうった。


「燃える、といっても旦那様が言うには、灯り用の火魔法らしくて、少し熱いけど短時間なら火傷にもならないものです。」


「だんなさま?」

「ええ、旦那様。」

「セレスからそんな言葉を聞けるなんてなあ、、、。」


「アーノルド様、と呼ぶよりマシかと。」

「え、そうか?」

「はい。」


「まあ、そこはいいか。それで何故、私の可愛いセレスがそんな呪いを受けることになったんだい?」


「売り言葉に買い言葉、というか。成り行きといえば、成り行きです。」

「へー、喧嘩したのか?」


「喧嘩、とは違う気もしますが、、、。そうですね、あんなに怒ったのは小さい時以来かもしれないです。」


「へえぇ、セレスがねえ。アーノルド君とは仕事で何度か話したことはあるんだが、セレスとは似た者同士だし、もちろん結婚を聞いた時は驚いたけど、いろいろと同意の上での結婚だと言うし、パートナーとしては上手くいくかも、と思ってたけど、、、、。喧嘩ねえ、、、案外、相性がいいのかな?」

叔父の言葉の最後の部分は小さな独り言で、よく聞こえなかった。


「叔父様?」

「いや、喧嘩するほど仲がいい、とも言うし、遠慮がないのはいいことなんじゃないか。」


「あの方に遠慮する方なんているんでしょうか?」

「おや、私の可愛いセレスはすっかりあの男の虜のようだね。」


「馬鹿なことを言わないでください。」

「ははは、セレスが飾らずに素を見せれてるなんていい事じゃないか。」

そう言われると確かに、気詰まりな思いは一切していない。休みの間の子爵邸でも伸び伸びと過ごせた。


「そうですね、確かに気を使わなくていいのは旦那様の美点でしょう。それで、呪いなんですけど、一体、私への好意、がどこまでなのか調べたいので、叔父様に私の手をとってもらいたいんです。燃えても火傷はしないらしいので。」


「、、、ふむ。前向きで君らしいな。協力しよう。」

そう言うと、叔父は私の手をとった。


ボウッと叔父の手を炎が包む。


「おー、ほんとだ。少し熱いなー、という感じだ、面白いな。」

叔父は楽しそうだ。


「セレスは熱くないの?」

「私は何も感じません。」

「不思議だなあ。」


「はい。でもこれで、好意には親愛も含まれる事が分かりましたし、私の意中の異性、とは厳密に恋愛感情なのだということも分かりました。」


「あれ、セレスの初恋って私だろう?」

しれっと叔父が聞いてくる。


「子供の頃の話です。」

「寂しいなあ、、、。」

「ふざけないでください。そろそろ熱いのでは?離しましょう。」

叔父はさっと私の手を離した。



「で、この呪いの解呪法は?」

「それは今、旦那様が探しています。」

私はさらりと言えたはずだった。

たとえ叔父であっても、あんな解呪方法は教えたくない。


「ふーん。」

叔父が含みのある相づちをうつ、この感じはまずい。


「ねえ、セレス。」

叔父が姪にするとは思えない、甘ったるい声を出す。


「専門外だが、私は呪いには詳しいんだ、そこらへんの魔法使いくらいには。」

きっとそうなんだろうな、と思う。叔父が詳しくない分野なんてあるんだろうか。


「呪いはね、かける時に解く方法も組み込んでおかないと、後から解くのは至難の技だし、効果も落ちる。セレスの呪いは完璧に作動しているし、アーノルド君が君に対して解けなくなるような呪いはかけないと思うんだが?」

叔父の目がきらりと光る。


「はあ。」

「セレス?隠し事かな?」


「、、、、。」

「傷付くなあ、、、。」


「、、、、。」

「解呪法あるよね?知ってるんだよね?」

疑問形であるが、確信している時の聞き方だ。

私はぐっと拳を握った。


言いたくない。

言いたくないけど、、、。この叔父からいろいろ探りを入れられたあげく、バレるくらいならここで言っておく方が楽だ。


「、、、す、好きな人とのキスです。」

私は小さくそう言った。

年甲斐もなく、恥ずかしくてどもってしまった。


「、、、え?」

叔父がぽかんとした顔になる。



「、、、、、、、ふはっ。」

少ししてから叔父は吹き出して、くくくっと体を折って笑った。


「ふふふ、ふっ。すごい、メルヘンだなあ。」


「完全にアホです。」

自分の顔が赤くなるのが分かる。


「ふっ、ふふっ。いや、でも、そうか。へー、そうかあ、何か腑に落ちてなかったんだが、ちょっとすっきりしたな、へー、アーノルド君ってそうかあ。」


「何ですか?」

「いや、アーノルド君って、ロマンチストなんだな、と。」

「いいえ、完全にアホなんです。」

「伴侶選びの趣味もすこぶるいいな。」

叔父はとても愉快そうにそう言った。


私はその日の内に同僚の何人かに協力してもらって、友情でも燃えるらしい事を確認した。この様子なら尊敬でも燃えるんだろう。


燃えるのが免除される私からの思いは恋愛感情に限定されるのに、相手からの好意の範囲は幅広い。何だか嫉妬深さを感じる呪いだ。




***


後日、実家で父と兄もきれいに燃えた。

2人はきれいに燃えて、叔父のように面白がったりはせずに猛然と結婚に反対してきた。


「セレス、そもそも何故こんな呪いがかけられたんだ。」

今まで燃えていた手をさすりながら、父は言った。


「夫は私と結婚してみると、私への気持ちが芽生えてしまい、間違いを起こさないようにとっさにかけてしまったようです。」

私は前もって用意しておいた理由をすらすらと答えた。


「何だと?」

「父上、セレスが近くにいて、心の動かない男なんていませんよ。当然の事です。」

兄のフランシスが言う。


「それは当然だろう。そこではなくて、何故そこから呪いにいくんだ、極端だろう。」


「少し変わった人ではあるので。」

「少しじゃないだろう?呪いなんだぞ、セレス、すぐ離婚しなさい。ノース子爵には私から話をつけよう。」

「そうだよ、セレス。たとえ裁判になったとしても、呪いをかけられてるんだ、すぐに勝てる。」


「可哀相に、私が結婚の承諾をしたのが悪かった。あれ以上、落ち込むお前を見てられなかったのだ。今、思えばたとえ我が家の評判が落ちようとも、オルランドの縁談を蹴ればよかった、、、。」

父ががっくりとうなだれる。


私はそっと父の肩に手をおいた。

「お父様、落ち込まないでください。私は結構、この呪い平気なんです。」


「平気ってお前、、、このままじゃ、一生、誰とも添い遂げることなく、、、。」

私を見る父の目が涙目だ。


ああ、父はやっぱり私に愛し合う相手との幸せな結婚を望んでいたのだな、と思う。父と亡くなった母のような。


「私の意中の相手から触れるのは燃えないんですよ。だから大丈夫です。」

「でも、呪いのかかったお前を愛する男なんて。」

「呪いを気にするような殿方には、私も用はありません。それに旦那様も呪いを解く方法を探してくれています。」


「だんなさま?」

「旦那様。」

「セレスの口からそんな言葉が聞けるとは、、、。」

兄がぽつりとつぶやく。


「そんな風にお前に呼ばれるのが、お前に呪いをかけた男だなんてな。呪いを解く努力は当然すべきだ。それとは別でお前とは離婚してもらう、いいね。」


父が今度は怒りだしてしまった。父は一旦怒って走り出すと中々言うことを聞いてくれなくなるので、私は焦った。

私は今、アーノルドとの結婚に不満はないのだ。むしろ、この結婚が続く限り仕事を続けられるので歓迎している。


「待ってください、お父様。私は離婚を望んでいないのです。」

まだ怒りきってない内に父をなだめなければ。


「望んでない?なぜだ?」


「呪いは驚きましたが、子爵邸はまだ日も浅いのに過ごしやすいし、職場にも近いです。旦那様は私の仕事への理解はあって、優しくしてくださいます。ご自分の魔法塔の仕事にも真面目な方で尊敬できる部分もあります。変な方ですがその分気を使いませんし、少しですが、可愛げもあります。離婚はもうしばらく一緒にいてからでも良いかと。」


私は慌てながら一気にそう伝えた。


今、離婚になるのは望んでいないので、父を止めようと必死だったが、全て正直な私の気持ちでもあった。


伝え終わると、父と兄はちょっと変な顔をしていた。

呆気にとられている、というか、でも何故か少し嬉しそうで恥ずかしそうというか、そんな顔だ。


「お父様? お兄様?」


「あー、そうか。」

兄が、そうかそうか、と1人で頷く。


父は冷静さを取り戻していた。

「ふむ、それなら、お前さえ機嫌良く過ごしているならすぐに離婚を考えなくてもいいだろう。」


「ありがとうございます。」


「呪いについては、出来るだけ早く解決してもらいなさい。」

「はい。」

私はほっとして、退出し帰路についた。




***


セレスティーヌが出ていき、部屋にはトトウ侯爵とフランシスが残された。


「セレスが若い男に対してあんな風に褒めるのを初めて聞いたのだが、、、お前はどうだ?」

セレスティーヌが遠ざかったのを確認してから、トトウ侯爵はフランシスに聞いた。


「私もですね、゛悪い方ではないです゛くらいしか聞いた事ないです。おまけに、可愛げがある、と言ってましたね。」

フランシスは信じられない、という表情で言った。


「そういうのがタイプだったのか、、、。まだ好きではないようだがどう思う?」

「恋愛には保守的でしょうから、ゆっくり好きになるんじゃないですか?」


「、、、、、好きになるのかあ。」

「父上、そこで落ち込まないでください。」


父と兄は嬉しいような、寂しいような、そして少し心配でもあり、と忙しい気持ちでしばらく過ごした。




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