11話 つまり遠心分離機です。
結婚2日目、朝食の席でアーノルドがこう言った。
「ねえ、薔薇。今日、魔法塔に一緒に来ない?」
「なぜですか?」
「妻として夫の職場に挨拶しない?」
「必要ないかと思いますが。」
「そうだよねえ。」
「どうかしましたか?」
「あー、長官がね、君に挨拶したいって。うちに来る勢いだったからそれはめんどくさいなって。」
「それはめんどくさいですね。本日、伺いましょう。」
「、、、、薔薇ってさ、潔いよね。」
「そうでしょうか。」
「うん。前にトトウ侯爵にいきなり挨拶した時もそうだったけど、思い切りがいいというか、いなせというか。」
「切り替えは早い方です。」
「うん。魔法塔に来るなら前に言ってた、回転して成分を分離させる魔道具も見せれるよ。」
「それを先に言ってください。ぜひ、参りましょう。」
朝食後、私達は連れだって魔法塔へ向かった。
私は髪をまとめると、いつもの普段着に帽子をかぶる。
「いつも帽子を?」
「ええ、私の金髪は目立つので仕事の行き帰りはこうしています。」
魔法塔へ着くと、魔法使い達は興味津々で私達を迎えた。
ここに足を踏み入れるのは初めてだが、雰囲気は薬師塔と似ている。働いている人々の様子も似ている気がする。
なんと言うか、俗世的ではないと言うか、自分の殻にこもっている感じというか、夜会で出会う貴族達とは明らかに違う人種だ。
魔法塔も明らかに政治力なんて無さそうなのに、薬師塔の10倍くらいの予算がついている。魔法や魔道具は目に見える効果が大きいからだろう。
何より薬師と違って、魔法使いは持って生まれた才能がなければ絶対になれないし、数も少ない。
その希少さに、金をかける気にもなるのだろう。
素直に羨ましい。
「初めまして、ノース夫人。魔法塔長官のダグラスといいます。お目にかかれて光栄です。」
アーノルドに紹介されたダグラスは、小太りの愛想のいい男だった。
「こちらこそ、夫がお世話になっております。ダグラス長官。」
「いやいや、とんでもない。しかし、本当に貴女を手に入れているとは、びっくりですな。最初に聞いた時はアーノルドの妄想かと思っていたんです。」
どうやら私達の結婚が信じられなくて、家にまで来ようとしていたようだ。
「魔法塔には訪れた事がありませんでしたし、ちょうどいい機会でしたのでお邪魔いたしました。皆さん、お忙しいのにすいません。夫に一通り案内してもらった後はすぐに失礼しますのでお気になさらないでください。」
結婚についていろいろ聞かれるのは嫌だったので、結婚については一切触れずにそう言ってすっとアーノルドの腕をとった。
アーノルドがふにゃりとしたのが見なくても分かる。
ダグラス長官は、ちょっとドギマギしている。
「では長官、俺は妻を案内してから仕事に戻ります。」
アーノルドがそう言って、私達は長官の部屋を辞した。
長官への挨拶が一瞬で済んで良かった。
アーノルドは簡単に塔の中を案内してくれた後、自分用の開発室へと私を連れていった。そこに゛高速で回転して成分を分離する魔道具゛があるらしい。
アーノルドの開発室にはごちゃごちゃといろんな物が積まれていて、いろんな所が崩れそうだった。
天井には時折キラリと光るオブジェのようなものが吊るされている。どこからか、カタカタと音もする。
雰囲気は叔父の部屋と似ているな、と私は思った。
「あの奥のテーブルの上だよ。」
アーノルドが示した奥には、巨大な壺のような、小さな塔のような魔道具が置いてあった。
「本当にあったんですね。」
「疑ってたの?」
「少しだけですが。思っていたより大きいですね。」
「もう少し小さくするのが今の課題なんだ。」
「原理を聞いてもいいですか?あと、できたら実際に動かしてほしいのですが。」
「いいよ。」
アーノルドは薄赤い液体の入った硝子の瓶を持ってくると、魔道具の一番膨らんだ部分を開けて、セットした。
「この魔道具は二重の構造になってて、相反する性質の魔法がかけてある。反発する力で外側が回るんだ。」
アーノルドが魔道具の動力の源となる魔石をセットすると、ウヴンと、壺というか塔というかが回り出した。
おお!
「回転で、瓶には遠心力がかかって、より重たいものが外側に集まる。普通に置いていただけでは沈殿しないようなものも、これで分離できるよ。」
なるほど。
しばらくしてアーノルドが魔道具を止め、中の硝子瓶を取り出すと、瓶の下の方には濃く赤い液体が、その上には透明な液体がきちっと層になって分かれていた。
おお!
「これは、魔物の血を薄めたものだったんだけど、沈んでいるのが血の中にある微細な固形物で、上が液体部分だね。」
なるほど。
これを使って手始めに、薬師塔の主力製品である頭痛薬と滋養強壮薬の精度を上げれるか試してみたい、と私は思った。
効き目がよりシャープなものが作れるかもしれない。あ、逆にマイルドなものもありでは?特に頭痛薬には期待できる気がする。いくつかの薬草の抽出液で試してみなくては。
「薔薇?」
あとは、今まで加熱では壊れてしまうから断念していた薬草の成分の抽出ができるか検討してみないと、早速リストを作って洗い出してみよう。あっ、待って、この魔道具と蒸留を組み合わせて使ってみたらどうなるだろう。これで分けてみてからの蒸留、、、、ありだわね。ありだわ。そうなってくると組み合わせのパターンも多くなるし、まずは叔父に相談してみよう。
そもそもこ
「薔薇!ばーら!、おーい、薔薇ー。」
の魔道具、うちで使わせてもらえるかの確認をしないと、
「セレスティーヌ!ねえ、セレス!」
はっ。
「ごめんなさい、色々と考え込んでしまいました。」
「気に入った?」
「はい。夢が広がりますね。」
「良かった。まだ試作なんだ。完成したら薬師塔で使えるようにするよ。」
「いいんですか?」
「いいよ。俺の私物だし。」
「私物、、、、これは1人で作ったんですか?」
新しい魔道具の開発は通常、何人もの魔法使いが班になって行うはずだ。
「うん。内側と外側にかける魔法のバランスが難しかった。失敗すると上に飛んでいったりするからそれも大変だったなあ。」
悔しいが、じんわりと夫の凄さを実感してしまう。
「そうですか。」
「あれ?」
「何ですか?」
「褒めてくれない。」
「すごいですね。」
「へへへ。」
アーノルドが子供のように嬉しそうに笑うので、もう少しちゃんと褒めてあげても良かったかな、と思う。
「何かお礼をしたいのですが。」
「ええっ!?何でもしてくれるの?」
「そんな事は言ってません。」
「そこは、そう言う所だよ。」
「何かして欲しいんですか?」
「ええっ?!何でも?」
「要望によります。」
「じゃあ、考えておく。」
そう言って微笑んだアーノルドの顔は少し色気があって私は不覚にもドキッとしたが、もちろん表には出さなかった。