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10話 可愛いと思えば思えなくもない


翌日、マリーともう1人のベテランらしい侍女が私を起こしにきてくれた。


「おはようございます。奥様。」

「おはよう。」

「私は侍女長をしておりますサマスと申します。昨日はご挨拶できずに申し訳ありません。」

「いいえ、私が閉じ籠ってしまったのが悪かったわ。」

私は昨日の自分の醜態を思い出して恥ずかしくなる。


「バートンから全て聞いております。旦那様が全て悪いんです。お可哀想に呪いだなんて、しかもあんな変な。」

「大丈夫よ。夜道ではひょっとしたら便利かもしれないし。」

私がそう言うとマリーがぷっと笑った。

「お強い奥様で何よりです。」

サマスはほっとしたようにそう言うと、朝の仕度をマリーと手伝ってくれた。



「ええっ、薔薇は今日休みなの?」

朝食の席、アーノルドとは気まずいだろうかと思ったのだが、全然そんな事はなく完全に元通りのアーノルドがいた。


「はい。さすがに結婚後は休みを取らないと体裁も悪いので、明日と明後日も休みです。」

「ウソだあぁ、薔薇は絶対普通に働くと思ってたから俺は休みじゃないのに。」


「慣れない家ですし、女主人として屋敷を把握する必要もあります。旦那様は生家の領地管理の仕事はされてるのですか?」

私はさらりとアーノルドを“旦那様”と呼んだ。びくりとアーノルドの肩が跳ね上がる。


「待って、今の!もう一回言って!」

「領地管理の仕事はされてるのですか?」


「そこじゃない、その前。」

「、、、、、女主人として屋敷を把握。」

アーノルドが求めているのは“旦那様”だという事は分かっていたがわざとはぐらかすと不貞腐れてしまった。


「ふん、もういい。」

「旦那様。」

「、、、、、はい。」

ふにゃりとなって返事をするアーノルドに私はため息をつく。


「それで、領地管理の仕事をされてるのであれば、休みの内にどういった事をされているのか把握だけでもしておきたいです。」

「伯爵領のことは今は父が取り仕切っているから俺は何もしてない。」

「分かりました。」


「ああー、薔薇が休みなのに仕事なんて、嫌だ。嫌だあ。俺、明日は休むから!」

「私はどちらでも構いません。そういえば、この屋敷は王宮にすごく近いですよね?通勤ってどうしてますか?」

「俺は歩いてるよ。10分くらいで着く。」

「分かりました。では私も明明後日からは歩きます。」

私がそう言うとアーノルドはすごく嬉しそうな顔をした。きっと明明後日から一緒に歩いて通勤することを想像しているのだろう。


、、、、、。


一緒に通勤、と思って私は大変なことに思いあたった。

思わず頭を抱える。


「どうしたの?」


「すっかり失念していました。次の夜会は貴方と出なければいけませんね。」


「あー、そうだね。」


「どうするんですか?燃えちゃうからエスコートもダンスもできないじゃないですか?」

「うーん。難しいかな。熱さはともかく、かなり異様な光景になるかと。俺とダンスを踊りたかった?」

「いいえ、踊りたくはなくても、踊らないのは不自然でしょう。」


「踊りたくない、は傷つくなあ。」

「はあ、私に好きな人がいれば良かったのに、、、。」

そうすれば、キスするだけで良かったのに。


「いないの?」

「いるわけないでしょう?殿方には目もくれずに生きてきたんです。」


「そっか。、、、そっかあ。」


「はあ、まずは夜会ですね。」

「呪いについて説明するしかないんじゃないかな。俺が薔薇に変な噂が立たないように説明するよ。」

「それは、すごく不安ですが、そうですね。そうするしかないですね。」

その様子を想像すると胃がきゅうっとなるくらい嫌だが、夜会に出ない訳には行かないし、結婚早々1人で出る訳にもいかないし、エスコートもダンスもなしなのに理由を言わない訳にはいかない。

朝食はあまり喉を通らなかった。



朝食を終え、渋るアーノルドを送り出すと、私はまずサマスに付いて屋敷を回った。こじんまりとさっぱりとした屋敷で、手入れも行き届いている。


図書室には魔法に関する本がびっしりあって、今まであまり読んでこなかったものばかりで面白そうだ。

隅っこには、薬草や毒物についての本も少し揃えられている。それらは新しいもののようだ。

手に取ると、サマスが言った。


「そちらの棚は、奥様用にと旦那様が用意させました。おそらくそれらの専門書に関しては奥様のこだわりがあるだろうから、と揃えたのは最低限のものになりますが。」

「そうですか。後でお礼を言わなくてはいけませんね。」

「喜ばれると思います。」


庭園も必要最低限の庭、という感じで、手入れのしやすさに重点を置かれたものだ。

ハーブ類くらいなら育ててもいいかな、と思う。



「セレス様、もしかして昨晩、アーノルドとお話しされました?今朝、アーノルドは完全に立ち直ってましたけど。」

庭から屋敷に戻った所で、私と一緒にサマスに付いて回っているマリーが聞いてきた。

マリーは昨日、アーノルドが私に呪いをかけてから、屋敷の主人を呼び捨てにする事にしたらしい。


「ええ、少しだけ、、、」

私の答えに前を行くサマスの肩に力が入る。


「でも、扉越しによ。昨日は私も取り乱してしまったし、その点は悪かったから。」

呪いの確認とはいえ、夜中に手を取り合った事が恥ずかしくなって少し嘘をつく。


「何だ、扉越しでしたか。」

マリーはつまらなさそうだ。サマスの肩からも力が抜ける。


マリーはともかく、ノース家の使用人であるサマスとしては結婚の経緯はどうであれ、私とアーノルドが上手くいって欲しいとは思っているのだろう。


そういえば、昨夜は初夜だったのに私が閉じ籠ったから身支度さえしなかった。まあ、閉じ籠ってなくても、もちろん拒否はしただろうけど。

そんな事を考えていると、サマスが振り向いて私の手をぎゅっと握ってきた。


「え?サマス?」

「奥様、確かに坊っちゃまはとても魔法使いらしい方で、変な部分はありますが、優しい部分もあります。憎めない部分もあります。そして坊っちゃまは、何より奥様の事は本当にお好きなんだと思います。結婚までのご準備を見ていれば分かります。どうか見捨てないでいただきたいんです。」


サマスは真剣だ。

昨日の事もあったし早々に私が愛想を尽かして出ていくのを心配しているのだろう。


「私の部屋も、もしかして旦那様が準備したの?」

「そうです。奥様の趣味に合うようにと細かく指示されました。」

直接何も聞かれていないのに、部屋が私好みの色や家具だったのは少し怖い気もするが、深く考えないことにする。


私はサマスに微笑むと優しく言った。

「大丈夫よ。サマス。今のところ出ていくつもりはないわ。私はまだ全然旦那様の事を知らないし、まずはこの結婚生活に慣れようと思っているの。」

「良かった。お強い上に、お心も広くていらっしゃる。」

サマスは安堵のため息をついて、私の手を離した。


「私の方こそサマスに追い出されないか心配だわ。私はあまり屋敷の女主人としては役に立たないと思うの。仕事で屋敷にいない事の方が多いのよ。」


「お聞きしております。今現在も、屋敷の事は私とバートンで問題なく運用しておりますので大丈夫です。」

「ありがとう。帳簿類はできるだけ目を通すようにするわね。このマリーも手助けできると思うから遠慮なく使ってね。とても細かくて間違いがない子だから。」

私の言葉にマリーがびしっと姿勢を正す。


「分かりました。でも奥様はまずこちらでの生活に慣れる事に専念してくださいませ。」

サマスは微笑んでそう言った。



「ところで、サマスは旦那様の小さい頃から仕えているの?さっき坊っちゃまと言ってたわね。」

屋敷の案内に戻り、私はサマスに聞いてみた。


「私が16才でノース伯爵家にお仕えしだした時、旦那様はまだ8才でした。旦那様が13才で首都に出てきた時もご一緒させていただき、17年お仕えしています。」

「旦那様は13才でこちらに出てきたの?」

「はい。魔法の才能に目をかけられた前の宰相様によってこちらに。このお屋敷を賜るまでは前宰相様のお屋敷にご厄介になっておりました。」


なるほど、それで王太子殿下と親しいんだと納得する。

前宰相の屋敷に居候していた才能に溢れた若き魔法使い。もちろんゆくゆくは王室の助けとなるよう、年の近い王子に引き合わされただろう。


「旦那様はフィッツロイ王太子殿下と親しいのかしら?」

「はい。ご友人でいらっしゃいます。」

サマスは誇らしげにそう言った。


なんだかんだで、サマスはアーノルドの事をしっかり可愛がっているようだ。

このサマスの、゛坊っちゃま゛への態度が侍女達にも伝染してアーノルドはああいう扱いなのだろうな、と私は思った。



その日は半日かけて屋敷の事をサマスから教わり、午後は昨日全くほどけなかった荷物をほどいて整理した。


アーノルドからは夕飯に間に合わない旨の知らせが届いたので、1人で夕飯をとる。

今朝の感じだと、てっきり仕事を放り出して夕方早くに帰ってくるのかと思っていたのだが、仕事には真面目に取り組んでいるようだ。少し夫を見直す。


1人で夕飯を食べながら私は、゛私に触れて燃える人はどこまでなのか゛について考えてみた。私への好意があれば燃えるようだが、好意には友情や親愛や尊敬も含まれるのだろうか。

これは、検証してみる必要がある。


まず、アーノルド。きれいに燃えている。これは私に真剣に想いを寄せてるらしいのでそのせいなのだろう。


手近な所ではバートンはどうだろう?明日にでも試してみようか?

でも、来たばかりの女主人に対してまだ思い入れはないかもしれない。

燃えなかったとして、バートンの尊敬を私が勝ち得ていないのか、尊敬の念では燃えないのかが分からない。


まずは、休み明けに叔父様で試してみよう。と私は思った。

その後は薬師塔の親しい同僚にもお願いしよう。

あと、父上と兄上でも試してみなくては。


燃える範囲が分かれば、心構えもできるし、前もって伝える事もできる。

この呪いはすごく変ではあるけれど、あんまり害はないような気もしてきた。


後は解呪方法だ、、、、。

解呪方法が、好きな人とのキスというのは本当に嫌だ。何だかすごく恥ずかしい。

これは絶対に誰にも知られたくないな、と思う。

絶対に、、、。



その夜、アーノルドの帰宅は遅かった。私は遅くまでアーノルドを待ち、玄関ホールで夫を出迎えた。

「お帰りなさいませ、旦那様。」

「どうしたの?こんな遅くまで待ってたの?俺を?」

嬉しそうというよりも、面食らった様子でアーノルドが言う。


「お待ちしていました。どうしても早めにお願いしておきたいことがあって。」

「何?離婚には応じない。」

アーノルドが身構える。

「違います。」

「別居も応じない。」

何だか、追い詰められて毛を逆立てる猫のように見える。


「違います。私にかけた呪いの解呪方法のことです。」


「なんだ、なに?」

「解呪方法は絶対に誰にも言わないで欲しいんです。バートンとマリーにはもう口止めしておきました。」

私がそう言うと、アーノルドはにっこりした。

「もちろん誰にも言わないよ。俺達がいつ初めてキスしたのか分かっちゃうもんね。」


「、、、貴方を好きになるかは分かりません。」

゛好きになることはありません゛と言おうとしたけど、それは可哀想な気がして、゛分かりません゛にしておく。


「俺にしとくのが一番楽だよ。」

「恋とは、そういうものではありません。」

私の言葉にアーノルドの目つきが変わる。


「俺の薔薇は、恋をしたことがあるの?」

「一般論です。」

「そう?別に、薔薇も大人なんだし、恋の1つくらいあっても俺は気にしないよ。」

そう言う割には、目つきが鋭いままだ。


「一般論です。それでは私はもう休ませていただきますね。」

「うん。あ、明日だけど、休むって言ってたのにちょっと無理だった。ごめんね。楽しみにしてた?」

「してません。構いません。」

「朝食は一緒に?」

「はい。ご一緒させていただきます。」

アーノルドはふにゃりと笑った。


私の夫は、仕事はやはり真面目にやっているようだし、悪い人ではないようだ。可愛いと思えば、思えなくもない。





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