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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犬系男装少女と滅茶苦茶な日々

ひねくれ少年が犬系男装少女への恋を自覚する話

作者: 走不 歩

 

 思えば僕は可愛くない子供だった。


 医者の子供ってことで幼い頃から勉強する環境は整っていた。

 そして僕自身も勉強を苦痛に感じるタイプの子供では無かったし、むしろ同年代の子供と同じように外で駆け回るのは億劫に感じてた。


 でもそれは周りが求める子供の姿にそぐわないと気付いていたから、たまに混じっては周りに合わせていた。

 さも、楽しんでますよと言う風に笑ってた。


 それでもたまに僕の本性を見透かした誰かが「あいつ嫌い。きっと私達を見下しているに違いないわ」なんて言ってたっけ。

 うん、見下してたよ。気づかない馬鹿のことはもっと見下してた。


 世の中、馬鹿ばっかだし、碌な奴もいない。


 まあでも、高官にでもなって国の中枢に入り込んで、そんな連中を思いきり振り回してやれば、暇つぶし程度になるかもしれない。

 そんな風に思ってたんだ。



 最初そいつ見た時の感想はチビ。


 役人育成学校のレベル別のクラス分けが貼られている掲示板の前で見つけた。

 人混みの中、ぴょんぴょんと跳ねて自分の名前を必死に見ようとしていたそいつに、僕は何となくで声をかけたのだ。


「君、見えないの?」

「ん? うん、そうなんだ!」


 真っすぐ茶色の瞳でこちらを見つめてくる様子には邪気や闘争心といったものが一切無かった。


 人の評価で中身や見た目うんぬんと言う話があるが、中身至上主義の奴がたまに見落としていることがあるのが、見た目にも中身が現れると言うこと。

 顔つき、表情、仕草、身だしなみからでも、全ては無理だが多少の中身は推測できる。


 顔つきは実年齢であろう14歳より幼いし、表情は柔らかで単純。ところどころ跳ねている明るい栗色の髪や傾げている首から妙に間の抜けた印象を受ける。

 おまけに話しかけて来た見知らぬ人物にあっさりとどうすればいいかなんて聞き始める。


 この役人育成学校に来る大半が、エリート思考で闘争心が強くてプライドが高い奴なのにと珍しく思う。


 けれど全体的に気の抜けた雰囲気を持っているのに、白い右頬にある大きな傷痕だけが妙に不釣り合いで、不穏さを醸し出していた。


 それを見て、もしかしてこのチビにも苛烈で真っ黒な部分があるかも知れないと考える。

 そして、そんな部分があるのなら、醜い弱点のようなものがあるのなら、どうしようもない本性があるのなら、引き摺り出して見たいと思った。


 僕自身がひねくれた糞みたいな奴だからさ、他人の汚い部分を見て嘲笑いたくなってしまうのだ。


「君がチビだから見えないんなら、名前教えてくれない? 君と違って背が高いと見えると思うんだ」


 ちょっと揶揄ってやったつもりなんだ。大体背の低い奴ってそれをいじられるとキレるから。


「そうなんだよ、オレってば牛乳飲んでんのに背が全然伸びないんだよ。お前は背が高くてメガネもしててかっけーな。オレはル……ルイって言うんだ!」


 予想に反してニコニコと機嫌が良さそうに返してくるそいつの名前には覚えがあった。同じクラスだったのと、唯一ファミリーネームが無かったからだ。


「君、僕と同じで一番上のクラスだと思うよ」

「一緒のクラスの人だったのか! へへ、これからよろしく!」

「ああ……よろしく」


 正直、驚いた。

 あんまり頭が良さそうに見えない癖に、こいつ僕と同じ一番上のクラスなんだ。

 ……それにこっちは怒りの反応を期待してたのに、こうも無邪気に手を差し出されると収まりが悪い。


 そんなことを思いながら、手を握り返せば、それは小さくて暖かった。

 まだ成長期が来てないのか、柔らかすぎて潰してしまわないか不安になる程だった。


「あ、名前なんて言うの!」

「……ザビン・グリズルド」

「ザビンって呼んでいい?」


 茶色の瞳には曇りが一切ない。


「いいよ、僕も君のことルイって呼んでいい?」

「もちろん!」


 尻尾がついてたら、きっとブンブンと振られているに違いない。

 チビのほかに、駄犬という印象に増えた。さて、クラスも分かったし教室に行くかとおもったが、駄犬が移動しようとしないのを見て不審に思う。


「クラス分かったけど移動しないの?」

「ザビンが優しいから教えてもらえたけど、自分の目で確認することが大切だって昔兄貴が言ってたから、自分でも確認したいの!」


 そうやってどうにか前の方にいけないか背伸びして伺ったり、飛び跳ねて掲示板を見ようとする姿を見て、どうしてか放っておけなかった。


「ちょっといい?」

「え、わぁ!」


 返事を聞く前に抱き上げて、チビでも掲示板が見える高さにしてやる。


 別に親切心とかではない。非効率的でイライラしたのだ。


 その小さな体じゃ、一番前にでも行かないと飛び跳ねたって見えないのは分かりきっている。前に行くにしてもその前に押し潰されるに決まっている。かといって人が引くまでは時間がかかるだろう。

 だから自分の目で見ることは諦めた方が良い。

 そんな分かりきったことを受け入れない馬鹿が同じクラスになったのが納得いかなかった。


 だから抱き上げたのだが、その際にある特徴に気づき硬直する。


「あ、見える! ありがとうザビン〜! お前めっちゃ良い奴だなー」

「あ、うん……」

「もう見えたから下ろして大丈夫ー。重くて大変でしょ?」


 無邪気に僕の肩に手を置いて、そう首を傾げる姿に僕は戸惑いながらも、下ろす。


「いや別に重くないってか、めちゃくちゃ軽い……というか君さ」

「うん、なぁに?」


 動揺でもするかと思って試しに、言葉を途中で切って言い淀んで見るが、向こうにボロは出さないどころか、キョトンとした顔でいる。相変わらず間抜けな雰囲気と頬の傷は合ってない。


「いや、やっぱなんでもない。多分気のせい……」


 そう気のせいだ。

 多分、こいつが成長の遅いチビだからそう感じるだけで、腰が細いというか、僅かにくびれがあるとかは気のせいで、別に性別は関係ない筈だ。

 いくら僕が医者の息子で人体に詳しい方ではあるとは言え、あんな接触だけで判断するのは早計で、勘違いに違いない。


 でないと辻褄が合わない。


 男しか通わない学校に女子がいて、その癖簡単に接触を許し、かつバレているかもしれないのに全く動揺せずにヘラヘラしてるなんて、そんな馬鹿みたいなことがある訳ない。



 ***



 が、一週間も経たずに、そんな馬鹿みたいなことでも、こいつならあると確信するようになった。


「ルイは兄弟とかいるの?」

「うん、いるよ! おと、妹が!」

「へえ、弟がいるんだ。名前はなんて言うの?」


 弟と妹で間違えたなこいつ。

 多分本当にいるのは弟なんだろうとアタリをつけ、わざと僕も間違える。


「ルイだよ! あ、違う! 妹がいてルウって言うんだ! ルイはオレの名前!」

「うんうん、君はルイで、妹の名前がルウって言うんだね」


 成程、弟の名前を借りていて、本当の名前はルウっていうのか。だから最初名乗る時も一瞬言い淀んだのか。


「そうそれ! 双子なんだー、オレら」


 そうそれじゃない。設定を忘れるな。


 こんなんでよく潜入しようと思ったな。ボロ出まくりじゃないか。

 そして双子の弟のふりしているのなら、兄妹は妹じゃなくて、姉がいる設定じゃないとおかしいだろ。


 隠す気は無いのかと言いたいが、多分こいつ隠す気はあるけど、気を抜くと色々と忘れるんだろうな……残念な頭をしているもんだ。

 それでも一人称は崩れないのを見ると、素で「オレ」って言っているのだろう。どんな風に育てられれば、こんな無茶苦茶な状態になる?


 そんな風に僕は隣にいるチビの正体を知っている訳だが、別に誰かに報告しようとは思わなかった。だって面白いから。


 醜い本性なんてものはない人間だったが、そんなものがある人間より、このチビは面白い奴だった。

 性別を偽っているというのはその面白さの一つだが、それよりも面白いのは馬鹿と天才は紙一重なんて世では言うが、こいつが馬鹿で天才であることだった。


 対人やコミュニケーション面では非常に馬鹿だが、勉強や数字の関係する作業では人の変わったかのような天才っぷりを披露する。


 同じ内容のものも喋らせれば馬鹿だが、文字で書かせれば急にまともなものになる。

 一度試しに勉強面で質問したら、言葉では「ガーってやって、ぽんってやって、ていってなってる!」とか言ってたくせに、紙に書いたのなら分かるかもーって後で渡されたものが簡潔で唖然とした。普通に参考になって謎の敗北感を感じたくらいだ。


 それが出来るなら、喋る時にもまともに出来るだろと思ったが、こいつに理屈を求めてはいけない。

 何度か本気で馬鹿のふりをしているのではと疑いもしたが、それにしてはリスク管理がなってない。

 だから僕はこのチビは勉強の類のみ知能が一気に上がるイキモノだと認識した。


 こんなびっくり箱を擬人化したような奴がいたら、僕の学園生活はきっと面白いものになるだろうと思って、こうやって何も言わずに放置している。

 最初に声かけたせいか、凄い僕に懐いているし、しばらくこうやって僕の周りで面白さを提供してくれることに違いない。


 だからさ、


「よう貧乏人!」


 君らは目障りなんだよ。

 放課後にぞろぞろと集団で来た馬鹿どもを、僕は一瞥する。


 チビは天才だ。だからこの学校にトップで入学した。


 一見馬鹿にしか見えないこいつが、プライドたっかい連中の中でトップになったものだから目の敵にされているのだ。

 敗北を受け入れられない馬鹿どもが、真正面からではなく、他の方向から折ろうとしてくるのだ。


 普段の僕だったら、それもそれで悪意や敵意のぶつけ合いをして、醜い本性が見えて人間関係ぐちゃぐちゃになって面白いと観察するのだが、このチビに向けられたものに対しては違った。


「うん、なぁに!」


 何故なら、チビが悪意を認識出来ずにいるから。

 今も自分に対する蔑称にニコニコと元気に返事をしてみせる。抵抗、反抗どころか友好的に振る舞う。


 少し前に貧乏人と言われていることについて聞いたが、「うん、オレビンボー!」って返してきた。


「お前みたいな貧乏人にでもボクは親切だから施しをくれてやるよ。これを今から投げるから、取れたらくれてやるよ」


 そうやってお山の猿が、ルイの前で何か入った紙袋を振って見せる。


「何かくれるの?」

「ああ、パンが入ってるな。取って来れたらくれてやるな」


 奴はニヤつきながら窓の外にそれを投げる。多分、そうやってチビのこと蔑んで馬鹿にして、泣かせる気だったんだろう。


 だけど、チビは本当に馬鹿なんだ。

 止める間もなく、チビが窓枠に足をかけて飛び出す。


「あ! ここ2階だったー!」


 本人が呑気に口にするように2階の教室なのにも関わらず飛び出したチビに、連中は目を見張るし、僕も度肝を抜かれた。

 投げられたものを取りに、窓から飛び出すなんて想定出来る筈がない。


 急いで窓の方に駆け寄って下を見ると、不幸中の幸いかチビはぴんぴんしていた。


 「取れたよー!」なんて紙袋を持った手をブンブンと振って、こちらにアピールをする姿に安堵する。しかし、「今から戻るねー」と走り出すのは「取るだけで良いってさ、そこで待ってて」とやめさせた。


「何を勝手に――」

「程度が分からないの? 君らだって今のは想定外だったでしょ。だから手が震えてるんでしょう? それにも関わらず変なプライドで深追いすれば、後戻り出来ないことしでかすよ」


 そうやって噛みついてきた首謀者の金髪を、逆に胸ぐらを掴んで忠告する。青い瞳が動揺で揺らぐのが見える。


 多分、こいつらはルイに無自覚にプライドへし折られた分、少しだけあの子の曇り顔を引き出したいだけだろう。それかただ弱い者虐めして鬱憤を晴らしたいか。

 どちらにせよ出来心で、殺したいとかそういった憎悪からでは無い。だからこいつらはその出来心を大事にするつもりはないだろう。そんな覚悟はないだろう。


 ただのガキの虐め。

 でもガキの虐めだからタチが悪い。

 やっている方はいつも遊び半分だけど、やられている方はいつだって本気だし、悲惨な結果が待っていることだってある。


 その類のものはエスカレートしてやられている方がヤバそうだったら、流石に見ていて不愉快だから証拠抑えて合法的な方法で叩き潰す。そうやって、いじめっ子達が落ちぶれる姿を嘲笑うのが僕の趣味だ。


 だけど今回のは、いじめられている方の本気の仕方が違う。

 悪意だと、敵意だと、認識出来ずにいる。本気で友好的な反応をしている。


 それに対して、いじめっ子の方が手応えを感じられずにパニックに陥って、エスカレートしそうになっている。

 そしてそのエスカレートしたものに対して、その友好さ故に、もっと危ない方法で反応する。


 正直、この場合、僕もどうすればいいか分からない。


「そんなの」

「あの子に何をしても、君らが思ったように反応してくれないよ。思い通りにいかなくて振り回される君らが滑稽なのは良いんだけど、あの子、下手したら死ぬよ。流石に殺す気はないんでしょう? だったら関わるな。あの子に近づくな」


 それだけ言い捨てて突き放す。あとは無視して教室を出て行く。階段を駆け降りて外に出れば「ザビン! パン貰ったよ!」なんて笑うチビがいる。


 そんなチビに「足とか怪我してない? 変なとことか痛いとこ無い?」と声をかけつつしゃがみ込んで足元を確認する。


「大丈夫! オレ高いところから落ちるの得意なんだ〜!」


 チビは僕がしゃがみ込んだのを見て、自分もしゃがみ出す。呑気な様子にため息をつかざる得ない。


「怪我するから、今度は階段使おうね」

「うん、そうする!」


 取りに行くなと言っても、おそらくすぐに忘れて言うことをきかないだろうから、取りに行くときは安全な道を使うことを推奨する。


「食べていーい?」

「良いとおもっ……ちょっと待ってルイ、それ食べたらお腹壊しちゃうよ」


 多分あいつらは窓から投げているくらいだし、鼻からチビに食べ物を食べさせる気はなかったのだろう。紙袋から出て来たのはカビたパンだった。わざわざそんなもん準備するなんて手が混んでんな。


「壊さないよ、こんなの誤差だよ! カビたうちに入らない。それにオレスッゲー丈夫だから、すっごい腐ってんのも昔食べたこともあるけど全然いけた!」


 けど、あいつらの想定を超えてチビはそれを食べようとしている。カビたうちに入らないって、目に見えるカビが何個もあるっての。

 でも腐ったものを昔食べて平気だったのなら、頑丈な消化器官をしているのかもしれない……いや、やっぱ駄目だろ。というかなんでそんな経験があるんだ。


「でも無理しない方が良いよ」

「無理なんてしてないよ。だって折角今日はお昼ご飯食べられるんだよ。すっげー嬉しい!」

「ん? ルイ、お昼ご飯食べてないの」


 今はもう放課後だ。僕は一人で静かに食べるのが好きだから、昼はこのチビと一緒じゃない。でも他の連中みたいに学食や、やってくるパン屋のパンを食べていると思っていた。


「オレ、ビンボーだから。学費は勉強で免除だけど、寮費だけで手一杯だから、寮のご飯以外食べてないよ」

「………………今度から僕のお昼分けてあげようか?」


 衝撃的な事実に僕は自分の主義を曲げるのを躊躇しつつも、医者の息子として流石に年頃の女の子の食事抜き放置はいけないとそう申し出る。

 貧乏人って本人抵抗なく受け入れていると思ったら、昼ご飯食べれない程の本気の貧乏だった。


「それだとザビンがお腹空いちゃうじゃん」

「いや別に」

「ザビンのお昼は全部ザビンが食べるものなの!」


 珍しくムッとした顔をしながらそう言ってくる。言ってくるが、納得いかない。

 一番食べてない奴がいうことではないし、それなら何故今はカビてるとはいえ貰ったパンを食べている。というかいつの間に食べ始めた?


「それはいいの?」

「うん、だって余り物って言ってた! あと条件提示してそれの報酬だった。ニールだっけか、あの子滅茶苦茶親切!」


 目眩がした。

 こいつ犬か? いじめっ子でも餌くれるからって懐きやがった。



 ***



 また別の日、


「どうしたらそうなるの?」


 あまりにも衝撃的な姿に僕はそうこぼさずにいられない。


 それもその筈、チビは全身水が滴るくらいびしょ濡れで、しかもその水は茶色に濁っていたからだ。頭には濡れた葉っぱも絡まっている。ここ学校内の廊下だぞ。


「転んで、裏の池に落ちた!」

「そうなんだ……」


 何故か勢いよく挙手しながらそう報告してくるチビに唖然とする。


 ……普通に過ごしていて、裏の池に落ちることなんてまずないだろう。

 けど、このチビならうっかり池に落ちたっておかしくない。そういう奴だ。


「なんかに引っかかったって思ったけど、なんも無くてさ。スッゲーおかしかったみたいで、みんな笑ってた!」


 と思ったら、追加情報で一気に印象が変わる。


 笑ってたね……多分嗤ってたんだろう。

 誰かしら足を引っ掛けて池に落ちた姿を見て嗤ったんだろう。下らないし、気に食わない。


 双方敵意をぶつけ合ってバチバチしているのは側から見ていて面白いが、一方的なのは気分が悪い。


 でもさ、本人は気づいてないから。気づかないでいつもみたいに笑ってるから、わざわざ悪意を伝える必要はないかとグッと飲み込む。


「そう、泥だらけだと気持ち悪いだろうし、寮に戻って着替えてきなよ。先生にも僕が説明しておくからさ」


 真っ白なシャツは茶色に染まっているし、ズボンからも水が滴っている。何より分かりにくいとはいえど、体のラインが出ている。

 女性特有の特徴はさほど無くても、華奢なのは分かる。というか性別抜きにしても細いし、小さいな。栄養不足気味だ。


「うーん、そっか。そうだよな。あ、でも着替えるものないや」

「は?」

「オレ、服二着しか持ってなくてさ。今もう一個も洗濯中だから着る物がないや。だから、今日このままでいる!」


 危機感死んでんのか。

 僕以外に君のこと知られたら、学校辞めさせられる可能性だってあるのを分かっているのか。

 男装してまで入り込んだ訳なんだから、結構強固な目標があるんだろうに、何故そんな呑気で居られる。


 というか池の水に濡れたままで授業を受けようとすんな。気持ち悪くないのか、あと風邪引くぞ。


 服二着しか無くて、それで今一つ使い物にならなくて、色々まずい状況に陥っているのに、何故そんなあっさりしていられる。危機感どころか不満も無いのか? 自分を不幸だと思わないのか?


「それはダメ。僕も着いていって服貸すから、それを着なよ」

「え、でもザビン困っちゃわない?」


 僕の心配をするより、自分の心配をしろ。

 が、それを口にしたところでこのチビにはきっと通じない。無駄な問答は必要ない。

 

「僕は君と比べてたくさん服持ってるし、いつかの問題教えてくれたのお返しだと思ってよ」

「そう? ありがとうザビン〜、めっちゃ優しいなー」


 多分一方的に貸すだけだとチビは少し気にするだろうから、昔したことの報酬だと言っておく。


 寮に戻ると僕はチビに水場にいって服ごと体を洗うように行って、自分の服を取りに部屋に行く。

 黒いTシャツとワイシャツ、ズボンとベルトを適当に引っ掴んで、最後に大きなタオルを持っていく。


 水場に行けば泥の類は落ちたものの、濡れ鼠のようになったチビが待っていた。


 それをタオルで拭くように渡せば、体はともかく、頭が全然濡れたままだ。

 水滴どころか、普通に水が筋になって頬を伝っている。


 仕方なく僕が代わりに丁寧にやり直せば、「弟がやってくれるのと同じー」と言うので、「妹が?」と訂正しつつも聞き直す。

 そうすればチビは「そう姉さ、ちが兄さんのは拭き方が甘いから風邪ひいてしまいますって、風邪なんか引いたことオレは無いのにねー」とケラケラと笑う。


 成程、こんなイキモノがここに来るまでどうやって生きていたのかと疑問に思っていたが、弟はまともなのか。


「じゃあ、これ着替えね」

「うん、ありがとー!」


 そうやって元気に返事をして自分自身の部屋に行ったから、もう大丈夫かと安堵したが、まだ早かった。


「君……ズボンはどうしたの」


 着替え終わったと呼んだくせに、小さな体には大きすぎるワイシャツをワンピースのようの着て、生足を晒しているチビに僕はそう呻いた。


 違う、そんなつもりじゃなかったんだと、誰に対してか分からないが訂正したくなる。

 こうなるくらいなら、びちゃびちゃな服のまま居させた方がマシだったかもしれない。


「大きくて落ちちゃうから諦めた! ベルトも使ってみたけど、穴のあるところじゃゆるゆるになるや。でも上が長いから平気―!」

「そうなんだ……」


 うん、ベルトも試してみたのだから、こいつは悪くない。

 こいつと僕の体格差をしっかり把握してから、服を貸さなかった俺の落ち度だ。

 不幸中の幸いかワイシャツの中に黒いtシャツを着てくれているお陰で、透けたりはしてない。


「ザビンおっきいもんなー! 見て見て袖が余ってお化けみたいー!」


 そうやってくるくるその場で回って見せる姿はあまりにも無防備で、性別隠す気あんのかと突っ込みたくなるし、僕相手だから襲われないんだぞって言いたくなる。


 ……襲われはしないか、だってこれはあまりにも幼すぎる。


 そう幼すぎる。

 一瞬でも襲われたらとか考えた僕の方が変態なんじゃないかと、自己嫌悪さえも感じてきた。


 いやでも、世の中には年端のいかない子供に手を出すクズもいる訳だし、僕の警戒は間違ってないわけで、というかこいつと僕は同い年なわけで。


「ザビンありがとなー!」


 そんなことを考えている僕に、相変わらずチビは呑気に純粋な好意を向けてくる。呑気に笑いかけてくる。


「どういたしまして。でもズボン合わないみたいだから、今日は自分の部屋から出るの禁止ね」

「え⁉︎」



 その後、急いで実家に手紙を送って、僕がもう少し小さい頃の服を届けて貰った。


 もう二度とあんな自分だけ気まずい空間を作って貰ってたまるかと、そんな風に動いた訳だけど、チビは大層喜んではしゃぎ回った。


 毎日、自分の着ている服について、にこにこと周りに話している。


「貧乏人、最近随分と服のレパートリーが増えたみたいだが、盗みでもしたのか」

「盗んでないよ! ザビンがくれたの!」

「ほう、名医の息子は随分と貧乏人に入れ込んでいるみたいだな」


 黙れ猿。近づくなって言っただろうが。


 これも何もかも全部お前らみたいな連中のせいだ。お前らがこのチビに色々ちょっかいかけなければ、僕だって何もせずに傍観者でいられ……ないな。


 だって、多分このチビ、そんなの無くたって危なっかしい。

 気付けば何かやらかしているのに、本人は危機感全くなしに、呑気に笑ってる。例えるなら、血しぶきが舞う戦場で花を摘んでるくらいの、危機感の無さだ。


 性別に関しては本人すらも忘れていて、出会ってからのこの短い期間で何度フォローしたか。


 いや別にフォローなんてせずに放置していてもチビがいなくなるだけで、何も問題ないが。

 ……なんとなく、つまらないから、僕は暇潰しにしているだけで。


「そうザビンったらめっちゃオレに良くしてくれるんだ! オレ、ザビン好きだ!」


 だからそんなこと、無邪気な笑顔で言わないでくれ。どうすればいいか分からなくなる。



 ***



 チビは相変わらず馬鹿で天才だった。

 対人面でも天才性を発揮していった。その馬鹿さがある種の才能だったのだろう。チビは陥落していった。


 先生は勿論、先輩や寮の食堂のおばちゃん、寮監、同級生、果ては自分に敵意を向けてきたあいつらさえも(ほだ)して見せた。


 ある日、「今日もパン投げてくれたよー」と見せてきたのが、並ばないと買えない名店のもので非常に複雑な心境にさせられた。


 だから最近は、チビの周りに人がたくさんいる。


 チビが金髪に絡まれていた時にただの傍観者だった奴が「家にいる兄弟みたいだから」と飴玉を渡すのも、それを遠慮なく受け取ったチビを見て不満に感じたのも、つい最近だ。


 それでも一番最初に声をかけた存在というのは大きいのか、やっぱりチビは僕のそばにいることが多い。

 まあ、あえて時間を掛ければ自分でも分かる問題とかを、ルイに教えて貰ったりはしているけど。


 それが元いじめっ子の金髪は気に食わないみたいだった。何かとチビにちょっかいをかけてくる。


「ふ、ふん。この前のパンはお前みたいな貧乏人が手に届かないようなものだっただろ」


 でもさ、僕も気に食わないんだ。

 他の奴らも手のひら返してルイに構うけど、まあ動物とか幼い子供に対するそれで許せる範囲だ。


 だけど、このニールとか言う権力者の息子は、高圧的な姿勢を崩さない癖に顔を真っ赤にしてルイに話しかけてくる。


 変態め。こいつチビの性別に気づいてないのになんでだよ。


「うん、めっちゃ美味しかった! ほっぺ落ちるかと思ったもん! ニール、ありがとね」

「そうか! ならもっと身の程を知る為に、こ、ここ今週末一緒に――」


 奴がルイに遊びに誘おうとするので、僕はわざと音の鳴るようにペンを置いて存在感を示す。そうすれば奴は僕の存在を再認識し言葉を止めるし、チビも僕のことを見る。


「ねぇ、ルイ。今週末僕の母のプレゼント買うのに付き合ってくれない? 他の人の意見も参考にしたいんだ」

「え、行く行く! ザビンのお母さんのプレゼント買いに行く!」


 別にこれは手のひら返しした奴が、今更近づくのが気に食わないだけだ。

 気に食わない奴が、僕に懐く駄犬に手を出そうとするのが、腹立たしいから徹底的に叩き潰したいだけだ。


 チビの反応にホッとするのも、そういうことだ。



 ***



 週末、僕らは行商人が集まる街の広場に来ていた。

 石のタイルが敷き詰められた、真ん中に大きな噴水がある広場だ。

 いつもは子供達が駆け回っていたり、数人ずつで固まって話しているのを見かける程度だったが、今日は市の日だから所狭しと店が開かれていて、人がごった返していた。


 はぐれるとまずいなと思っていると、チビは当たり前のように僕と手を繋いで見せる。


 相変わらず小さくて柔らかい手に、動揺しているのがバレたくなかった。

 だって、チビはなんとも思ってなさそうだったから。普通に手を繋ぐ時も余所見をしていて、ついでのように繋いできたから。


「ザビンのお母さんってザビンと同じ髪とか目の色してんの?」


 ほら、こんなふうに急な話だって振られる。


「いや目の色は違うよ。急にどうしたの?」


 僕と母は髪の色は同じ黒だが、瞳の色は違う。瞳の色は僕は父親と同じ灰色だ。


「あのね、おと、妹がね。女の人に贈り物をする時はその人の好みや、その人の髪や目の色を気にして買うと良いって言ってたの」

「ふーん、僕の母親は緑の目だよ」

「そうなんだ! じゃあ緑色のものとか似合うかも!」


 繋がれた手がぶんぶんと振り回される。


「随分と真剣に考えてくれるね」


 振り回される手をグッと止めるように力を込めると、チビはこちらを大きな茶色の瞳で見上げてくる。


 ただの対抗心からの誘う口実に使った内容に対して、そんなに真剣に考えられてしまうと少し複雑だ。

 あの時咄嗟に出たのが母親の誕生日だっただけで、いつもは母親の誕生日プレゼントなんて姉が買ってくるものに対して半分払って、連名にしているくらいだ。


「だってさ、ザビンにはいつも世話になってるし、頼られて嬉しーんだ! それにザビンのお母さんに服プレゼントして貰ったし。喜んでもらえるもの選びたい!」

「まあ確かにあれを贈ってきたのは、母親の方だと思うけど……」


 弾けるような笑顔をどうにも直視してられず顔を逸らしてしまう。


 別に母親のあれは、僕のお下がりを送って欲しいという要請に対して、

 僕には「あんたが私に頼み事をする程の友達が出来るなんて珍しいわね」なんて皮肉混じりの手紙を、

 チビには「難しい子だけど根はそこまで悪い子じゃないからこれからも仲良くしてやってほしい」と言う手紙を、大きさの違う新品の服と共に送りつけてきただけだが。


 普通、息子の友達が出来たからと言って、ペアルックになるものを送ってくるか? 


 男同士でやっても気まずいだけ。なんならこのチビは女の子だけど、それでも僕の方は着られない。

 横にいるチビは呑気だから、「だから今日も着てきたんだ〜」とアイボリーのシャツを引っ張っている。


「ザビンのお母さんってきっと綺麗な人なんだろーな」

「どうしてそんなこと思うの?」


 確かに父親にその容姿の良さから最初アプローチ受けたくらいだから、美人だとは思うが、会ったこともないのによくこのチビは言うな。


「だってザビンめっちゃ綺麗だもん。あ、でもザビンは目も綺麗な灰色でかっこいいから、お父さんもきっとかっこいいんだろーな」


 まったく急に何を言うんだこのチビは。

 いや他意は無くて、純粋に思ってるから口にしているのは分かってる。


 でもそれだからこそタチが悪い。こいつは多分誰にでもそう言うこと言う。


 ……僕だから、特別に言っている訳ではないのだ。


 はぐれるのも承知で繋いでる手を離したくなった。

 だって、今このまま手を繋いでいたら自分の脈の速さが伝わってしまいそうで、それはなんか嫌だ。


 ――そんな僕の心に応えたかのように、人の波に押される。

 しっかりお互い手を握っていれば、多分離れずに済んだ。


 けど、僕はあえて力を抜いたし……若干振り払った。



 茶色の瞳が見開かれるのが見えた気がするが、すぐに人混みに押し流されて見えなくなる。



 あのチビにとって、きっと僕の行動なんて大したことでないから。いつも僕だけ振り回されているから。


 振り回されるくらい想定外の存在だから面白い。

 想定外すぎて振り回されるから、どうしたら良いか分からない。

 僕だけあの子に振り回されていて、あの子にとっては僕は何でもない存在だと言うのが気に食わない。


 そんな感情をいつも抱えている。今はその中の一番最後の感情が強い。 


「やばっ、見失った……」


 数秒後に我に返って、あたりを見回すがもう見つけられそうにない。それほど人の歩みが早く雑多だ。


 まあ、どうせあの人たらしのチビだ。僕とはぐれたって誰かしら捕まえてヘラヘラしているに違いない。

 そう分かっているからこそ気に食わないな。


 あのチビは天才で異質だ。


 誰からも愛されて、誰でも愛するのが、当たり前みたいな奴だから。


 だから、あんな声のかけ方した僕にさえ懐いた。

 ……つまり、僕で無くても良かったわけで、あのチビには僕の代わりなんていくらでもいる。


 僕にとって、あのチビは特異点なのに、あのチビにとって僕は有象無象の一人でしかない。

 そう自覚しているから気に食わない。認めたくない。


 最初に話しかけた時は僕があのチビの醜さや弱点を引きずり出すつもりだった。

 まあチビがあんなんでそんなこと出来なかった、それもそれで面白かったから良かったんだ。


 問題なのは、今じゃ僕が醜さや弱点をあのチビに引きずり出されていることだ。勿論、チビにはそんなつもりは全く無い。だからこそ負けた気分すら感じる。

 いっそ意図的にやってくれれば、それ程僕に労力をかけているのだと満足出来る。


 だけど、あのチビはただ自分らしく生きているだけだ。


 だから、僕も深入りし過ぎるな。

 振り回されるのは、感情が引き出されるのは自分自身の失態だ。あんな子供みたいな反応する前に、自分を制御するのが先だ。


 今までそうやって生きてきただろう。

 あのチビに会う前までは全部斜に構えて、どこか他人事として生きていただろう。あのチビにもそれを適用すれば良いだけだ。


 そうすれば振り回されることはない、落ち込むことはない、傷つくことはない。


『あいつ嫌い。きっと私達を見下しているんだわ』


 本気で人と向き合わなければいい。

 本気にするから苦しくなる、振り回される。

 僕以外は全て事象の一つに過ぎない。


 そう割り切れば、なんだか楽になった。


 チビの普段使いの「ルイ」という名を呼ぶ。どうせあの駄犬だ名前を聞きつければ呑気にやってくるだろう。


「おーい、ルイ」


 が、時間が経ってしまったせいか、人混みが酷いせいか、チビからの反応はない。しまったなと思いつつも義務的に探す。


 そう義務的にだ。あくまで僕の誘いで休日一緒だったのに、はぐれたから探すだけだ。罪悪感も焦燥もない。冷静に、どこらへんにいるか推測して探すだけだ。


 向こうもどうせ焦ってない。へらへら笑ってるから、僕もいつも通りでいればいい。


 

 ――十数分後、目障りな金髪が目に写った。


「おい、今日はグリズルドと一緒じゃなかったのか?」


 自分の名前が金髪の口から出たのを聞いて、案の定チビは僕の代わりをあっさり見つけているのだと察する。


 やっぱり僕は、あのチビにとって大した存在じゃない。


 一瞬足が止まりかけるが、別に普通に声をかければいいだけだと自分に言い聞かせて、金髪に近づく。


 金髪は広場にいくつか接している小道の中でも、人気の無い暗い道の方を向いていた。なるほど、あんなとこにいたらチビが見つからない訳だ。


「なんで泣いてんだ」


 金髪のおそらくチビへの問いかけに足が止まる。


 泣いてる?

 あのチビが? 


 初対面早々チビと馬鹿にされようが、

 貧乏人だと見下されようが、

 嫉妬から池に落とされようが、

 気づかずにヘラヘラ笑ってたチビが泣いている?


 いつも笑ってるチビが泣いている、その情報がこれまで見てきたチビの姿と結びつかなくて、思考も停止する。


「いつもみたいにお腹が空いているのか? だったら恵んでやるが?」


 金髪も僕と同様、予想外のことに思考が追いついてないのか、そんな頓珍漢な馬鹿らしい慰めをしている。


「あいつに虐められでもしたのか?」


 お前じゃ無いんだからそんなことは……してないつもりだけど。


 してないつもりだけど、

 虐めはしてないけど、

 今チビが泣いてんのは……タイミング的に考えれば、

 僕があの手を振り払ったからだ。


 手を離した瞬間の、チビの表情を思い出し、唇を噛む。


「違うのか、じゃあはぐれたのか?」


 でもチビは違うという反応をしたのか、金髪がそう質問する。


 そうチビの反応はあくまで推測だ。

 あのチビ、いつも騒がしいのに今は全然その溌剌とした声を出さない。その上、僕はチビの姿が見えるまで近づくことがどうにも出来ない。


 手を振り払った瞬間の、チビの表情は勘違いや見間違いじゃなかった。その事実に足が棒のように動かない。


 なんでだろう、さっきまでチビにとって僕の存在がどうでもいいと思い込んで、あんなに苛立ってたのに、チビが僕の行動に傷ついたと知って、嬉しくない。


「何やってんだ、グリズルドの奴……」


 困惑と、呆れと、軽蔑が混じった金髪の声に普段のように反感を抱くことが出来ない。そんな権利はない。


 本当、何やってんだ僕は。

 僕自身でも僕の行動が碌なもんじゃ無いのは分かる。

 さっきまでチビに対して感じていた不満が、自分に向いていくし、多分それが正しい。


 しかし、自分の失態に対し、どうすればいいのか分からない。

 今どうすればいいか、次にどう動けばいいのか分からない。言葉に出来る程、明確でない不安と恐怖で、近づくことも声をかけることも出来ない。


「一旦寮に帰ってみるのも手なんじゃないか。あいつも、多分見つけるのが難しいから、寮の前で待ってるかもしれない」


 そんな風に、金髪がチビに提案し移動を促したのを見て、僕は人混みに紛れて息をひそめた。チビにも金髪にも僕が近くにいるのを悟られたくなかった。


 俯いてトボトボ歩くチビと、何回も心配げに振りかえりながら前を歩く金髪の姿に、変な胸のむかつきを感じるものの、どうにもできない。その変な感覚を飲み込んで、隠れるしか出来ない臆病者にしかなれない。


 その癖、二人が遠く離れたとなると、二人が恐らく使わない回り道を使って、急いで寮に向かった。



 寮に着いたころには汗だくで、喉も痛かった。

 相当早く走っていたのだろう、回り道を使ったというのに、二人はまだ寮には到着していなかったし、まだ付近に二人の人影も見えない。


 けど運動がそんな得意でもないし、好きでもないのに、金髪が口にしていた状況のように取り繕う為に、そんな風に走って来た自分を小賢しいと感じる。


 必死に走ったということを隠蔽するために、僕は寮敷地の入り口の門に寄りかかって、深呼吸を繰り返す。

 寮内に戻って水を飲みに行くことも一瞬頭によぎったが、そうしている内にチビがここに着いたらと思うと、喉がひりついてもここから動けない。


 僕の呼吸が落ち着いた頃には、汗をかいていたのを放置していた所為か、本来適温に感じるであろう風が少し肌寒く感じた。



 少し経つと、視線の先に二つの人影が見えた。

 

 遠目からでもすぐに誰だか判断がつくのは、やはりその人影の片方が小さいからだろう。

 しかし、その小さな人影はいつものようにちょこまか動き回っておらず、もう一つの人影と同じように、いやそれ以上に淡々と道を歩いているのが分かる。


 距離が縮まる度に、自分の心臓が警告するように鳴るのが、それが段々と強くなるのが、分かった。


「お前、こいつと一緒に出掛けた筈なのにはぐれたんだってな、しっかり管理しろ。何があったんだ? お前らしくない失態だな」


 僕と目があうや、金髪はチビのことを雑に指し示しながらそう僕にきく。

 僕とチビの目は合っていない。僕がチビの方に視線を向けられなかったのもあるし、チビが金髪の陰に隠れるように立っていたから。


 両の手とも横に下ろし、その小さな手で自身のアイボリー色のシャツの裾をぎゅっと握りこんでいる姿は、まるで悪戯をして怒られる前の幼い子供のようだった。金髪の問いに対する、僕の返答を酷く恐れているようだった。


 きっと、金髪がさっきチビに説明していたようなシナリオで収めるのがきっと丸くおさまる。


 僕とチビは人ごみに押されて『運悪く』はぐれてしまって、あそこでは見つけられずに会えそうになかったから、僕は寮に戻ってチビを待っていた。

 それならきっと誰も損しない。


 「うっかり手を離してしまったんだ」とでも嘘を吐けば、チビは信じるだろう。


 ……いや、信じるか? 

 多分、あの時チビは自分が意図的に手を離されたことに気づいていた。


 それでも「うっかり手を離した」と僕が嘘を吐けば「そうなんだー!」てすぐに笑う気がする。


 それで表面的にはきっと上手くいく。


 けど、それでいいのか?  


 チビは確実にあの時、僕が意図的に手を振り払ったことに気付いていた。


 なのにそれが無かったことにしろって強制するのか? 

 不信感が拭えないまま笑えって言うのか?


 ああ、それは本気でぶつかってきているチビに失礼だ。卑怯だ。狡いことだ。



「僕がルイの手を振り払ったから、はぐれた」


「振り払っ⁉︎」

 僕の返答に、金髪の青い瞳が見開き、その後すぐに怒りに染まっていくがどうでもいい。



 そんなことより――、


「ザビンはオレのこときらい? いらない? オレなんかしちゃった?」


 いつもヘラヘラ笑ってるチビが、僕の手ではなく袖を掴んで、がらんどうな目をして、震えた声でそう僕にきいた。


 チビが自分の頬をおそらく無意識に空いている右手で引っ掻いたのが目に映る。


 その些細な行動が、いつも笑っているチビを傷つけるような、抱えている暗い部分を抉るような真似をしたんだと実感させてくる。

 初めて会った時、その傷の不穏さが隠すものをいつか引きずり出して見てみたいなんて考えていた自分が嘘だったかのように、心臓が痛い。


 僕が何も言えずにいるのも悪い方に解釈してしまったのだろう、チビは袖を掴むのもやめて、胸のあたりで左手を握って、俯く。


「それならごめんなさい。オレ全部直すからさ、頑張るからさ、何でもするからさ、おいてかな――っ、やっぱなんでもない」


 さっき泣いていると情報を耳にした時、全然嬉しくなかった。でも今はそれ以上に嫌だ。

 泣きもしない。泣くことも許されないというように、声が震えないようにチビが必死に自分が抑えている。それが分かる。


 チビらしくない行動を、僕のせいでチビがとらざる得ない精神状況に追い込まれているのが分かる。


 これなら僕だけ振り回されている状況の方がマシだ。

 こんなふうにいつも笑っているチビが僕のせいで負の方向にぶん回されてんのは、自分を出せなくなるのは不快だ。


「なんでもないから、ザビンがオレの事嫌いなら、オレと無理に一緒にいなくていいよ」


 そうやってチビが自分を律するように、更にその小さな爪を頬の傷に食い込ませる。血が滲み始める。


「違うっ、嫌いじゃないよ……」


 傷跡を引っ掻くのをやめさせる為に、細い手首を掴む。


 そうすればチビが顔をあげる。

 大きな茶色な瞳から今にも涙が零れ落ちそうだったし、鼻は真っ赤で、口も不自然と引き結ばれていた。


 ああ……僕、この子には笑っていて欲しかったんだ。傷ついて欲しくなかったんだ。

 なのに僕はこうやって傷つけた。 

 

「ごめんね、でも僕不器用だから、どうすればいいか分からなくてさ、君に酷いことした……」


 今掴んでいる手首も、感情がぐちゃぐちゃな中、このまま掴んでいたら強く握ってしまうんじゃないかって不安になって、慎重に離す。

 僕はこの子を害することしか出来ないから、怖くなる。


 でも、この子の特別には未だになりたくて。

 なれないどころか、こんな嫌われてもおかしくない真似を、傷つけるようなことをしでかした自分自身が嫌で堪らないのに、特別になりたくて仕方ない。そんな自分がまた嫌だ。


「多分諦めているんだ。

 自分を守るのに必死なんだ。

 先にいらないって、下らないって、醜いって、嫌いって見下しとけば、どうでもいいとみなせば、

 僕がそう思われた時に傷が軽くて済むから」


 世の中馬鹿ばかりだとか、本気にするなとか、事象の一つとして捉えるとか、全部、自分を守る為だ。自分自身に自信がない故の虚勢だ。


 ずっと分かってた。でも自身の弱さを醜さを本当に認識するのが怖かった。

 自分自身も糞野郎だけど、世界も糞だなんて、本当はそう簡単じゃないのに決めつけて、全部に蓋をして楽をしてた。


 けどさ、こんな僕にも真っ直ぐ本気で好意的にぶつかってくるこの子を、そんな虚勢で傷つけちゃいけなかった。


 彼女の前で僕は膝を着く。


「こんなんでごめん。傷つけてごめん。自分勝手でごめん」


 ここが人目につきやすい寮の前だとか、敵視していた金髪がすぐ側にいるとかどうでもいい。

 もういいや、こんなどうしようもない自分のことなんて。虚勢張って、守る価値もない。


 世の中が馬鹿な奴ばっかで碌な奴がいないんじゃない。

 僕自身がそういう人間性をしてるから、そういう部分ばかりに目がいくんだ、そういう風にしか見えないんだ。


 謝罪の言葉さえも震える自分が情けない。


「自分勝手なんかじゃないよ」


 それまで黙って茶色の瞳でただこちらを見つめていたチビが、そう口を開く。


「ザビンが自分で思ってるよりさ、ザビンは優しくていい奴だよ。

 出会った時からずっとオレのこと助けてくれてるよ、気にかけてくれるよ。

 オレそのお陰でずっと楽しいよ」


 真っすぐこちらを見つめて放たれるチビの言葉に泣きそうになるのを、必死に拳を握って堪える。


 違うんだ。

 君にそうしたのは、あくまで自身のひねくれた欲の為で、君のように純粋に向き合っていた訳じゃない。都合が悪い自身の性根を隠して、綺麗に見せかけてただけだ。


「オレの方こそ自分勝手でザビンが苦しんでんの気づけなくてごめんね」


 謝罪と共に、小さな手で頭を撫でられる。


 「君が謝る必要はないよ、そんな素晴らしい人間じゃ僕は無いんだ」そう言いたい筈なのに、その言葉が喉から出てこない。


 大きな茶色の瞳に映る自身の姿は酷く無様なのに、チビの中にある綺麗な僕の像を壊してしまうのが怖い。

 そして、そんな感情の根本に「チビにはそう見えてたんだ、僕といてチビは楽しかったんだ」と喜んでいる浅ましい自分がいる。


「なんかさ、人間関係って難しくてさ。

 みんなさ、違う感じで、難しいってなっててさ。

 オレもさ、どうすればいいか分かんないの。

 でも、オレは自分の気持ちを伝えることしか出来なくてさ。

 けどザビンがオレを嫌いじゃないなら、オレと居てさ、辛くならないように出来たら嬉しいな」


 区切れの多い口調だけで、目の前のチビが必死に言葉を紡いでいるのが分かる。本気で僕のことを考えて、僕に伝えようとしているのが分かる。

 目の前のチビが真剣なのが、震えた、でも芯のある声から分かる。


「だって、オレはザビンのこと好きだから」


 その言葉に考える間もなく、反射的に、僕は彼女を引き寄せ抱きしめる。


 ああ、好きだ。

 僕はこの子が好きだよ。


 自己嫌悪的思考さえ、その一言で吹き飛ぶくらい好きだからこそ、苦しい。

 だって、この子が口にする好きは、自分のものと同じでないと知っているから。


 この子の特別になりたい。太陽みたいなこの子を独占したい。


 そういった欲を含んだ、感情だ。

 だからそういった欲を微塵も感じさせず、誰にでも純粋な好意を向ける姿を見ると心が掻き乱される。自分が彼女にとってちっぽけな存在だと感じてしまう。


 ……ああ、そっか、僕はこの子に恋をしていたんだ。


 でもこの子の、そんな素直で真っ直ぐな性根が好きだ。

 無邪気で天真爛漫な所が好きだ。

 困難や苦難を呑気に乗り越えていく姿が好きだ。


 だから、笑っていて欲しい。悲しい目には遭わないで欲しい。


 そういった慈しむような、感情もあるんだ。


 だから僕はこの恋を愛にしたい。

 渇望して暴走して傷つけるような恋ではなく、この子の笑顔を守れるような愛にしたい。


 多分力みすぎている腕の力を抜けば、彼女が身じろぎするのが分かる。


「僕も君のことが好きだよ」


 そう告げれば、彼女はただ嬉しそうに、無邪気に笑う。


 今はどうすればいいか分からないけど、

 傷つけてしまうこともあるかもしれないけれど、

 それでも不器用にでも本気で向き合って、いつか君を愛せるようになりたい。


 

 ***



 自身の弱さを自覚して嫌悪したって、いきなりひねくれているのを直せない。

 それはそうだ、生まれてから今まで形成されてきたものを、たった一日で修正することなんて無理だ。


 それに全部修正するつもりは鼻から無い。


 昨日は勢いと混乱の中、自分だけが良くないという考えになっていたが、冷静に考えればそんな単純な話ではない。


 世の中、チビみたいな奴ばっかじゃない。どうしようもない糞野郎も馬鹿もいるのも確かだ。そんな奴らを本気で相手にするのはやっぱり無駄でしかないし、時には損をする。


 清濁や何もかもを併せ吞んでいる存在が、それを各々の価値観で判断するのが、世界だ、社会だ、人だ。

 全部白と判断するのも、黒と判断するのも、浅慮だ。


 どちらの考えに染まっても、碌な結果を生まないだろう。そう過去の経験や、直近だと昨日の問題からも学んでいる。


「お前、駄目だぞ」

「なにが?」


 僕が今一番気に入らない奴の文句に、僕はそう素っ気なく返す。


「そいつはガキだぞ!」

「ルイと僕、同い年で、僕も子供なんだけど?」


 教室前の廊下に響く金髪の声は動揺交じりで煩い。先程からちらちらとこちらを伺う有象無象の視線も更に集中する。


 そんな中、同意を求めるように彼女に視線をやれば、彼女は勢いよく頷く。


「誕生日はオレの方が先だから、オレの方がなんならねえ」

「おにいさんだね」

「そう、オレのほうがにいちゃん!」


 相変わらず言い間違えそうになっているが、言い直した後の笑顔がクソ可愛いんだが。


「で、何が駄目なの? ニール」

「男同士でベタベタしてる!」


 金髪が顔を真っ赤にして、手を繋いでる僕と彼女を指さして喚きたてる。

 

 残念だな金髪、お前のその指摘は意味がない。

 僕が手を繋いでいるこの子は実は女の子だ。


 僕がフォローしているのもあってか、この子が性別詐称していることに、僕以外は未だに気づいていない。役人育成学校という実力主義でエリートが集まりやすい学校の筈なのに、揃って目が節穴で、国の未来がどうなるか今から楽しみでしかない。

 僕だけがこの子の隠す真実を知っているということに少し優越感を感じる。


 まあ、金髪の文句は、言葉の通りのような、同性で距離が近いことに嫌悪感を抱いているからくるものでは無いだろう。むしろ、金髪自身がこの子を気にしているから抱く感情からくるものだ。


 僕もたまに抱く、僕が昨日やっと素直に認めることが出来た感情から来る、嫉妬だ。


「ふーん、そう。ルイは嫌?」


 だから、わざと金髪に見せつけるように、彼女と繋いでいる手を上げてみせる。


 恋敵に容赦する気も、昨日までの僕と同じく自分の感情を認められず暴走する馬鹿に優しくする気も無かった。


 というかこの金髪は最近はマシになったものの、少なくとも最初はこの子に悪意を持って酷い真似をしていたのだから、やっぱり気に食わない。彼女を曇らせようとしたのだから許せない。


「なんで嫌なの? 手をつなぐのって、兄貴やおと、妹ともやってたよ。手つなぐのオレ好きだよ」


 家族と同列で語られることに喜ぶべきか、全く恋愛対象とされてないと落ち込むべきか、複雑な気分にさせられるが、ルイが喜んでいるならすべてよしとしよう。


 金髪もすっごい悔しそうな顔してるしな。その根本の感情を自覚出来ていない所為で、チビの反応に言葉を失っているのが酷く滑稽だ。


「だって、手を繋いでいる間はおいてかれないもの!」


 そんな風に悦に浸っていると、無邪気に笑う彼女の口から出される補足情報に地味にダメージを食らわせられる。


 別に彼女にその意図は無いだろうが、昨日の僕の行動は相当彼女の暗い部分を抉る行動だったことを思い知らされる。他人をあざ笑えるような立場じゃないぞと神様から忠告を受けている気分だ。


 今後の為にも、傷跡や、性別詐称、「おいていかれる」に関して詳しい情報を知っておきたいという気持ちもあるが、それ以上に下手な真似して彼女を傷つける方が嫌だ。

 彼女がいつか話したいと思った時に耳を傾ければいい、彼女が一生口にするつもりがないならないでその意思を尊重しよう。


「……だってさ」

「それでも変だろ!」

「ふーん、まあお前に何言われようがいいや。ルイが嫌がってないもの」


 同意を求めるように目を合わせれば、「うん、ザビンの手っておっきくてあったかくていいよー!」と握った手をぶんぶんと振る。


「大体、グリズルド! お前はそうやって他人と手を繋ぐような奴じゃないだろ! 昨日もそうだった! なんで急にそんなおかしな真似をする!」


 攻め方を変えてきたな。この子が手を繋ぐことに対して嬉しそうにして問題を感じていないから、僕に対してらしくない行動と指摘することで手を繋ぐことをやめさせたいんだろう。

 昨日までの僕だったら、多分それがまともに効いただろう。けど、今はもう違う。


「僕が手を繋いでる理由? ルイが好きだから」

「なっ」


 金髪は言葉を失ったのか、ぱくぱくと口を開閉するしか出来ない。さっきから何度もこちらを見てきた有象無象共も、駄弁っているフリを維持することが出来ず、廊下が静かになる。表情もみんな固くなっている。


「僕がルイのこと好きだからだけど」


 あえてもう一回そう口にすれば、金髪はどうすれば良いのか分からなくて口をもごもごするし、周囲の有象無象は顔を真っ青にした。


 金髪の反応は最高に気分が良いが、他の連中はほんの少し気に障る反応だ。


 まあでも、僕も彼らと同じ立場だったら似たような反応をするかもしれない。

 僕の言葉を聞いて、純粋に受け取ってこの場で唯一顔色を明るくするこの子に対して、僕みたいな捻くれた糞野郎が純粋なだけではない好意を向けているのだから、警戒するのは当然だ。


「えへへ、オレもザビンのこと好――「ル~イ~くん。飴あげるからこっちおいでー!」

「いるいるー!」

 

 案の定、有象無象の一人が食べ物で彼女を釣り、僕から離れるような行動を取らせる。


 あっさり離された手に、少し寂しさを感じるものの仕方ないことだと息を吐く。

 この子のこれは食べ物に釣られた反射行動だ。昨日の僕みたいに振り払うのとは訳が違うし、離れた原因は彼女ではなく、彼女を食べ物で釣った連中にある。よって彼女は悪くない。


「ヤバい、バケモノが爆誕してる……」


 誰がバケモノだ。流石にそこまで言われるのは想定していない。膝をついて頭を抱えるな。


「これならニールの初恋の子に素直になれない現象の方がマシだ。腹黒策士さんがしれっと犯罪する可能性出てきたぞ」


 失礼だな。僕は犯罪も、あの子が嫌がることも一切しないつもりだよ。お前らがどう騒ごうが無視はするが。


 そして、あの金髪より僕は全然マシな筈だが? なんで過去にあの子を虐めていた金髪の方がマシだとか血迷ったこと口するのか、その思考回路の構造を教えて貰いたいよ、元傍観者。


「ロリコンじゃなくて……ショタコン犯罪野郎」

「獣フェチ野郎」

「男にするにしてもルイ君は駄目だろ」

「ルイ君に手を出すなよ。変態予備軍」


 だからあの子は僕と同い年だし、犬っぽいけど一応人間だからな。

 みんな、あの子のことを本気で凄い幼い子供だとか、捨て犬だとかと同列に扱いすぎじゃないか?


 そしてロリコン、ショタコン、獣フェチって随分と僕のことを特殊性癖扱いしてくるじゃないか。そしてやっぱりみんなあの子の性別に気づいてないからか、僕が男を好きになったと思われている。


 あと、変態呼ばわりされるようなことを僕はしていないが? 

 何故、手を繋いで好きって言っただけで、こんな非難される?


 まあ、いいや。

 僕はそういう要素があるからあの子が好きなんじゃなくて、あの子だから好きなんだし、あの子を傷つけずに愛したい。その事実を僕自身が分かっていればいい。


「僕、このことに関しては、あの子以外の意見はどうでもいいから」


 そう口にして踵を返すと、色々な種類の悲鳴が上がる。

 でも、そんな連中には構わない。


 それより、貰った飴を噛み砕いて食べている彼女に対して、「甘い物好きなら、昨日のお詫びも兼ねて、何でも買ってあげるよ。だから良ければ放課後出かけない? 今度は絶対に手を離さないからさ」と話しかける方がよっぽど僕にとって価値がある。



 ――僕はひねくれた奴だ。それがそう簡単に治る筈もないし、治す気もない。


 けど、僕があの子が好きだという感情と、愛したいという願望にだけは、

 他人に対しても、

 あの子に対しても、

 自分に対しても、

 もう、ひねくれないよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うわーーーー!!! ザビンくん視点で再び拝読できるのめちゃくちゃ嬉しいです 前作大好きだったので しかもひねくれっぷりが良い方に想像以上で、めちゃくちゃ好みでした 読ませてくださってあ…
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