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7.オレオレ詐欺と大阪のおばちゃん

「……誰ですか?」

「おれやけど」


 扉のむこうから耳に馴染んだ声がする。あたしは扉を開けた。


「なんや、夜やのに不用心やなあ。ちゃんとフロントに確認しいや」

「こんなオレオレ詐欺みたいな挨拶する人、店長しかいないし」



 あたしにへらりと笑いかけて、店長は部屋に入った。「座ってええ?」と聞かれてうなずく。この部屋のベッドはセミダブル。一つしかない。店長はその端に腰かけた。「なにか飲む?」と聞いたら「水」と言われたので、冷蔵庫のなかからミネラルウォーターを出す。店長は美味しそうにペットボトルを傾ける。あたしはその喉が動くのを眺めてた。シャツのボタンは二つ開いてて、鎖骨がちらちら見え隠れする。黒のスーツにヒョウ柄のシャツってなんだもう大阪のおばちゃんか?


「なんや?」

「シャツが大阪のおばちゃんだなって」

「え? 大阪人が帰省するときの常識やん?」

 なに言うとんの、と小首をかしげられて、あたしはまばたきする。

「そうなんだ……知らなかった」

「おれも知らんわ」


 呆れたような呟きに、あたしは目の前の頭をぺしっと叩く。「騙すな!」「騙されるほうが悪いんやて」ぐっと腕を引っぱられる。店長を下敷きにベッドに倒れこんだ。


「騙したんだ?」

「……せや。騙した」

「……色管なの?」

「ちゃうし……って言うたら信じてくれるん?」

「…………なんで終電出てたのにこっち来れたの?」

「おまえが大阪おるって聞いてた。あいつから電話あって」

「あいつって?」

「おれの……」

「色管してた人? あたしが今日会った」

「せや」

「……電話あったんだ」


 嘘つき、と心のなかで彼女をなじる。過去の男だって言ってたくせに……連絡、取り合ってんじゃん。


「なんやその顔。怖いわ」

「うっさい。まだ連絡取り合ってんだ?」

「いや取ってへんし」

「電話あったんじゃん!」

「五年ぶりやて」


 あたしを見上げる目は揺らがない。嘘をついてるようには見えない。


「……どういうこと?」

「おれの彼女が大阪まで色管の話聞きに来る言うから、心配したんちゃう?」

「あたし彼女なんだ?」

「あーーー、せやんなあ。別れたんやったっけ?」

「……別れたんだ?」

「……別れたんやろ?」


 顔が近い。息がかかる。真冬みたいな匂いがする。


「連絡先、消さなかったんだね。店長もあの人も」

「は? 消したで。あんなんあってよう連絡せんわ」

「じゃああの人が残してたってこと?」

「あいつは姉ちゃんに聞いたんや。教えていいかって、おれも姉ちゃんから聞かれたし」


 唇を重ねながら頭の片隅で思う。お姉さんもキャバクラのオーナーさんも、そのへんしっかりしてるよね。個人情報の管理っていうか。じゃあやっぱり彼女は嘘つきじゃなかったんだ。疑ってごめんなさい。ヴーヴ・クリコ入れたし許してください。


「……するの?」

「……いやなん?」

「……店長はどうしたいの?」

「ほなおまえはどうしたいん?」


 あたしは黙りこむ。どうしたい? このまま関係を続けたい? 店長を信じたい? 信じられない? 別れたい? 別れたくない? 一緒にいたい? 未来が見えない?


「…………分かんない」

 あたしをベッドに座らせて、店長は立ち上がった。

「どうしたの?」

「……帰るわ」

「新幹線ないじゃん」

「どっか他んとこ泊まるわ。おまえが話す気になったら連絡し……」




 重たい空気を切り裂くようにスマホが鳴る。発信者名を見たあたしは、慌てて耳にあてる。親戚の叔母さんからだ――もう深夜に近いのに。




 あたしは電話を切ってベッドから下りた。荷物をまとめようとしたけど、手が震えてうまく動かない。服も着替えなきゃ。


「どしたん?」

「……父さんが倒れたって」

「仙台で?」

「うん」


 そうだ。始発も調べなきゃ。新幹線? 飛行機? ああばか。なんでこんな夜にあたし大阪なんているんだろ。せめて都内だったらレンタカーを借りて今すぐ行けるのに。でも運転なんてこんな状態じゃ無理かもしれない。


「どうしよう……」

 朝まで待つしかない。始発に乗ってもあっちに着くのは半日後だ。どうしよう……でも朝にならなきゃ……。

「ほな、行こか」

「え?」


 店長は手にしたスマホから顔を上げた。「支度は?」「……できた」「忘れもんないか?」「大丈夫」あたしは手を引かれて、店長と一緒に部屋を出た。



「夜やし道も空いとるやろ。朝まで寝とき」


 ハンドルを握って店長が言う。駅の近くでレンタカーを借りて、あたしを助手席に座らせて、店長は高速に乗った。


「無理。寝れない」

「おまえ薬のアレルギーとかある?」

「ううん、ない」

「ほなこれ飲んどき」


 店長は財布から銀の包みを取りだした。「なにそれ?」「眠剤」「……いつも飲んでたの?」「いいや」店長は笑って首を横にふる。


「……昔な。今はただのお守り代わりみたいなもんや。ほら、役に立ったやん?」


 錠剤を口に入れられて、ペットボトルの水で流しこむ。窓の外を夜の光が流れていく。店長の運転はいつも静かだ。かすかな振動が心地よくて、あたしは重力に抗えずまぶたを閉じた。

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