プリンセス&マナー
別室に移動すると山田先生が既にスタンバイしていた。
池田さんが山田先生に後のことをお願いして退出していく。
「今日から山田先生のお世話になります。鈴木ユイです。よろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。
じゃ、レッスンに入る前に聞いておくわね。
マナーって何を学ぶかわかる?
間違ってもいいから言ってみて。」
「え・・・と。偉い人への対応でしょうか?」
「そう、それもあるわね。でもそれは基本が出来てから。
これからやるのは。立つ、歩く、座る。しゃがむ、そう言う基本のことよ。
常に人に見られることを意識しなさい。
ダンジョン協会からは[プリンセス]に相応しい立ち居振る舞いを身につけさせてくれと言われてるわ。
これからは一挙手一投足全てが注目されることになる。
貴方はダンジョン庁やダンジョン協会の看板として多くの人たちから見られることになるのよ。
貴方がみっともない姿をさらすと、多くの人たちの名誉に傷がつくことになる。
そう言う重みを背負っていることを自覚なさい。
私の指導はある程度の成果を上げるまではキャンペーン期間が過ぎても続けることになっているわ。」
「しゃ、まず歩いてみてくれるかしら。」
僕は山田の先生の前で歩いてみた。
出来るだけおしとやかに。
「元男の子にしてはなかなかマシだわね。
はいストップ」
先生はそう言ったが、顔は苦笑している。
きっと全然ダメなんだろうなあ。
僕は歩いている途中で動きを止める
「まず膝ね。
膝は伸ばして、重心は少し後ろに置く。
頭や腰が不必要に上下しないように心がけなさい。
美しく、しなやかに、優雅に見えるように歩きなさい。」
僕は出来るだけ、先生に言われたとおりに歩いているつもりだが、何度も何度もダメ出しをされた。
たった歩くだけでもここまでダメ出しされるなんて・・・。
最後は頭の上にボールを乗せて出来る限り動かさないように歩かれさた。
女の子向けのアニメや少女漫画でよく出てくるアレだ。
自分もやらされるとは思わなかった。
(この子・・・随分体幹が強いわね・・・・)
結局この日は歩き方の練習だけで終わった。
最後に先生から言われた。
「申し訳ないですけど、明日から、通学路と学校に抜き打ちでビデオカメラで撮影させていただくことになりますから。
お父様、お母様、ダンジョン庁、ダンジョン協会、学校の先生方からも、是非よろしくお願いしますと言われています。
一瞬でも油断しないように気を付けなさい。
貴方はパソコンを持っていると聞いています。
このメモリーカードに基本的な所作を収めた動画が入っています。
よく見て、常日頃から、私の前じゃなくても自然に出るようにしておきなさい。」
ウッ・・・・なかなか厳しい。
「はい、先生のおっしゃる通りに致します。
今後もご指導よろしくお願いします。」
僕の行動は父さんの立場に直結している。
下手なことをすれば父さんの立場も悪くなってしまう以上、ここは指導されたとおりに振舞うしかない。
それにしても通学路も学校内でも抜き打ちチェックされるのは厳しい・・・。
「もう時間が無いのでビシビシ行きますからね。
私のキャリアの中でもちょっと考えられない位のスケジュールなの。
貴方、世間からもこれからとっても注目されると思うから、貴方のために私は鬼になろうと思います。」
「よ・・・、よろしくお願いします。」
先生の決意表明を聞いて僕の背中から大量の冷や汗が流れたのは言うまでもない。
次の日、先生のレッスンに行くと抜き打ちのビデオでチェックされた。
自宅のリビングのソファに寝そべっている姿が映され、僕は思わずずっこけそうになった。
「はい、これ駄目よ、減点」
「うちの中って一体誰が・・・」
「恵ちゃんに月5000円上げるって言ったら喜んで引き受けてくれたわ。
もちろん、お母様からの許可は頂いています。」
恵っ、たったの月5000円で僕を売ったのかっっっっっ。
お姉ちゃんは悲しい。
母さんも。
まさかの身内からの裏切りに僕は大きく落胆した。
「さあ、今日もビシビシ行くから覚悟してね。」
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
内心そう思ったが、もちろんそんなこと言えるわけがない。
「ハイ、ヨロシク オネガイシマス」
僕は感情の消えた声でそう言った。
その日のレッスンが終わった後池田さんと山田先生が立ち話したそうだ。
「どうですか?ユイちゃんは?」
「元男の子だし、2日目だから、まだまだね。外に出せるレベルじゃないわ。」
「そうですよねえ。先生からみたらそうでしょう。」
「でも、あの子体幹が強いのよ。
あの華奢な体からしたら信じられない位ね。
日常の所作を変えると使わない筋肉を使うから結構疲れるはずなのよね。
だけど、あの子の場合、かなり体幹が強いのと力も結構あるようだから、疲れて姿勢が崩れるということが少ないわ。
これ、結構重要よ」
帰宅後・・・
僕が居間に入ると恵がコッソリ逃げようとする。
「こらー。恵、お姉ちゃんを売ったな?」
「ごめーん。だって、山田先生がお姉の為だって言ってたし、お母さんもいいって言ってたから。」
恵を後ろから抱きしめてソファに座る。
「お姉ちゃんを売る悪い子にはこうだ。」
と言って恵をくすぐる。
「ゴメン。お姉、許して。くすぐったーい。」
そこに母さんが助け舟を出す。
「ほら、ユイ、もうご飯よ。着替えてきなさい。」
「はーい」
そうして鈴木家の夜は更けていく。
次の日の昼休み。
いつものように中島、飯田、岩田先輩、藤堂先輩、アカネ先輩と話す。
「というわけなんですよ。もうマナーの講習が厳しくて。」
「自宅でも監視されているのは厳しいなあ。」
「そうなんです。今もどこかでカメラが回っているかもしれないので一時も気が抜けません。」
「プリンセスも楽じゃないなあ。うちじゃとてもじゃないけど務まらんわ」
「スカートの裾は翻らないように、プリーツは乱れないように・・・
走るのはご法度だそうです。」
まるで姉妹とか言う制度があるどこかのお嬢様学校のようだ。
もちろんだが、今も椅子に座るときは背筋をピンと伸ばし、左側に足を傾けて揃えている。
このほうが足が細く、美しく見えるそうだ。
「だけど、ボイトレとダンスの練習はうらやましいわ。
タダやろ?」
「はい。」
ん・・・・。まてよ。ここでアカネ先輩を誘ってみたらどうだろう?
一人でやるよりは少しはマシになるかもしれない。
一人だけであの厳しいマナーのレッスンを受けている僕はかなり精神的に参っていた。
「タダより安いものはないで?」
「あの・・・もしよかったら、先輩も僕と一緒にレッスン受けませんか?」
「ん・・・ええのん?」
「はい、いいかどうかは僕だけでは判断できないので、池田さんに聞いておきます。」
「今すぐ協会に電話するわ」
僕らは全員協会の電話番号を教えてもらっている。
アカネ先輩は即協会に電話して池田さんと話している。
「あ、池田さんか?
今ユイ姫から聞いたんやけど、今日からのボイトレとダンスのトレーニング、ウチも参加させてもらってええか?
ん、ハイ・・・・ハイ・・・ライブで一緒に歌って踊れ?
ええよ。そのくらいお安い御用や」
アカネ先輩の電話が終わったようだ。
アカネ先輩はこちらにピースサインを出す。
「今日からウチも一緒にボイトレとダンスのトレーニングに参加することになったわ。
ついでにウチも姫と一緒にミニライブで歌って踊ることになったわ。」
僕は自分の思惑通りになってほっと一安心した。
「心強いです。一人では不安だったんですよ。」




