矢田 麗華
『夏の焦れ恋 津川 治』のアナザーサイドです。
『噺男子』にどハマりしている矢田麗華の胸の内とは……?
どうぞお楽しみください。
「ふぅ……」
津川君の家から帰って、ベットに横たわる。
楽しい時間だった。
楽しい時間だったからこそ。
嘘が悲しい。
「……」
津川君から借りた『噺男子』の同人誌を取り出す。
津川君は嘘をついている。
私はオタクだから。
好きなものに対する語りの熱量を知っている。
津川君にそれはない。
今日の話もツボは押さえていた。
でもツボしか押さえていない。
細かい描写や仕草、そういったものは語らない。
ずっと前からわかっていた。
私は一つのものを好きになりすぎる。
その熱量に人はついて来れない。
曖昧に笑って、私と距離を置く。
私に合わせてくれる津川君が珍しいんだ。
それだけでも感謝しなきゃ……。
「……あれ?」
じゃあ何で津川君は合わせてくれているんだろう?
題材は乙女ゲームにライトなBL。
元々男の子が好むジャンルじゃない。
この本はお姉さんに買ってもらったと言っていた。
じゃあお姉さんの影響?
でも津川君はお祖父さんの影響と言っていた。
お姉さんの影響なら、そうと言うはず……。
言うのが恥ずかしかった?
ならお姉さんに買ってもらったと素直に言うのは変だ。
……わからない。
「……読も」
もやもやした気持ちを取り払うには、『噺男子』が一番だ。
『昨日の逢引の約束? 悪ぃ、酒飲んで忘れちまったぜ』
『お前の忘れたい過去なんざ、俺の刺身と旨い酒で夢にしちまいな』
あぁ、やっぱり『芝 浜ノ介』はダメ男部分とイケメン部分のギャップがいいなぁ……。
『貴女に会いたいと思うばかりに、私の喉は食べ物もろくに受け付けないのです……!』
そして『紺屋 高雄』のこの一途さがたまらない……!
『貴女の側にいたいがために嘘を吐いたのも、この身を焦がすような激しく燃える思いのため……!』
主人公に会いたいがために自分の素性を偽った高雄。
そこまでしてでも側にいたいと願う気持ち。
あぁ、尊い……!
こんな風に思われたら誰だって……。
「……ん?」
嘘を吐いてでも側にいたい……?
え、じゃあ津川君が『噺男子』を好きなフリしてるのって……!?
い、いやいやいや! そんなわけない!
こんなオタクな私にそんな事……!
落ち着こう!
落ち着くには『噺男子』が一番……!
『貴女のために我が身を偽る、そんな私では嫌ですか……?』
な、何で高雄の台詞が津川君ボイスで再現されるの!?
しれっと『矢田』とか呼んでくるし!
「……うぁあ〜……」
二次元ならときめくだけで済んだセリフがこの破壊力……。
三次元は私には刺激が強すぎるよ……。
読了ありがとうございます。
これで治に心動くのか、生々しさを嫌って高雄に想いを注ぐのか、それすら耐えきれず芝ノ介に鞍替えするのか……。
何にせよ推し変不可避ですわ……。
匙加 玄「えっ」
次話もよろしくお願いいたします。