先生は質問に答えられませんでした
Yさんは以前、大阪のある小さな体操クラブで働いていた。Yさんは体操クラブのコーチで、毎日体育館で小学生の子どもたちにマット運動や鉄棒、跳び箱を教えていた。
これはYさんが体操クラブに勤めていた、今から20年ほど前の話だ。
練習時間を終えてYさんが他の先生たちと片付けをしていると、小学5年生の男の子がYさんの元へやってきた。
「先生、おれ今日お母さん迎えに来られへんから送って欲しいんやけど」
Yさんはお迎えに来られない保護者の代わりに、毎日2、3人の生徒を車で家まで送っていた。でも、その日はたまたま他に送り届ける子どもがおらず、Yさんは男の子と二人で帰ることになった。
片付けを終えると、Yさんは男の子と車に向った。前に何度か送り届けたことがあったので、Yさんは男の子の家の場所をよく覚えていた。Yさんは男の子を助手席に乗せるとすぐに車を発進させた。
車を出して10分ほどした頃、男の子がおずおずとYさんに話しかけた。
「なあ、先生。先生って幽霊って信じる?」
Yさんは幽霊を信じていなかったので「そんなん見たことないしおらんと思うで」と笑いながら言った。
「でも先生。おれな、お墓参りに行ったら絶対に見るんや。だから幽霊っておると思うねん」
助手席を見ると男の子があまりにも真剣な表情をしていたので、Yさんは男の子が冗談を言っている訳ではないと察し、すぐに笑うのをやめた。
「お墓に行くとな。前を歩いてたおじいさんが急に消えたり、透けたおばあさんがいたりするんや。でも、お父さんもお母さんも見えへんねん」
「もしかしたら大人には見えへんのかもな。そうや、妹は? 妹は見えへんの?」
Yさんは男の子に4つ下の妹がいることを思い出して聞いた。すると男の子は急に顔を曇らせた。
「妹も見えるんや。だから、見えるのはおれだけじゃないから幽霊は別に怖くないねん。でも……」
Yさんは男の子が黙り込んでしまったので心配になったが、ちょうどそのタイミングで男の子の家の前に着いた。二人の間を重たい空気が漂う。
少しの間の後、男の子は何かを決心したよう顔でYさんを見た。
「先生、おれには見えへんねんけどな、妹には見える何かが家におるらしいねん。なあ、幽霊よりも怖い何かって何なん?」
想定外の質問をされて戸惑ってしまったYさん。何かを答えなくちゃと思ったものの、Yさんは咄嗟にどう答えたらいいのかわからなかった。
「大丈夫。きっと大丈夫やから気にせんとき」
結局、Yさんにはそう言うのが精一杯だった。すると、Yさんの言葉を聞いた男の子は諦めたような顔をして「送迎ありがとうございました」と言うと、車を降りてそのまま家に入っていった。
男の子はその翌日から体操教室に来なくなった。心配になったYさんや他の先生が連絡を取ろうとしたが男の子の親とも全く連絡が取れなくなり、結局その後男の子がどうなったかは誰もわかっていない。