三聖女(2/3)
ハイスベルトは金髪の端整な顔立ちをした男だが、華やかな容姿がこの場ではかえって浮いていた。小ぎれいにしているせいで逆に演劇の俳優のように安っぽく、嘘くさく見えてしまう。
「私、もう、戦争なんて嫌なのに……!」
「大丈夫だよ、アクアフィーナ、落ち着いて。君は私の婚約者だよ? 前線に立たせて戦わせたりするわけないだろう? 君は安全だよ。なにも怖いことなんかないさ」
ハイスベルトはやれやれと、小馬鹿にしたような一瞥をセリカに投げた。
「大聖女が戦う必要はないって、私はセリカにもずっと言っていたんだよ? それでも勝手に腰から剣ぶら下げて戦ってた変な女なんだよ、セリカは。君は何も心配しなくていい」
「ほんとう……?」
「私の愛しい婚約者を危険な目に遭わせたりするものか」
「殿下……!」
勝手にふたりの世界に入っているアクアフィーナとハイスベルトから微妙に目を逸らしていると、真っ赤なドレスを着た女がセリカに詰め寄ってきた。
「ライネス王国フラフィール侯爵家三女、リャマよ。ねえ、この王国って、掃除とか洗濯も自分でしないとダメなのかしら?」
「洗濯は、今のところ専門の業者が来て、してくれています」
「よかったぁ!」
リャマは綺麗な色が塗られた人差し指の爪を見せつけてきた。
「見てよこの爪、せっかく綺麗に塗ったのに欠けてしまったの! 女中みたいに掃除と洗濯なんかさせられたせいだわ! あの石鹸、使うと爪がボロボロになるから違うのをくれって何回も申請したのに通りゃしないったら!」
セリカはなんとなく、手袋をしていてよかったと思った。セリカの手は傷だらけだ。剣を扱うと自然とそうなってしまうのだが、この分だとリャマも前線で剣を取る気はなさそうだった。
「私は侯爵家の三女よ? 下級の聖女と同じ暮らしなんて耐えられないわ!」
彼女は戦うことができるのだろうかとセリカは疑問に思ったが、同じことを皆も考えているらしい。
鏡を見ながら髪の毛をいじるリャマは装いもすべて美しいが、周囲から彼女に向けられる視線は冷え冷えとしていた。
「……仕方があるまい。誰もがセリカ様のように素晴らしい聖女というわけではない」
ケイドと、隣の軍司令部のメンバーがひそひそと囁きかわしているのが聞こえた。
セリカが特別優れているとは思わない。しかしこれは、それ以前の問題なのではないか。
出会ったばかりの聖女に苦言をするのも憚られ、セリカは沈黙することになった。
最後の一人は黙って立っている。
真っ黒な格好の女性は、名乗りさえしなかった。
「その子はトルエノ。アクアフィーナ以外と会話してるのを見たことないわ」
かろうじてリャマが紹介をしてくれた。
トルエノは無言で軽く淑女の礼を取ると、じっとセリカを見つめてきた。
「どうも……お越しいただきありがとうございます」
返事はなかった。
「トルエノは魔石に興味があるんです。イリスタリアにあるという高純度の巨大魔石をひと目みたいと言ってました」
とは、アクアフィーナの発言だった。
「大したものではありませんが……ではご案内いたしましょう」
セリカを筆頭にぞろぞろと淑女たちがついて歩く中、リャマが声をひそめもしないでアクアフィーナに話しかけた。
「ねえ、本当にこの国に大きな魔石なんかあるの? 女の子たちもちっともおしゃれなんかしてないし、貧乏くさそうよ!」
「リャマったら! ハイスベルト殿下がそうおっしゃっていたのよ。あなたも聞いたでしょ? 先月の戦死数がゼロだったって! これがどんなにすごいことか、あなたにも分かるでしょ?」
「あら、魔物が来てなくて暇だっただけかもしれなくてよ? でも、平和なのはいいことだわ! あとは外出禁止や私服禁止でなければいいのだけれど!」
「それは心配いらないよ。君たちは好きなように過ごしてくれていい」
「よかったわ! 私嫌よ、女なのにズボンをはかされて剣を持たされるなんて! 男の真似事なんて、ぞっとするわ!」
リャマの声は大きく響き、くすくす笑うアクアフィーナやハイスベルトの声が重なった。
「見なさいよ、あの聖女達! みんな不細工なショートカットに芋くさいズボンよ! ぞっとするわ! あの格好に何とも思わなくなったら、女としておしまいね!」
セリカの隣で、ホリーがうつむく。
もう何度となく受けてきたからかいとはいえ、こうも堂々と聞こえよがしにされては悔しいのだろう。相手がドレスの貴婦人であったなら、特に。
「セリカは自分から進んであのカッコをしてるのさ。私はドレスを着るようにいつも言っていたんだけどねえ。どこかおかしいんじゃないかな」
セリカはもはや慣れっこになっているので、特別気分を害するようなことはなかった。
セリカが礼拝堂の扉を押し開けると、中に先客がいた。
何度も洗われて色あせた軍服のジャケットをきっちりと着込んだ、黒髪の青年。
ハイスベルトとは真逆に、仕事着として軍服を着ている彼に、ひ弱そうな印象はまったくない。
青年はレゼクだった。
彼は中央祭壇の魔石にルーペを当てて睨んでいたようだ。
レゼクは小道具を仕舞い込みながら、魔石を背にして立ち上がった。
「ああ、皆さん、お揃いで」
アクアフィーナは血相を変えて、隣のハイスベルトにしがみついた。
「……レゼク殿下……!」
「やあ、レゼク。君も来ていたとは知らなかったよ」
どうやら、レゼクとハイスベルト、アクアフィーナは互いに顔見知りであるようだ。
しかし、仲はよくないのだろうか?
ハイスベルトが厳しい表情で、アクアフィーナをかばうように立っている。
「こんにちは、ハイスベルト君。改めまして、ご婚約おめでとうございます」
レゼクの挨拶は何ということもない無難なものにセリカには聞こえたが、アクアフィーナもハイスベルトも少し大げさなくらい険しい顔つきをしている。
レゼクはアクアフィーナには視線もくれず、ハイスベルトに向かって問う。
「どう? 問題なくやっている? うちのアクアフィーナがハイスベルト君に迷惑をかけているんじゃないかと、少し心配していたんだけど」
「誰がお前のだって?」
ハイスベルトは腹を立てやすい。このときもあからさまに不機嫌になった。
「この子はとてもよくできた子だよ。どこかの馬鹿女と違って、どの国のパーティに出しても恥ずかしくない。しかも聖女としての腕前も一流なんだよ。ああ、もしかして君――」
ハイスベルトの笑みは挑戦的だった。
「アクアフィーナを取られたから、妬いているの?」
セリカは見守ることしかできない。
何が起こっているのか、質問するのも憚られた。
「参ったな。そんな風に見える?」
どことなく面白がるような口調のレゼク。
その前に、ずいっと一歩リャマが出た。
「今更後悔しても遅くってよ、レゼク殿下! 庶民の娘だからって相手にもしなかったのは見る目がありませんでしたわね! アクアフィーナはもうあなたの手の届かないところにいるのよ!」
レゼクは苦笑いをしていた。
セリカには状況が分からないので、なぜ彼らがとげとげしいやり取りをしているのかも理解できない。