部下の少女(2/2)
確かにホリーは、使者だとかいう男の人のかっこよさや、身のこなしの軽やかさから、タダモノではない何かを感じてはいた。
でも、まさか。
まさか本物の王子様だったなんて。
なんでそれを先に教えてくれなかったのかと思う。知っていたら、いくらなんでもあんな狭い部屋にお茶だけでほったらかしにしておいたりはしなかったのに!
彼がハイレベルなのも納得である。いったい誰が王子に注意などできようものか。
『美形があまりにも美形感を出していると聖女たちが浮ついてしまうので、坊主にするなどして少し抑えてください。シルクのシャツも禁止します。あなたがおしゃれをすると兵の損傷率が二割は上がると思ってください!』
少なくともホリーには言えない。絶対に言えない。
「レゼク殿下。アクアフィーナ嬢がスムーズに聖女の任を引き継げるように、ここの軍のことを一通り把握しておきたいとのことでしたが……私は戦闘以外のことはさほど得意ではないものですから。こちらのホリーの方がより詳しく説明できると思います」
「彼女は?」
「私が一番信頼している部下です」
セリカから思いがけない言葉をかけてもらった。
信頼しているだなんて!
セリカに認めてもらえるのは嬉しい。ホリーはひそかに、軍部の男連中の誰よりもセリカが一番かっこいいと思っている。
見た目が男らしいというのではない。しかし、頼りになりすぎるから、気持ちが乙女にさせられてしまうのだ。
「セリカ様、あの、一番だなんて光栄です! 私もセリカ様のこと……」
「ごめんなさいホリー、魔術師長に話があるから、少し急がないといけないの。あとを頼んでしまってもいいかしら。こんなこと、あなたにしかお願いできなくて」
「まっかせてください!」
浮かれて二つ返事でオーケーしたら、セリカは本当に行ってしまった。
――しまった、ちょっと気まずいかも。
王子と二人で残されても、ホリーにはどうしようもない。横目でちらりと確認すると、彼は、面白そうに笑い出した。
「私が王子でびっくりした、って顔してるね」
「え、ええ、はい、いや本当にびっくりしました……」
「あははは、ごめんねえ」
あまりにも軽々しく謝罪を口にするので、ホリーはまた驚いた。
ホリーが彼を王子だとは夢にも思わなかった理由はこれだ。
王子様にしてはずいぶん気さくすぎるのだ。
軍人としてもかなり明るい方ではないかと思う。
軍人は食事や睡眠を極限まで制限された状態で命の危険があるストレスに耐えなければならない。そのせいかどうかは知らないが、軍歴が長くて偉い軍人ほど気難し屋で怖い、というのがホリーの偏見だった。
ホリーの知る限り、どんなに地の性格が明るい者でも、一年か二年もすればめったに口をきかなくなる。
それは、死と隣り合わせにあるというストレスがどれほど高いかを物語ってもいた。
彼のようなタイプは、もうほとんどイリスタリアに存在しない。
「ああ、そうだ。先ほどセリカに魔石を作るところを見せてもらったよ。君が言っていた通り、彼女、実力は確かなようで」
セリカが褒められるのはうれしい。
ホリーは一気にテンションが上がった。
「でしょう!? 私だったら一か月はかかるような大きな魔石を、セリカ様だったら二、三日で作っちゃえるんですもの! 私たちも手が空いたらやりますけど、とてもあんな風にはできません!」
「うんうん、分かるよ。あれは常人にはちょっと真似できないねぇ」
レゼクはややオーバーなしぐさで首をかしげてみせた。
「あれ? そうなると不思議なのは、どうして彼女がバッシングされているのかなんだけど……彼女、新聞では『無能』だとか、『名ばかり聖女』なんて叩かれてた気がするなぁ」
「あれは、陰謀です! セリカ様ははめられたんです!」
ハイスベルトのしたことを憤激交じりに熱く語ると、レゼク王子はたいそう面白がった。
「あははは、なるほどねぇ。ハイスベルトも曲者だったってわけか。これは重畳」
ホリーは何と答えたらいいのか分からなかった。
ハイスベルトが曲者なのは間違いないが、『も』とは、どういうことなのか。
レゼクは特に誰のことを言っているのかを説明することもなく、すぐに話題を変えた。
「君からはずいぶん好かれているみたいだけど、セリカはどんな女性?」
「そりゃもう! セリカ様は強くて優しくてカッコよくて頼りになって、おまけにすごくお綺麗なんですからね! セリカ様に憧れて聖女隊に志願した女の子、すっごくたくさんいるんですから!」
「へえ、君もそうなの?」
「私は聖女隊が発足したときからセリカ様の御世話役をさせていただいてます! 最古参なので、セリカ様のことは一番よく知ってると思いますね!」
「いいねえ! じゃあもっと教えてもらおうかな? 私も彼女に興味が出てきたところなんだ」
ホリーは少しむっとした。
むっとしながらも、自分でも自分の心の動きが理解できずに、戸惑った。
あるいはそれは、大事なセリカを取られまいとする妹心だったのかもしれない。
レゼクがセリカに近づくのは、なんだかとっても――嫌かもしれない。ホリーはそう感じた。
でも、とホリーは思い直す。
ライネスの王子といえば、ホリーも噂で聞いたことがある。聡明で人望があり、おまけに勇敢で、魔物ともひるむことなく戦うのだと。イリスタリアの馬鹿王子とは大違いだと思ったのを覚えている。
馬鹿王子の横暴を止められる人は、この国にはいない。
でも、魔法大国のライネスなら――?
レゼクなら、ハイスベルトを成敗することもできるのではないか。
ならば、レゼクにはもっとセリカのことを知ってもらわなければ。
「実際のところ、彼女はどのくらい強いんだい?」
ホリーは気を取り直して、わざと明るい声を出した。
「すっごく強いですよ! うちは魔法後進国なんて言われてますけど、セリカ様はきっと他の国の聖女にだって負けないと思います!」
セリカがすごかったエピソードなんていくらでもある。なのに、あんな馬鹿王子のせいで事実が歪曲して伝えられてしまうのはアンフェアだ。
ほうほうなるほどと面白がって相槌を打つレゼクに、ホリーはたくさんセリカの自慢をした。