部下の少女(1/2)
ホリーはセリカの直属の部下で、聖女隊の副長をしている。
副長といっても仕事は主にセリカの補佐で、書類を片づけたり、軍内部の連絡事項をまとめたりしているうちに一日が終わる。
戦場に出ることもあるが、戦うのはあまり得意ではない。セリカがかばってくれていなければ、今ごろはとっくにお墓に入っていたと思う。
そもそもホリーは、自分が軍に向いていないと感じている。
それなのに入隊したのは、どこにも行くあてがなかったからだ。
――ホリーはこの国では珍しく、高い魔力を持って生まれた。そのせいで不吉な存在として嫌われ、家族からはひどくいじめられた。
”お前のせいで魔物が攻めてくる”
そう言われ続けてきた。
”魔力持ちの子どもは森に捨ててくるのが習わしなのに、私たちは育ててやってる。しっかり働いて恩を返せ”
物心ついたころから、家のことはなんでもやらされていた。幼い子供たちの世話や料理、掃除などもすべてホリーの仕事だった。常に忙しくしていたから、子どもらしく遊んだ記憶も全然ない。
五年前に長い平和が破られ、魔物が攻めてきたとき、ホリーは真っ先に軍に志願させられた。そうすれば大金がうちに入るからだった。あの時期、親に売られた子たちの集まり――それが聖女隊だった。だから、聖女隊の少女たちは誰しも暗い来歴を抱えている。
違っていたのは、セリカ・リューテナント……王子の婚約者で、大聖女の、彼女だけだった。
セリカは名家の生まれで、暗い影など少しもない人だった。強く気高く美しく、いつでも凛としていて、ホリーたち聖女隊はどれほど彼女にあこがれただろう。
ホリーが高い魔力と精霊との親和性を認められて、聖女隊に配属されたとき、そこで初めて忌まわしいとしか思っていなかった魔力をセリカに褒められて、感謝された。その少女がセリカだと分かったのはもっと先のことだったが、当時は自分より少し年上の綺麗な少女に、自分の存在を初めて肯定してもらったような気がして、嬉しかったのを覚えている。
ホリーはもちろん、それまで戦ったことなんてなければ、まともに魔法を使う訓練も受けたことがない。聖女隊自体が発足したばかりの新しい隊なので、体力づくりのメニューは男性の騎士と同じものを課されて、体中ボロボロになって訓練をしていた。女性には過酷すぎる内容だったせいか、いつもテストでは落第。このままでは、戦いになってもすぐに魔物に食われて殺される。何度もそう脅された。
初めて魔物と戦わされたときも、怖くてずっと泣いていた。
”下がって! 無理に戦おうとしないで”
戦場のセリカはとても強く、勇敢だった。
ホリーは一瞬、王子様が現れたのかと思ったぐらいだ。怖いものから守ってくれる素敵な男性、そんな風に錯覚しそうになるほど、かっこよかった。
”自分が生き残ることだけを考えて。大丈夫、私が絶対に守るから!”
セリカは宣言通り、ほとんど一人で魔物を引きつけて、倒してしまった。
それは決して洗練された戦い方とは言いがたく、あちこちに重傷を負っていたが、足手まといのホリーたち新兵をかばって無理をしたことは明白だった。
「泣かないで……私は大丈夫。みんな無事で、本当によかった」
倒れたセリカにとりすがって、つたない【治療】の魔法をかける新兵たちの顔を一人ひとり確かめて、彼女が言ってくれた言葉を、ホリーはずっと忘れない。
大怪我をしていても、自分のことよりホリーたちのことを心配してくれるなんて。小さなころからあまり人に優しくしてもらった記憶がないホリーには特に響いた。
セリカはホリーの人生に初めて現れた、優しくて頼りになる女性だった。母も姉も意地悪でホリーのことなんか気にかけてくれたことがなかったから、何でも話を聞いてくれて世話を焼いてくれるセリカが大好きになるのは時間の問題だった。
ホリーにとっては実の姉よりも姉らしい存在。
そのセリカが、婚約者の馬鹿王子に裏切られて、聖女をやめさせられるという。
ホリーはとにかく悔しかった。
あの馬鹿王子が呑気に酒をかっくらってダンスなんかしていられるのは、全部セリカのおかげではないのか。聖女不足のこの国で、セリカが身を削って戦ってくれているから平和が保たれているのに、色ボケした王子の不始末でセリカが追放されるのは納得がいかない。
どうにかしてあの王子を懲らしめてやることはできないものか。
来客が現れたのは、ホリーがじめじめと王子への復讐を考えていたときだった。
来客は色あせた軍服を着た男の人だった。
ホリーはひと目見て驚いた。
――え、軍人さん……だよね?
きびきびした歩き方やしっかりと引き締まった身体つきで、もう長いこと軍務についていることはひと目で分かる。熟練の兵士であろうその男の人は、絵画でもめったにお目にかかれないほどの美形だった。
――軍にこんなカッコいい男の人って……いてもいいものなの?
シンプルに、ホリーには目の毒だと映った。
顔立ちがいいのは本人のせいではないので仕方ないにしろ、身だしなみにも妙な色気がある。少し癖のある艶やかな黒髪、高価そうなシルクのシャツに、手入れの行き届いたピカピカの軍靴。坊主ばかりのイリスタリア軍ではあまり見かけないタイプだ。
聞けば、ライネスからの使者だという。
――こんなに色気のある男の人がいたら仕事がやりづらそう。聖女たちの間で取り合いになったりしないのかな。
当初の悩みも忘れ、ホリーがライネス軍の風紀について余計な心配をしていると、ハイレベルな使者は、セリカに会いたいと申し入れてきた。
「セリカ様ですか? おそらく朝の日課をしていらっしゃると思うので、お会いになるのなら終わるまで待っていただきませんと」
魔石の結晶化は一定時間集中して取り組まないと台無しになる。
そのことを伝えると、使者は不思議そうな顔をした。
「失礼ですが、大聖女様が直接ご自身で魔石を作っていらっしゃるのですか?」
「はい」
「こういってはなんですが、魔石なんかを、わざわざ大聖女様が? そういうのはもっと下級の聖女にでもやらせておくことなのでは」
「うちに聖女はセリカ様しかいませんから……あ、でも、セリカ様のお作りになる魔石は純度も高くてすばらしい品質なんですよ! あれは、セリカ様にしか作れません!」
「でも、時間がかかるでしょう。力のある聖女を半日以上も魔石作りなんかに拘束するのは、あまり得策とは思えませんが」
使者が妙なことを言うので、ホリーは笑ってしまった。
「セリカ様が魔石作りに半日もかかるわけないじゃないですか」
そう言ってやったときの使者の顔と言ったらない。
「あっ、もしかして、使者様もあの噂を信じてますか?」
『イリスタリアの大聖女はろくに力を揮えない無能者』
馬鹿王子が勝手に流した噂だ。
「あんなのでたらめですから! セリカ様は何でもできる人なんですよ! 聖女の精霊術だって、魔術だって、剣の腕だって一流なんですから!」
ホリーは別の仕事があったので、使者には応接室で待ってもらうことにした。
「あと何時間かすれば日課も終わっていると思いますので、ここで待っててください」
使者は確かに、分かった、と言っていた。
それなのに――
「ああ、ホリー。ちょうどいいところに」
そろそろ朝の日課が終わっただろうと思い、セリカを迎えに行った先で、使者が何食わぬ顔をしてセリカの隣にいた。
――うわ、まぶしい。
使者の美しさもさることながら、セリカもまた凛とした美女の佇まいで、二人並ぶと絵画のようだ。
それにしてもこの男は許可もなしに勝手にセリカと会って、何をしていたのだろうと思っていた矢先に、セリカから紹介があった。
「こちらはライネス王国のレゼキエル王子殿下」
ホリーは顎が外れるかと思うほど大きく口を開けてしまった。