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お買い物


「なんと……酷なことを。これほどの小国にそのような無体を働けば、滅びてしまうとは思わんかね」


 国王はドキリとさせるようなことを言いつつも、あくまで口調は優しく、おどけていた。


「イリスタリアは歴史のある立派な国です。わが国のアクアフィーナとリャマもそちらに差し上げたのですから、セリカさんを連れ帰るくらいはしないと、今度はうちの国が危うくなります。それに」


 レゼクは得意げな顔をして、言った。


「すでに彼女のお父上のご了承もいただいています」


 セリカは口を挟もうかどうしようか考え、結局はつぐんでいることにした。


 ここで『まだ婚約するとは決まってない』などと言い出そうものなら、レゼクに恥をかかせてしまう。


 そういう話はまたあとで、二人きりのときにでもすべきだろう。


「……まあ、そう結論を急がんでもいいじゃろうて。今宵は宴を用意させる。そなたらも、今日は仕事を忘れて、飲んで食っていくがよい」


 国王はパン、パンと手を打ち、側近を呼びつける。


「あー、しかし、なんだ。わが息子よ」


 国王に呼ばれても、ハイスベルトは返事をしなかった。おそらくへそを曲げているのだろう。


「わしは今回の件で、ほとほとそなたに愛想が尽きた」


 目を剥き、ハイスベルトが国王の顔を凝視する。それが失礼に当たることなど、もはや完全に忘れ去っているようだ。


 宮廷の作法にはうるさい方だったハイスベルトがこの有様なのだから、おそらく内心は相当荒れているのだろうとセリカにも見当がついた。


「そなたの罪状を数え上げるのもまだるっこしい。わが国でもっとも優秀なセリカを放逐し、素性怪しき少女を招き入れ、むざむざとこれほどの大事件に発展させるとはのう」


 ふふっ――と、誰かが失笑したのが聞こえた。


 誰であるかなどと窘める者もいない。


 しかし、セリカはなんとなく、レゼクだろうと感じていた。


「なぜ最初によく身元を調べなんだか? 申し開きがあるのなら述べてみよ。許す。これがそなたの、最後の言になるかもしれぬからのう」


 ハイスベルトは小刻みに震え出した。


「お言葉ですが……トルエノは、完全に人に擬態しており……そ、それに、元々ライネスの軍属だったのですから、特段怪しむ必要はなかったかと」

「ほう。では、百歩譲ってそれは不問にするとしよう。そもそもそなた、なぜセリカとさっさと結婚しなかった?」


 国王の声は老齢のために震えていたが、しかし、力強かった。


 裏側に非情な怒りが込められていることはひしひしと感じられる。


 その場にいた誰もが首をすくめてしまうような、ピリッとした空気があたりに漂った。


「それは……お互いの性格の不一致で……」

「当然であろう、セリカが戦場にいたとき、そなたはほとんど宮廷でぬくぬくと過ごしておったのじゃからな! 率先して親交を深めるでもなく、彼女のように功績を上げるでもなく、遊んで暮らしていたかと思えば、ごちゃごちゃと妄言を並べてセリカを放逐するとはのう! わしに今少しの寸暇が許されておれば、とっくにそなたはここにはおらんかったぞ!」


 叱られているハイスベルトから目を逸らし、セリカは沈黙を続けた。かばってやる気などさらさらない。


「もっとも、わしが忙しいのは、どこかの馬鹿がまったく役に立たんからなんじゃがのう!」


 ハイスベルトはもはや言葉もない。


 セリカは少しだけ気の毒に思った。セリカと比べられてけなされるのは、彼にとって一番嫌なことだからだ。


「今度という今度はもう許さん。ハイスベルト、そなたには追って沙汰を下す。神妙に待つがよい」


 国王は話すべきことはすべて話し終えたらしく、席を立つ。


 国王の謁見は、それでお開きとなった。


***


 セリカは宮殿にあてがわれている自分の一室に、妹を連れて戻った。


「……王様、ちょっと怖そうな人でしたね、お姉様」


 はー、とため息をつく妹の仕草がかわいらしくて、セリカはつい笑顔になってしまう。


「普段は優しい方なのよ」

「えー、でも、すごく怒ってましたよね……」


 リンテはきょろきょろしながら室内を無防備に歩き、机の上に置かれたカードをつまみあげた。


「祝賀会は今宵七時からです。ぜひ正装でおいでください――だって。わぁ、これ、私も行っていいのかなあ?」

「もちろんよ」

「やった、私、王城のパーティって初めて!」


 はしゃぐリンテに、セリカは重要な事実を思い出した。


「ということは、これがあなたのデビューになるのよね……いやだわ、待ってちょうだい。ドレスの用意が何もできていないわ」

「えっ? 今着ているものではだめなんですか?」


 リンテは国王の御前に出るために、セリカが貸し与えたドレスを着ている。流行遅れではあるが、ハイスベルトの趣味に合わせて少女好みに仕立てたドレスは、可憐な容貌の妹によく似合っていた。


 セリカは怖い顔で首を振った。


「全然ダメよ。社交界デビューは特別なの。困ったわ……」


 リンテはかわいらしい上目遣いでセリカの顔色を窺っている。


 期待に目が輝いている妹に、行くなとも言えない。


 セリカは拳を握った。


「……今回は仕方ないわね。ドレスはまた次回、ちゃんとしたものを作ってあげる。絶対にあなたに似合う素敵なものを用意してみせるわ」

「そんな、いいのに……お姉様ったら」


 リンテは困ったようにえへへと笑った。


「私のことはいいんです。それよりお姉様は?」


 セリカはつい自分の制服を見下ろした。


 連日の戦闘で、ボロボロになってしまっている。


 このまま参加するのも気が引け、かといって、火急の仕事という言い訳もないのに、わざわざ儀礼用の軍服を新しく着直すのも憚られた。ハイスベルトにはさんざん言われたのだ。『やむを得ぬ用事もないのに軍服を着るな』と。うるさいとは思っていたが、マナーとしてはその通りである。


「まあ、たまにはドレスもいいかしらね」

「やったあ! ね、私も、お選びするのお手伝いします!」


 うきうきとした足取りで、リンテはクローゼットに直行した。彼女は昔からセリカの部屋にあるドレスが大好きなのだ。


「わあ、きれいなのがいっぱい! どれにしようか迷っちゃう!」


 セリカは姉の持ち物を身につけたがってぐずる妹の幼い姿を思い出して、くすりとした。


 そして、可愛らしい妹のために、ひとつプレゼントを思いついたのだった。


「そうね。クローゼットのありものでもいいけれど、よかったら、買い物に行かない?」


***


 セリカたちが来たのは、王都でも最大規模を誇るデパートだった。


 すでに仕立て上がっているドレスがびっしりと展示されている。


「うっ……わぁ……!」

「どれでも好きなものを買いなさい」

「ええっ……!? でも……」


 リンテは目の飛び出るような値段がついているディスプレイの前で、こそっと耳打ちしてくる。


「すっごく、どれも、高いですよ!?」

「大丈夫よ。あなたのためならフロア全部買い上げてもいいけど、置く場所がないものね」


 きらきらしたまなざしで見上げてくるリンテ。


「……やっぱりお姉様と結婚します!」

「あらそう? では、ウェディングドレスも必要ね。まとめて買いなさい」

「やったぁ! お姉様だーいすき!」


 拳をふりあげ、大はしゃぎしながらドレスを選んでいるリンテをひとしきり眺めて満足したあと、セリカは壁にもたれかかった。


 あれこれ迷って決められない様子のリンテが、奥から引っ張り出してきたドレスをセリカのところまで持ってくる。


「お姉様、お姉様のドレスはこれにしましょう!」


 当てられた布地を見て少しためらう。


「露出が多くないかしら?」

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