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謁見


 セリカたちが駐屯地を守りきり、仮設の【一夜城】でなんとか最低限の結界を張る機能を取り戻したのは、まる一昼夜もあとのことだった。


「本来、聖地というのは、ただの魔物を寄せ付けない安全地帯のことではありませんわ。精霊を守護神として置くことで、契約した聖女の力を大幅に高める効果もあるのでございます」


 リャマが解説してくれたところによると、アクアフィーナとリャマが新たに聖地の守護神として自分の精霊を登録したおかげで、彼女たちの力が高まり、結界が楽に張れるようになったらしい。


「ひとまず、魔物の出没も落ち着きましたし、これで一安心ですわね」


 セリカは伸びをするリャマをほほえましく見つめた。


 ふいに乱暴な足音が後ろから聞こえてくる。


「セリカ。王都まで来てもらおうか」


 不機嫌に言い放ったのはハイスベルトだった。


「一連の事件を、父上に報告しなきゃならない」

「私がそれに付き合う道理はありません」


 セリカが冷たく突き放す。

 すると横からレゼクが混ざってきた。


「いいじゃないか。行こうよ。私も参加させてもらえるんだろうね?」

「お前に用はない」

「そんなこと言わずにさ。私も婚約の申し込みをしないとならないからねえ」

「セリカはうちの聖女だよ? 馬鹿を言わないで」


 ハイスベルトが鼻の穴を膨らませて言う。


 セリカはその『うちの』発言が非常に気に障った。


「分かりました。参りましょう――ハイスベルト殿下では話になりませんから、陛下に直接申し上げることとします」

「……っ! 命乞いをするなら今のうちなのに、何も分かっていないんだな、お前!」

「命乞いを? 私が? それとも殿下が?」

「……もう許さん。覚えてろよ」


 ハイスベルトは荒れ狂った様子で出ていった。


 セリカはため息をつく。


 また移動だ。


 このところ、腰がどうにも痛くて困る。


***


 駐屯地はイリスタリアのどこの事件にも駆けつけられるように、中央に建設されている。


 そこから王都までは、一日で行ける範囲だ。


 セリカは王城の謁見の間に、関係者全員とともに招かれた。


 国王が座す場所から数段下に、イリスタリア軍の幹部と、ライネス出身の今回の関係者が整列し、膝を突いてこうべを垂れている。


 国王はセリカの苦労をねぎらい、彼女に発言を許した。


「こたびの事件、発端はライネスから来た聖女のトルエノにありました――」

「いいえ! 父上。こたびの魔物暴走の責任はすべてセリカにあります」


 ハイスベルトが急に割り込んできた。発言など許されていないにもかかわらず。


 セリカはそれだけでうんざりした。


 ――言うと思った。


「着任したての彼女らに開示すべき重要な情報を隠し、わざと魔物が大量発生するように仕向けたのです」


 ハイスベルトは傍らにいたおのが婚約者に、猫なで声で話しかける。


「そうだよね? アクアフィーナ。君はよくやってくれた」


 アクアフィーナは白けた気持ちでハイスベルトの笑顔をじっと見つめた。


 ――口裏を合わせろ。すべて不問に付す。


 ハイスベルトは昨夜、そう言ってアクアフィーナを脅しつけたかと思えば、甘い言葉で散々誘いをかけてきたのだ。


 ――セリカのせいだということにしておけば、婚約は破棄しないでおいてやる。愛しているよ、アクアフィーナ。当たり散らしたりして、悪かった。やり直そう。


 彼によれば、これもアクアフィーナのためなのだそうだ。


 セリカに今回の責任をなすりつけ、戦闘要員としてキープしておけば、もうアクアフィーナが戦いに出る必要もなくなる、ということだった。


 アクアフィーナがもう戦わなくていい環境。それこそが彼女が一番望んでいたものだ。


 それでも。


 アクアフィーナは緊張で乾いた唇を舌で湿して、すう、と大きく息を吸った。


「いいえ、それは違います」


 言った瞬間の、ハイスベルトの顔色を、アクアフィーナは生涯忘れないだろう。


「セリカ様は、この国を守ろうとしてくれました。一番の貢献者は彼女です。同じ聖女だからよく分かる。彼女の能力は別格でした」


 アクアフィーナは国王に向かって、罪を告白するような気持ちで言った。


「何があったのか、すべてお話しします」


 ハイスベルトがアクアフィーナの肩を掴む。もはやここが国王の御前だと言うことも半ば忘れているようだ。


「分かっているのか!? お前だって無事では済まないぞ!?」

「……いいんです」


 アクアフィーナの決意は固かった。


「私はもう、楽になりたいんです。もう、疲れました。思い知ったんです」


 アクアフィーナはそっと胸の奥で思い出す。


 トルエノの笑顔を。そして、最後のときの、悲痛な顔を。


「私は聖女になんてなれない……」


 アクアフィーナは少しの恨みを込めて、ハイスベルトを見る。


 アクアフィーナは彼の口車に乗せられてここまでやってきたのだ。だから、彼に責任がないだなんて、言わせたくない。


「殿下が私を普通の女の子にしてくれると思っていました。でも、そうじゃなかった。だから私は、決めたんです。自分の未来は、自分で決めよう、って」


 開き直ったアクアフィーナの話は止まらない。


 トルエノの正体。

 魔物が急に出没した理由。

 アクアフィーナがトルエノに犯した罪。


 事件の全容はほとんどアクアフィーナの口から語られた。


「この国の聖女には、セリカ様が一番ふさわしいと思います」


 アクアフィーナがそう結ぶと、国王は軽くうなずいて、アクアフィーナの労もねぎらってくれた。


「アクアフィーナもよくやってくれた。誇るが良い。そなたも立派な聖女じゃ」

「……もったいないお言葉です」


 アクアフィーナには本当に過ぎた称号だった。

 それで国王とアクアフィーナの話はすべておしまいになった。


 国王はセリカに顔を上げるように言った。


「セリカ。まずはご苦労だった。そなたの献身には頭が下がる」

「とんでもないです」

「そなたにはいつもいつも世話になっておるなあ。この国にそなた以上の忠義者はおるまいて」


 セリカはしばらく国王のお世辞を真面目な顔で受け取っていたが、それがあまりにも長く続くので、だんだん不安になってきた。


「……わしの一番の忠臣、セリカ・リューテナントよ。そなたに折り入って頼みがある。大聖女の位に、もう一度就いてはもらえんか」


 セリカは少し身構えた。


 ――やはり、そうなってしまうのね。


「そなたには我が息子との婚約ももはや必要なかろう。あれはそなたを守るためのものじゃったからの。まあ、少しうまく働かなんだが」


 ちらりと息子を見やる。彼は屈辱そうな顔つきをしていた。


 さて、なんと返事をしたものか。


 セリカが悩んでいると、発言を許してほしそうに、隣にいたレゼクが手をあげた。


「どうした? ライネスの第三王子よ」

「恐れながら、陛下。彼女は私の婚約者として、わが国に招聘するつもりです」


 セリカはあっと息を呑む。


 その件について、詳しく話をするのを忘れていた。いつの間にか婚約が確定事項のように進んでいるが、セリカは一度もオーケーだと言った覚えはない。


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