新型の魔物
「投石、セット完了。射出します」
この石を真正面からぶつける。おそらく威力の差からいって、修復される前に二、三度繰り返せば道が開けるはずだとセリカは踏んでいた。
投石機から放たれた石は、最初の結界を薄紙のように破く――かと思いきや。
直前で、ふっと結界が消失した。
投石が直進するのは、すべての守りが消え、丸裸になった駐屯地。
驚きで反応が遅れたセリカをあざ笑うように、投石はほんのまたたきの間に駐屯地の中央に突き刺さった。
「まずい……!」
慌てたセリカが協同魔術をキャンセルしようとした直前に、石に見立てた巨大な魔力塊は――
引火した。
大爆発が起き、途方もなく大きな爆炎と雲が沸きあがる。
セリカが慌てて雨を降らせ、火を消し止めたときには、すでに駐屯地はほとんど瓦礫と化していた。
しばらく、誰も口を利かなかった。いや、何も言えなかったと言ってもいい。
「申し訳ありません! ……イリスタリア駐屯地、半壊させてしまいました!」
セリカはいたたまれずに、騎士団長に向かって頭を下げたが、そんなの頭を下げられた騎士団長だって困る。
「ごめんなさい、まさかいきなり結界が消えるなんて……それに、火炎系の魔術は使ってなかったはずなのに、なんで引火なんて……」
魔力の塊はそうそう簡単に爆発しない。それにふさわしい魔術の行使があって初めて可能となる。
いったい誰が火をつけたのかと思いを巡らせ、そんなのはアクアフィーナかトルエノしかいない、ということに思い至る。
「と、とにかく、アクアフィーナ様を救出に行かなければ!」
「この大爆発で消し飛んでなければいいけどねえ」
セリカは罪悪感にかられて、一目散に走りだした。
***
パラパラとホコリが天井から落ちてくる。
トルエノとアクアフィーナは結婚指輪で作る檻の魔術を流用した結界に入っていたので、生き埋めとはならず、無事だった。
せき込みながら、アクアフィーナが尋ねる。
「ト、トルエノ? どうしていきなり結界を消したの? あ、危ないじゃない……」
「ここを潰させたかったから」
トルエノの答えは迷いがなかった。
「ここも聖地なの。破壊しなければいけなかった。でも、どうせなら壊させた方がいいでしょう」
トルエノは結界用の魔法陣が張られていた跡地に近寄り、壊れ具合をひと目見て言った。
「計画通り。もう結界は張れない。これでようやく、ここにも魔物を呼び込める」
アクアフィーナは目をむいた。
「魔物……!?」
「平気。わたしたちのことは襲わない」
「そんなわけないじゃない、私がこれまでに一体何度魔物に襲われてきたか……っ」
「わたしなら言うことを聞かせられる。操れる」
アクアフィーナが「それって……」と確認しようとしたとき、トルエノは焦れたようにアクアフィーナの手を引いた。
「いいから。私を信じて。私たちは探しにいきましょう。聖地の核。記念碑を」
トルエノに引っ張られて、アクアフィーナはしぶしぶ歩き出した。
しかし、頭の中ではトルエノが言ったことを反芻している。
――魔物を操れる、なんてことがあるの……?
あちこちの部屋を覗いて歩く。ほとんどの部屋は荒廃していて、無防備に外とつながっていた。
これでは外にたむろしていた魔物たちがいつ入ってきてもおかしくはない。
アクアフィーナの不安は、不幸にも的中する。
不用意に覗き込んだ部屋で、魔物と目が合った。
「きゃっ……!」
魔物は聖女の持つ魔力を好んで食らう。
じっとこちらを見つめる異形の瞳は、明らかにアクアフィーナを認識している証。
襲われることを覚悟したアクアフィーナだったが――
「やめて」
トルエノが呼びかけ、真正面から魔物をにらみつけると、魔物は急に興味を失くしたように瞳から光を消し、すっと入れ違いにどこかに行ってしまった。
「……どうなっているの……?」
トルエノの言うとおり、魔物が彼女たちを意図的に避けているのだ。
一般に、魔物はコミュニケーションを取らない獣だとされている。
このようなことは、アクアフィーナの知る限り、一度も起きたことがない。
――まさか……
アクアフィーナは嫌な予感に総毛立った。
***
瓦礫と化した駐屯地の内部に踏み入り、司令室を目指す。
途中で魔物にも遭遇したが、ほぼ騎士団員たちが盾になってくれ、セリカは後ろで【鎮魂歌】を使うだけでよかった。
「便利ねぇ……」
「興味がおありでしたらお教えしますよ」
狭い室内でも広範囲を一掃できるこの魔法ほど使いやすいものもない。おまけに射線を気にする必要もないのだ。後衛に向いている。
軍の司令部、アクアフィーナが囚われていたあたりに来て、レゼクは指輪をつまみあげた。
「アクアフィーナがいたあたりって、きっとこの辺だね」
レゼクが言いながらハイスベルトの方を見ると、彼は同意するようにうなずいた。機嫌が悪そうなのはいつものことなので、セリカは気にしなかった。
ハイスベルトは指輪の結界をつけたり消したりして、動作を確かめた。
「……壊れてはいないね。爆発をやりすごして、自力で解除して逃げたんじゃないか?」
「どこに行ったのかしら。早く見つけてあげないと」
「あんな女、放っておけばいいだろう。それよりここは復旧させられそうにないのか?」
「無理ですね」
「ああ、そうだったな。どっかの馬鹿がぶっ潰したんだった」
ハイスベルトのうっぷんをぶつけるような嫌味を無視して、セリカは探索用の精霊術を使った。現場に残っている魔力の痕跡を頼りに、進んだ方向を見極める。
「……こっちです。追いましょう」
進んでいくにつれ、次第に遭遇する魔物の数も増えていった。
セリカの魔物を魔力に還元する特殊な精霊術のせいもあり、あたりには濃厚な魔力が漂い始めている。
***
「あったわ。これこそが聖地の目印。記念碑」
アクアフィーナは嬉しそうなトルエノの顔を見、それから記念碑に刻まれている名前を読んだ。
イリスタリアの現国王だ。
トルエノはその名に、魔術で傷をつけた。
記念碑は生き物のように震え、悲鳴を上げる。
――イィィィアアアア……!
「そこまでよ!」
大声とともに踏み込んできた相手には、アクアフィーナも見覚えがあった。
イリスタリアの大聖女、セリカだ。
トルエノはそちらを見向きもしなかった。ただ、記念碑に手をかざし、魔力を伴った詠唱を始める。
「我、ここに新たに名を刻む。我が名は――」
トルエノの口上は、途中で突き刺さった魔術の矢によって阻まれた。
「チッ……」
トルエノが宙に浮きあがり、ドレスの形状を変化させる。
あたりに漂う魔物の残骸による魔力に、トルエノは自身の魔力を注ぎ込み始めた。
何をしているのかと眉をひそめる人間たちをよそに、トルエノのドレスはまたたく間に異形の怪物を何体も生み出した。
トルエノが生み出したのは、魔物そのもの。
しかし、アクアフィーナは自分の見たものが信じられなかった。
盾を槍を持ち、隙間なく隊列を組む姿は、まるで古代における軍隊そのものだ。
「魔物が……隊列を組んでいる……!?」
「おかしい……ありえない。魔物は言葉を話さず、意思疎通を行わない……唯一、己の行動指針にのみ従って行動する……」
アクアフィーナはそのとき、ようやくすべてを理解した。
――ああ……! もしかしてこの子、そう、そういうことなの……?
トルエノは、魔物にも『つなげ』る魔術を使える。
「魔物でありながら精霊術を使い、『つなが』る新型の魔物……ああ、そう、そうなの……あなたのような新型がいたから……だから……古代の帝国はすべて滅びたんだわ……」
アクアフィーナはいつしか、自分の考えを声に出すほど取り乱し、興奮していた。




