古代兵器
セリカは短く問う。
「リャマ様、トルエノ様の【騎兵戦】の最大出力値は何騎ぐらいですか?」
リャマは顏を手で覆った。
「およそ三百騎よ……あの子は一人でそれだけの魔術が扱えるの……天才なのよ……ああ……!」
セリカは、特に問題なさそうだと考えた。
単体でしか行動しない魔物であれば、三百騎で囲める【騎兵戦】で倒せないものはほぼいないだろう。
でも、セリカだってトルエノと同じ、精霊術を扱う聖女なのだ。たったの三百騎であれば、精霊術に他の魔術師たちを協同させるまでもない。セリカ一人でも何とかなる。
しかしリャマが絶望しきっているので、念のためもう一度聞いてみることにした。もしかしたらセリカの聞き間違いで、甘く見積もってる可能性もあるからだ。
「三百騎……で間違いありませんか?」
「そうよ! もう、みんな、ここで死ぬんだわ……!」
「分かりました」
セリカは丁寧な詠唱をせずに、できる限り簡略化して精霊術を使うことにした。
「【招来】、鉄柵の楽園に満てよ、【楼閣】」
セリカは自身の防衛用建築魔術を顕現させようと試みる。
――選んだのは、駐屯地の結界が張られている空間だった。
魔力と魔力がぶつかり合う嫌な軋みが空間いっぱいに満ちた。
「うあっ……!」
「な、なに……!?」
「空気がっ……!」
感覚の鋭い魔術師が耐え切れずに次々とうずくまる中、セリカは駐屯地の結界を一部押し出し、巨大な塔をその場に打ち建てることに成功した。
リャマが呆然とつぶやく。
「……け、結界を……ぶち壊して、上書きした……!?」
「駐屯地にある設備の魔法陣は知悉しています」
言いながら、セリカはもう二本の【楼閣】を軍隊前方に打ち建てる。
「とりあえず、三本あれば足りるかと」
リャマは開いた口がふさがらないようだった。
「ほ……ほぼ一文だけで【楼閣】を……!? 馬鹿な……高速詠唱が得意なわたくしだって十五分はかかるのに……!」
あたりに満ちたトルエノの魔力が、ひたひたと形になって【楼閣】の正面に並んだ。
黒い霞のような高密度の魔力の塊が、ぎっしりと隙間なく道の横幅いっぱいに満ちる。
「来る……!」
リャマのつぶやきと同時に、魔力の塊が【楼閣】を直撃した。
地面が揺れるかと思うほどの強い衝撃波に晒され、セリカも姿勢を崩される。
――一騎一騎が重い……!
いくら【騎兵戦】が対魔物に有効だとしても、【楼閣】を即座に崩せるほどではない。そのはずなのに、攻撃が止むころには、楼閣の半分がえぐられて、消えていた。
セリカは冷や汗を感じた。
これがすべて溶けていれば、今ごろセリカも無事では済まなかったはずだ。
セリカはもともと、パワー出力の総量は多くないのである。
「……なるほど、パワー型ですね」
「だから言いましたでしょう? どうしますの、向こうには魔石がありますのよ。次もまた撃ってきますわ、おそらく、こちらが倒れるまで、ほぼ無限に」
「そうですね。私が思うに、突破して直接本人を拘束するのが早そうではあるのですが……」
セリカは目を細めて巨大な城を見た。
イリスタリアの駐屯地は最後の牙城として建てられたものなので、さすがに頑丈にできている。どのぐらいで壊せるかなど、試そうと思ったこともないので見当がつかなかった
「魔石の量は? 向こうにはどの程度残っているのでしょうか」
「ほぼ残っておりますわ。あなたがあの駐屯地を離れてから、それほど消費しておりませんもの。九分九厘残存といったところかしら」
「そう……」
セリカは壮絶な消耗戦になることを覚悟した。
「なんとかするしかありませんね」
***
トルエノが放った魔力が崩れて消えたあと、セリカは中途半端に残っていた【楼閣】をさっさと消した。
残っている魔力を、トルエノのものもまとめて回収し、もう一度【楼閣】を打ち建てる。
そうして、トルエノの放つ【騎兵戦】を十連続の【楼閣】で防いだあと。
「化け物……!」
何度めか知れないリャマのつぶやきに、セリカはどんな顔をしたらいいのか分からずに、結果的に無視をする形になった。
悪気はなかったが、セリカには他に考えることがたくさんあったのだ。
「魔術師隊の消耗は?」
「ちょっと疲れが見えてきたね。まあ、休憩できれば回復するだろうけど、こうも立て続けではね。ところでハイスベルト君は?」
セリカが肩をすくめて知らないことをアピールすると、レゼクは「探してくる」と言い残し、後方に進んでいった。
「わたくしの【楼閣】も、まもなく完成いたしますわ」
「ありがとう」
リャマはちょっとむくれたように口をとがらせた。
「言っておきますけど、わたくしはこれでも早い方なんですからね!」
「ええ、助かります」
セリカは手を叩いて、周囲の注目を集めた。
「今から防衛はリャマ様に一任。私は攻撃用の協同魔術で一点突破を試み、内部に突入します。魔力を供出できる人は協力してください」
ホリーたちの呼びかけで隊列が組み直され、攻撃用の精霊術を撃つための特別チームが結成された。
「驚いた。君は魔術師隊に参加しないのかい?」
レゼクが一般の兵に紛れているハイスベルトを見つけ出し、嫌味を言うと、彼は心外だとでもいうように眉間にしわを寄せた。
「は!? なんで私が?」
「君、一応魔術師でしょ。この中で少しも消耗していないのは君だけだよ」
イリスタリア兵の疲れが色濃いことは、彼らの表情からも見て取れる。
むっつりと不機嫌に黙り込むハイスベルトに、レゼクは追い込みをかける。
「分かっていると思うけど、ここが落とせなければ君も死ぬよ?」
ハイスベルトはいやいやながら立ち上がった。
――この私をコマとして使うなんて……!
屈辱にまみれながら、セリカとレゼクだけは許しはしないと決意した。
***
聖女が戦場を変えると言われる理由。
それがこの協同魔術だ。
各隊員の魔力を集め、ひとつながりの大きな魔力に変換。精霊の手助けを借りて、大魔法を放つ。
セリカは供出させた魔力を、巨大な質量の石に変換した。
「……え? 何それ」
「石……?」
「なんでまた石を……?」
レゼクとリャマがなんだか口々に驚いているが、セリカは気にせず、精霊に最後のひと押しを願った。
「【投石機】」
ギリギリと巨大な歯車が回り、魔法の投石機が照準を合わせ始める。
「ほ、ほんとにただの石……?」
「そんなわけありませんわ。高密度の魔力塊ですわよ……やわな魔法は触れただけで全部潰れますわ」
うわあ……というつぶやき。
「ねえ、レゼク殿下、イリスタリアの聖女って何者ですの……?」
「考えるな、感じろだよ。とりあえず、見たままを言うと、ノータイムの詠唱で塔を林立させて、攻城兵器も撃てる便利人」
「無慈悲な戦闘力ね……【騎兵戦】で喜んでいたわたくしたちって何だったのかしら……」
「さあ、なんだろう。古代人かなぁ」
「古代人だって攻城兵器ぐらい打てましたわよ」
「じゃあ原始人だ」
セリカは横で聞き流しているのに耐えられなくなって、二人の方を見た。
「あの……そんなに驚くほどのことでしょうか?」
「馬鹿なこと言わないでよ。城を丸ごと消し飛ばすような魔法が連打できるのなら、この地上から魔物はとっくに消えてるって」
「そうですわそうですわ! あなた、自分がおかしいことをちゃんと自覚なさって!」
破壊力が高ければいいというものでもないとセリカは思ったが、レゼクとリャマが結託して責めてくるので、反論する気を失った。




