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精霊術


 トルエノは駐屯地を脱出する途中で、ピクリと身を震わせた。


 猫のように、あらぬ方向の天井を見つめるトルエノを不思議に思い、アクアフィーナは彼女の顔色を窺う。


「……来た。人間と……めんどり。それに、ルビーの精霊と……月の精霊」


 アクアフィーナにも、ルビーの精霊とは、おそらくリャマのことだろうと見当がついた。


 月の精霊とはいったい何なのだろうと思っていると、トルエノはもと来た道を戻りだした。


「あの精霊に聖地を保護されると厄介。罠をしかけましょう」


 ――聖地をすべて破壊された王国は、滅亡する。


 それでいいのかという不安が湧き起こったが、トルエノはまた心を読んだように微笑んだ。


「ひと泡吹かせてやるだけ。あの精霊は強い。勝てないと思ったら、すぐに逃げる。安心して」


 アクアフィーナはうつむく。トルエノの言葉は理解できても、やはり葛藤があった。


「あの王子も一緒に来る。あなたも、一発くらい殴ってやるべき」

「ハイスベルト様……」


 アクアフィーナは、自主的にトルエノの手伝いをすることにした。


***


 セリカたちが馬を進めている間に、駐屯地の結界は跡形もなく消失した。


「……間に合わなかったか」


 セリカは無言で馬に拍車をかけた。


 結界はまだ解けたばかりだ。アクアフィーナが無事である可能性もゼロとは言えない。


 駐屯地には誘蛾灯の役割を果たす大きな魔石が置いてあることもあり、行く手を阻む魔物も増えてきた。


 小さなものであれば行軍中に適宜先行の騎兵や魔術師たちによって倒されているが、熊を超える大きさのものとなるとなかなか手が出ないようで、立ち往生していた。


「露払いをします。できるだけ私の前方を空けてください」


 最前列に向かって急ぎながら、セリカは周囲に向かって呼びかけた。


「【招来】、銀の凶兆、鏡の献花。忍び寄り、命を攫え。【鎮魂歌】」


 広範囲用の精霊術で、しぶとく生き残っている魔物も含めてすべて無に帰す。


「……何ですの、その精霊術……」


 すぐそばに来ていたリャマが、ぶるりと身を震わせながらつぶやいた。


「便利ですよ。人に害を与えないのに、魔力だけをよすがに活動する魔物にはダメージが入るようで。雑魚と混戦しているときに使えます」

「いえ、そういう意味ではありませんわ。基本の属性のどれにも属さないような精霊術なんて、よく使えるわねと申し上げているのですが……」

「そう言われましても」


 セリカの知っている精霊術は留学中に学んだ基礎をのぞいて、ほとんど実戦で身につけたものだ。


「私の使う術はどこかおかしいのでしょうか……」

「いいじゃない、強ければ何でも」

「殿下は精霊術を知らないから気軽にそんなことが言えるのですわ。わたくしには無理。何百人分の魔力を束ねる立場で、正体不明の精霊術なんて使って暴走させたらと思うと恐ろしすぎますわ」

「暴走することなんてあるのですか?」


 セリカは純粋に疑問に思っただけなのだが、リャマはそう取らなかったらしい。


「……これが天才ってやつなのかしら? おお嫌だ。とってもいけ好かないですわぁ」


 リャマはそう言い捨てて、やさぐれたようにセリカの傍から離れていった。


「気にしないで。リャマは負けず嫌いなんだ。きっと君に後れを取ったのが悔しいんだよ」


 レゼクが慰めてくれたので、セリカはその通りにすることにした。


 残る魔物にも【鎮魂歌】を聞かせ、見える範囲の魔物すべてを消し去って、セリカは再び進軍を開始させた。


「……それにしてもとんでもないね。君さえいれば、総員無傷で戦闘が終わっちゃうじゃないか」

「一部効かない魔物もいるので、油断は禁物ですよ。……ほら」


 セリカが見つめる先で、新たな魔物が生まれようとしていた。


「この術は魔物を魔力に還元して消すことはできるのですが、強い魔物だと、こうして無傷でもう一度魔物として戻ってくるんです」

「へえ、不思議だね」


 セリカは会話を切り上げ、再び生まれた魔物に向けて、精霊を呼び寄せた。


「【招来】、禍つ水銀、霧咲きの花。天を溶かし地を貫け。【天女散花】」


 魔物の頭上から魔力そのものを溶かす雨を降らせてやると、その魔物は再生することなく消えていった。


「……あなた、普通の精霊術は使わないんですの?」


 いつの間にかリャマがまた近くまで馬を寄せていた。


「普通……というと?」

「だからあ! 普通、魔物と戦うのなら、集めた魔術を束ねてぶつけるのが基本の戦術となりますわよね!?」

「そうですね」


 セリカはうなずいた。そのくらいの常識は幼いころに留学先で習い覚えた。


「それなのにあなたときたら、さっきから単発で変な精霊術ばかり撃っているじゃありませんの! 何なんですの!?」

「そう言われましても……特に何も考えてはいなかったのですが、何か問題でも?」


 リャマは赤らめた顔を背ける。


「べ、別に、あなたがどんな風に基礎戦術を使うのか、見てみたいわけじゃないんですからね!」

「単発の魔術では破れそうになくなったら、そのときはご覧に入れますよ」


 セリカの露払いで、軍は駐屯地の目前まで迫った。


「……本来であれば、何層も結界が張られているはずなんですが」

「歩いて入場できそう……ですね」


 セリカが馬を降り、先陣を切って入ろうとした瞬間、あたりに淡く光る魔力が満ちた。


「! ――結界……再生……しました」


***


 トルエノは駐屯地の魔法陣に手を入れ、大結界を復活させた。


「ここに立てこもるの?」

「いいえ。あなたはそこで見ていて」


 トルエノはそう言って、駐屯地の機能を起動させる。


「まずは聖地を破壊させるわ」


***


「朗報ね。アクアフィーナ様はご無事だと判明したのだから」

「しかし、開城要請に一切反応ありません」


 精霊つきの聖女が大結界を張っている間は、要塞は誰も近づけない。そうなるように設計してあるのだ。


「アクアフィーナ様がこちらに気づいてくださればいいのだけれど」


 セリカはいくつか信号弾を撃ってみたが、結界が解かれる様子はなかった。


「少数精鋭で中に突入、でいかがでしょうか」

「いいけど、外で待たせている軍が鬼湧きの魔物に耐えられるかな?」

「二手に別れればいいではありませんか。ここはわたくしに任せて、セリカ様が――……」


 リャマが何らかの異変を感じ取ったように、大きく目を見開いて要塞を振り返った。


「セリカ様……」

「ええ」


 セリカもまた感じている。


「内部から攻撃反応! 迎撃用の精霊術です! 注意してください!」


 ホリーが叫び、周囲がその注意を隊列の後方に送る。


「何の魔法?」

「まだ解析しているわ」

「すごい魔力量……」


 いち早く反応したのはリャマだった。


「これ……まずいわ、【騎兵戦レイド】よ!」


 防衛用の精霊術の最高峰が、城に見立てた結界魔法の【一夜城】だとするのなら、対になる攻撃用精霊術の最高峰は【騎兵戦】だと言われている。


 その名の通り、大きな魔力の塊を隊列を組んだ騎馬兵のように撃ち出し、相対した魔物をすべて轢き殺して進む。


「アクアフィーナがひとりで撃てる精霊術じゃないだろう? 結界の維持で手いっぱいのはず」

「トルエノですわ! この禍々しい、人間とは思えないような魔力の塊……」

「防衛か迎撃は? セリカ、リャマ」

「無理ですわ! パワーおばけのトルエノが撃つ全方位型の轢殺魔術ですのよ!? しかも今は駐屯地にある巨大魔石のブーストつき! 結界ごと押しつぶされますわ、断言してよ!」

「どうする?」


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