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合流


「アクアフィーナ様。しばらく堪えてください。セリカ様が帰ってきてくだされば、きっと……」

「それって何日後? 三日? 一週間? 私にそれまで寝るなとでも!?」


 騎士団長はそれ以上なにも言わなかった。


 最敬礼を送り、アクアフィーナに背を向ける。


 人っ子ひとりいなくなった司令部で、アクアフィーナは呆けていた。


 魔物がこのイリスタリア駐屯地に攻め入ろうとしてくるのは、ここに餌となる大きな魔石があるからだ。


 元々、聖女がひとりしかいないため、効率的に魔物を集められるように、このような設計にしてあるという話だった。


 魔物の群れを突破して城塞の外に出るのは、一人だと難しいだろうが、全軍が固まって進むのなら何とかなる。


 アクアフィーナは見捨てられた精神的なショックでしばらく結界も張らずに呆然としていたが、やがてビクリと体を震わせた。


 結界の消失した城壁を、魔物がよじ登ってくるのが魔術で知覚できたのだ。


 アクアフィーナは恐慌状態になって、それらの敵をすべてはじき返した。


 敵を注意深く城塞の中から取り除き、再び結界をセットする。


 一匹でも侵入してきたら、終わりだ。


 アクアフィーナには、続ける以外の選択肢なんてない。


***


 セリカは言葉を失って、しばし立ち尽くした。


 食料を調達しようと、次に目指した村も、黒焦げになって消失していたのだ。


 ――どうしてこんなことに。


 歯を食いしばり、気力を奮い立たせて次の村に行くと、大混乱が起きていた。


 人々が家財道具を手に、あちこちに逃げ惑っている。


 飛び込んでいこうとするセリカを、女性の大声が引き留めた。


「あんた、逃げないと殺されちまうよ!」

「何が起きているんですか?」

「魔物が大量発生してるんだよ!」

「隣町もやられちまった」


 セリカはぎゅっと胸の前でこぶしを握る。


「ほら、あの赤い旗が見えるかい? あそこにイリスタリア軍が来ているらしいから、あんたも早く合流するんだよ。守ってもらえるらしいからね!」


 セリカは懐かしい軍旗を見つけて、泣き出したいような焦燥感にかられた。


 イリスタリアの軍はどうしてしまったというのか。ホリー。それに、他のみんなはどうしているだろう。


 何かよくないことが起きているのは確実だ。イリスタリア軍と合流できれば、おのずとセリカがどうすべきかも分かるだろう。


 セリカは礼を言って、馬を飛ばした。


 ほどなくして、馬に乗った軍服の兵士を発見する。


「止まれ! この先は通行止めだ!」

「通してください! 私はセリカ・リューテナント。軍の責任者に会わせていただきたい!」


 イリスタリア軍の伝令兵は、セリカの顔を見知っていたようだ。


 彼女の顔を馬上から検めて、慌てたように馬から飛び降りた。


「ああ――お探ししておりました、われらが大聖女様!」


***


 セリカは青空の下、えらそうに一人だけ床几に腰かけるハイスベルトに謁見した。


 騎士団長からこれまでの経緯を簡単に聞かされる。


 イリスタリアの王都を含む主要四都市は魔物による打撃で壊滅的なダメージを受け、活動停止。


 イリスタリア軍は末端兵こそ無事であるものの、戦闘可能な聖女が不在で事実上の機能停止。


 リャマとホリーは重傷。

 トルエノは行方不明。

 騎士団は半壊。


 さらにアクアフィーナは防衛戦の捨て石で戦死の見込みと聞いて、セリカは全身が冷たくなるような恐怖に見舞われた。


「リンテは!? あの子はどこ!?」


 思わずケイドにすがりついてしまう。


 妹は確かにトルエノと一緒だったのだ。


「妹君も重傷を負っておられますが、意識はしっかりとなさっておられます」


 セリカはほっとするあまり、その場にへたりこみそうになった。


 不眠不休で馬を飛ばしてきた疲労がどっとのしかかり、急に眠気が湧いてきたが、まだ休んでいる場合ではない。


「分かりました。まずは重傷者の治療から行いましょう」

「ありがとうございます。セリカ様は我らの救世主です」


 めったに口をきかないケイドが大げさなことを言うので、セリカはそっと肩を叩いた。


 彼もこの騒動が相当精神に堪えているのだろう。


「大丈夫。誰も死なせはしないわ。……アクアフィーナ様も」


 遠くにそびえるイリスタリアの駐屯地に視線をやる。


 結界は健在だった。ということは、逆説的にアクアフィーナもまだ生きているということになる。


 セリカはいまいましい気持ちでハイスベルトを見た。


「……アクアフィーナ様だけを残しての撤退命令は最悪だったけれど、重傷を負った騎士団員を見捨てずにここまで引っ張ってきてくれたことだけは感謝します」


 セリカはなるべく丁寧に礼を言ったつもりだったが、思いのほか辛辣な声が出た。


「お前なら治せるはずだと知っていたからね」


 悪びれもしないハイスベルトの態度に、カチンとくる。


「……アクアフィーナ様もお連れしていただきたかったです。これではまるで生け贄じゃない」

「それが聖女の仕事だろう」


 限界だった。


 ここまで休みなしで駆け付け、途中で凄惨な魔物被害の爪痕を見てきただけに、セリカの自制心も脆くなっていた。


 セリカは遠慮なく手を振り上げ、ハイスベルトの頬を平手打ちにした。


 衝撃でハイスベルトが椅子から転げ落ち、うめき声を上げる。


「今はあなたの責任をとやかく言っている場合でもないわ。後で覚えていなさい」

「覚悟するのはお前の方だ……」


 小声でつぶやくハイスベルトを、セリカは正面きってにらみつけた。


 ハイスベルトは短気だから、ここまでされて黙っているわけがない。


 当然、反撃があるだろうと思っていたし、それをひねりあげてもっと痛めつけてやりたいとさえ思っていた。


 が、意外にも彼は、はは、と情けない笑い声で媚びてきた。


「今はよそう。協力しあって、魔物を殲滅しようじゃないか」


 セリカは小さく息を吐き、「そうですね」とだけ答え、重傷患者のいる野営に向かった。


 セリカは重傷患者の多さを考え、いつもよりも丁寧に願うことにした。


「湖映の君に伏して奉る。渇きの鹿に命の恵みを」


 患者たちが徐々に目を覚まし始めたのは、セリカが精霊に祈願を始めてからおよそ一時間ほど経ったあとだった。


 うっすらと妹が目を開けたとき、セリカはつい彼女の腕をきつく握りしめてしまった。


「リンテ! リンテ……! よかった、あなたが無事で……!」

「ぁ……お姉様……」


 病床で死相もまださめやらぬ顔で、それでもリンテは健気に微笑んでくれた。


「え、へへ……ごめんなさい、お手紙、出しそびれちゃいました……」

「いいのよ、もう……何も心配しないで。少しお休みなさい。起きたら動けるようになるはずだわ」


 額を撫でてやると、リンテは素直に目を閉じた。


「セ、セリカ様ぁ!?」


 次に跳ね起きたのはホリーだった。


「え、うそ、夢みたい……」

「どうやら、イリスタリアの大聖女に助けられたようですわね」


 リャマも、ツンと澄ました声を出しながらも、ちょっと恥ずかしそうにむくりと起きた。


「お加減はいかがですか? あなたたちがこうも簡単にやられるなんて、一体何が……」

「……っ! そうだ、トルエノが……!」


 興奮した様子のリャマが、これまでのことを話し始める。


 セリカは事前にホリーの目を通して一部見ていたとはいえ、実際に聞くと落胆が大きかった。


「そう、彼女が突然襲ってきたのね……」


 目的は分からないが、これで敵ははっきりした。


「急ぎましょう。要塞では、アクアフィーナ様がたった一人で大結界を守っているそうです。まだ消えていないということは、生きているはず。助けてあげないと」


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