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王国滅亡


***


 トルエノは床に転がしたリャマを見つめ、迷っていた。


 リャマはアクアフィーナの親友だ。『他人』ではない。しかも、口封じをしようにも、精霊持ちの少女に手を出せば、トルエノにも悪影響が出る。


 連れ去るという選択肢はない。【魅了】もなしに言うことを聞かせるのは至難の業だ。


 しかし、トルエノがここにいることも知られてしまった。


 殺そうか、連れ去ろうか。


 迷っている間にも、騎士たちが追ってきている。


 ――逃げよう。


 トルエノがここで無理をして戦う必要はない。


 トルエノの目的は、もっと別のところにあるのだ。


 あとは、どこかに身を隠していても、いずれ目的は達成される。


 二匹のめんどりは置いていくことにした。


***


「いました! リャマ様です!」


 騎士団員たちの声でリャマは目が覚めた。


 身を起こそうとして、痛みにまた気絶しかける。


 深手を負っていて、動けそうにない。


「奥にホリー隊員と、民間人と思われる少女もいます!」

「ホリーさん、ご無事ですか? ホリーさん?」


 寝っ転がって動けないリャマに、ホリーの声だけが届く。


「ええ……魔物に襲われて……トルエノさんが連れ去られてしまったんです」


 ――トルエノ。


 リャマは痛みを無視して、がばりと立ち上がった。


「そのトルエノがわたくしに襲いかかってきたのですわ! ホリーさん、あなたそのときどちらにいらして? 元はと言えばあなたがなかなか戻ってこないから――」


 文句をつけつつ、ホリーに詰め寄るリャマが、途中で言葉を失った。


 彼女が見れば一発で分かる。


 ホリーには何らかの細工が仕掛けられていた。


「何よ、こんなもの!」


 怒りに任せてこざかしい【魅了】の術を打ち破り、ホリーにはっぱをかける。


「起きなさい! どうなっていますの? トルエノはどちらに?」


 ホリーは目をぱちぱちさせた。今起きたばかりのように、寝ぼけた声を上げる。


「あれ……リャマさん? 私……痛い!」


 彼女が急に足を抑えてうずくまった。あたかも、怪我を負っていたことに今ごろ気づいたかのように。


「トルエノの仕業ですのね?」


 確信をもってリャマが問いかけると、ホリーはうなずいた。


「呼びかけたら、急に襲われて……」

「こっちの女の子は?」

「セリカ様の妹さんだったと思います」


 イリスタリアの大聖女か、と口の中でつぶやきつつ、リャマが女の子の魅了を解くと、彼女はのんびりした動作で首を振り、固まった。


「あれ……? 私、お母さまに郵便を届けに……」

「リンテさん、ですよね。一緒に来ていただけますか」

「ホリーさん……」


 やがてリンテは、しっかりした表情になった。


「私、もしかして、操られてました? ところどころ、少しだけ記憶が残ってます」

「おそらく。黒いドレスの女の子の行先に心当たりはない?」

「……ありません」


 首を振るリンテに、ホリーは「もう大丈夫よ」と声をかけ、いたわるように二の腕に触れた。


 ホリーはその場にいる全員に聞こえるように、声を張り上げる。


「戻りましょう。アクアフィーナ様と、作戦を立て直さないと――」

「その必要はないわ」


 ふいに聞こえた声がトルエノのものだと察した瞬間、リャマはさっとあたりの魔力を探査して、悲鳴を上げた。


「伏せて!」


 トルエノがしかけていた罠用の術が作動して、リャマたちがいた小屋の支柱が切り落とされ、屋根や壁がまとめて降ってきた。


「きゃああああっ!」


 速度重視で組み上げたリャマの結界はすぐに打ち破られ、建材で背中や頭をめちゃくちゃに打ち付けられる。


 ――みんなを……守らないと……


***


 セリカは夜を徹して進み、駐屯地のほど近くまで来ていた。


 通り過ぎる予定の街のそばにさしかかり、セリカは異変に気づいた。


 黒煙が上がっている。

 何もない平原から。


 ――変ね。


 セリカの勘違いでなければ、あの小高い丘には、遠くからでも確認できる高い聖堂の塔が建っていなかっただろうか。


 セリカは胸騒ぎを抑えられず、街に立ち寄ることにした。


 街の全容が見えてくるにつれ、馬の速度を嫌でも早めてしまう。


 街は、黒焦げの瓦礫の山と化していた。


 近くにいた男を捕まえ、問いただす。


「魔物がやってきて暴れたんだとよ」


 セリカはズキリと胸が痛んだ。


 ――とうとう、起こってしまったのね。


 誰も魔物の手にかかって命を落としてほしくないと願っていた。無理だとは分かっていても、セリカはそのためにずっと大聖女をやっていたのだ。


 もしもまだ自分が軍にいれば、少しは何かの力になれただろうかと思うと、慙愧の念に堪えない。


「お嬢さん、食料は持ってないかい? 数日前から王都方面からの商人がぱったり途絶えてねぇ。連絡を取ろうにも、どこもかしこも魔物の群れで動けやしない」

「何が起こってるんですか?」

「言い伝えの【王国滅亡】ってやつだろうさ」


 この世界の国王は、神から贈られたとされるいくつかの特殊な魔法を使用できる。


 その魔法は王冠に紐づけられているが、その王冠が魔物の手に渡ったとき、王国は【滅亡】したと認定されるのだ。


 王冠の力で高位の魔物を大量に呼びこまれ、人類が踏み入れることのできない不毛の地と化すのである。


「王に何かあったのですか?」

「そんなもんは知らねえよ。でも、これだけの魔物が蠢いてるんだから、どうなってても不思議じゃない」


 セリカは行軍の途中で手に入れた乾パンのビスケットをいくつか渡し、男と別れた。


 一刻も早く妹を見つけ出さなければと気ばかりが焦る。反面、どうしてもこの街を見捨てることができなかった。


「【招来】、顕現せよ、【一夜城】」


 焼け落ちた城門付近を選び、要塞を生み出す。


 何事かと泡を食って出てきた衛兵に、セリカは丁寧に身分を明かした。


「元イリスタリア軍のセリカです。結界を張りました。これで魔物の侵入はしばらく防げるはずです」

「あああ、あなた、どうしてこんなところに……い、いや! 頼みます、助けてください! まだ付近には魔物が大量にいて……!」


 手を貸したいのはやまやまだったが、セリカは妹を見つけなければならない。


「すみません、急ぎますので」


 セリカは後ろ髪を引かれる思いでその場をあとにした。


***


 トルエノは奇襲の成功を確認して、なかなかの上首尾だと自己評価した。


 不意打ちであの場にいた人員のほとんどを無力化してやったのだ。思いつきにしてはよくやった方だろう。


 リャマも死んではいない。しかし、瓦礫を掘り起こし、メンバー全員を助け出して治療するには、しばらく時間がかかるだろう。


 その間に、トルエノは絶対に見つからない場所まで逃げてきていた。


 ――わたしの勝ち。


 トルエノが王国中にばらまいた【異界の門】と魔石の餌のおかげで、魔物は順調に増えている。


 パーティに来ていた貴族たちに、隙を見て【魅了】をかけ、できるだけ【聖地】のそばに魔石を山積みするよう洗脳したのだ。


 めんどりを捨てなければならなかったのは心残りだったが、王国が滅亡すれば、きっと好きなだけ食べ放題だ。


 食べて、食べて、食べつくしたら、また違う王国に行こう。


 けれど――


 トルエノが見守る先に、イリスタリア軍の駐屯地がある。


 唯一の心残りは、アクアフィーナだった。


 魔物には本来、他者を気にかける『心』はない。あるとしたら、なんらかの偶然で『心』のようなものを得たときだけだ。


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