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乱入


 トルエノはそわそわしていた。


 捕獲のときに、めんどりに大きなけがを負わせてしまったので、治してから食べようと思っていた。


 でも、もうずっとめんどりを食べていない。


 おなかがすいた。


 艶やかで美しいめんどりを見ているうちに、トルエノはたまらなくなってきた。つい自分のベッドサイドに招き寄せて、美しい髪に触れたり、甘い肌の香りをかいだりする。


 ああ――もう我慢できない。食べてしまおう。


「トルエノさん! 招集です、緊急です! 今度は駐屯地の付近で魔物が暴れ始めて――」


 トルエノが化け物のように大きく口を開けた瞬間、血相を変えてまくしたてながらホリーが入ってきた。


 なんとか『人の形』に戻ることができたが、ホリーはトルエノの隣にいるめんどりに釘付けになった。


「この子は……?」


 ホリーが、ハッと何かを思い出したように、こちらに駆け寄ってくる。


「リンテさん!? どうしてこんなところに!?」


 止まれ、などと命令する暇もなかった。


 ホリーは腕にめんどりをかばいながら、こちらをにらんでいる。


「……トルエノさん?」


 トルエノには人の気持ちが分からない。


 それでも、数多の精霊術を使い、人の心の動きを形だけ空覚えした経験から、察した。


 ホリーは今、怪しんでいる。


「怪我をしていたから」

「では聖女隊で預かります。リンテさん、こちらに」


 ホリーが声をかけても、めんどりは静かにうっすらとほほ笑むだけ。その異常をきたした瞳の色を見て、ホリーが息を呑む。


 ホリーが濃厚な不信感と敵意を向けてきたのを察知して、トルエノは危機感に煽られ、ホリーに向かって鋭く固めた魔力の刃を突き立てた。


 血しぶきが飛ぶ。ホリーが倒れていく。


***


 セリカは夢を見ていた。


 初めて戦ったときのこと。


 その魔物は明らかに人間の倒し方を学習していた。


 急所を狙い、的確に繰り出される人外の腕。


 セリカは周囲の障害物を盾にしながら、無様に逃げ回っていた。


 あれに貫かれたら、おしまい。


 身を守るための体術は色々と教え込まれていたし、それなりに優秀な成績だったとも自負している。


 でも、実際の戦闘は、訓練なんかとまるで違っていた。


 ――怖い。


 逃げてばかりでは攻撃に回ることなどできない。


 分かっていても、本能が叫ぶのだ。


 逃げろ。


 逃げろ。


 あれに捕まったらおしまいだ。


 身が焼けつくような恐怖があった。視点が勝手に細かく揺れて、うまく定まらない。


 視界の端で、誰かがまた凶刃に倒れていった。


 顔見知りの少年だと気づいたとき、急に頭の芯が冷えた。


 彼を見殺しにしたのは誰?


 ――私だ。


 この中で唯一の聖女は誰?


 ――私なんだ。


 優れた騎士や魔術師は魔物との戦闘に欠かせないが、聖女は戦場そのものを変えることができる。


 それは、聖女の使役する精霊術が、本質的に『つながる』ためのものだからだ。


 個々の魔術を『つなぎ』合わせ、より大きな、必殺の魔術へと変換する。


 そこに突然、鋭い少女の悲鳴が響き渡った。


「きゃあああああ!」


 夢の中の叫び声で、セリカはハッと目を覚ました。


 ――今の声は……


 ホリーだ。イリスタリア軍でずっとセリカの補佐をしてくれていた。


 ――まさか、ホリーに何かあったの?


 セリカには、ときどき予知のような閃きが働くことがあった。


 これはおそらく、精霊を使役している余波なのだろう。


 どうしてもホリーの様子が気になったセリカは、ふとあることを思いついた。


 ――今は満月。私の精霊が最大の力を発揮するとき……


 この力を使えば、遠隔地にいるホリーにも何らかのコンタクトが取れるかもしれない。


 父親に試した、精神に干渉する魅了の術。


 あの術式を応用すれば、ホリーと『つながる』こともできるのではないか。


 セリカは【招来】を行い、精霊に呼びかけた。


「銀の比翼、星の引き網、月照に惹かれた潮汐のごとく、依り代となせ」


 目を閉じたセリカに、まったく別の光景が次第に見えてきた。


 横たわって、地面を見ている。


 先ほどの叫びはきっとホリーが倒れるときのものだったのだろう。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、真っ黒なドレスの裾。


 かたわらに立っている少女の足首にぎょっとし、ゆっくりと首を巡らせて、正体を確かめる。


 ――リンテ!


 叫びたかったのに、声は出なかった。


 ――なぜリンテがここに?


 疑問に思うセリカに向かって、ドレス姿の少女がふいに殺気を放った。


 ――危ない!


 セリカが鎌状の魔力を打ち払ったとたん、リンクは途切れた。


 何も見えなくなり、セリカ本来の感覚が戻ってくる。


 ――まずいわ、助けないと!


 再びホリーに『つなげ』ようと、セリカは精霊に念を送ったが、いくら言霊をぶつけても、先ほどのようにつながることは二度となかった。


 ホリーはどうなったのだろう。妹は。


 今こうしてセリカが寝ている間にも、危険な目に晒されているかもしれない。


 ――急がなくては……!


 セリカは跳び起きて、馬に再びまたがった。


 疲れ切った馬が拒絶しようとしたが、無理やり手綱を引き、知る限りの癒しの魔術をかけて、走らせた。


***


 トルエノは自分の攻撃が弾かれたことに動揺していた。


 ――今のは精霊の……


 おかしい。このめんどりは、保護者のいないめんどりだったはず。


 それとも、この一瞬で精霊の保護を得たのだろうか?


 一瞬触れただけだったが、強大な力を持っていることは窺えた。


 トルエノは判断に迷い――


 結局、殺すのはやめることにした。


 ホリーはアクアフィーナの『他人』ではないし、それに、精霊の加護つきのめんどりを食べると、トルエノもまずいことになる。


 おそらく、精霊たちはトルエノを許しはしないだろう。一致団結して、何らかの策を講じてくる可能性がある。


 トルエノは床に転がっているめんどりを、足の先でちょんちょんとつついた。


 気を失っているように見える。


 しゃがみ込み、まぶたを開けて、【魅了】を試した。


 どうか効いて欲しいと思いながら。


 幸いにして、ホリーは【魅了】の術の耐性訓練をそれほど受けていなかったらしい。運よく彼女を虜にすることができた。


 ホッとしながら、この後をどうしようかと思案する。


 トルエノが使える【魅了】の術は非常に単純で、心得のある聖女から見たらすぐに術中にあると分かる程度のものだ。


 おそらくアクアフィーナたちはすぐに【解呪】を試みるだろう。


 どうする――?


「こっち」


 トルエノはホリーとめんどりの手を引いて、森の中に隠れることにした。


 自分で手を下すのがまずいなら、他の魔物に襲わせればいいのだと気づいたのだ。


 現状、この周辺には魔物がたくさん出没している。


 トルエノがそのように誘導した。【異界の門】を開いて、餌となる魔石をばらまいたのだ。


 近くの魔物を呼び寄せて、このめんどりたちを始末させればいい。


***


「トルエノはまだ来ませんの!?」


 連絡係の少女に怒鳴りつけて、リャマはヤケクソ気味の魔術を魔物にぶつけた。


「私たち、朝からずっと戦ってるのに――」

「本当に何やってるの、あの子!?」

「ホリーさんが迎えに行っていますが、応答ないまま二時間経過しました……」


 リャマは魔術をすべて消すと、建物の外に歩いていく。


「もう結構よ、わたくしが行きます!」


 慌てたのはアクアフィーナだ。


「ちょっと待ってよ、一人じゃ無理だって……!」

「【前衛アルガラ】と【後衛ザガ】は展開中止、【一夜城】の結界を中心にして耐えていて!」

「……できるだけ早く戻ってきてよ!?」


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