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解呪

「その通りよ、リンテ」


 セリカはリンテから渡された資料を読み込みながら、その正確さに驚いていた。


 使用したことのない術を、理論だけでここまで理解したのなら、とんでもないことだ。


「……あなたには才能があるわね」

「お姉様ほどではありません」


 セリカは【魅了】の術を用いたことはない。

 それは普段扱っている術と分野が違いすぎるせいもある。


 それ以上に、【魅了】の術は禁忌とされて、研究そのものを禁じられてきたのだ。


 世間から秘匿されているはずの術なのに、リンテのノートにはかなりの研究結果が転載されている。聖女の経験があるセリカには、つなぎ合わせていけば、全体像が見えてきそうだ。


 セリカは心配になって、リンテを見た。


「この研究を、いったいどこで?」

「はい。お母様が」

「母上が!?」


 セリカはあとでよくよく母親に聴取しようと思いつつ、紙束のファイルに集中しようとした。


 乱暴なノックとともに、部屋になだれ込んでくる人物がいた。


「セリカ、来なさい!」


 銅鑼声を張り上げたのは父親だ。


「お前、こともあろうにハイスベルト殿下に向かって『あなたさえいなくなればずっとこの国はよくなる』と言ったそうじゃないか!」

「まさか」


 まったく身に覚えがないので困惑していると、後ろから慌てた様子のレゼクが入ってきた。


「ペッリさん、落ち着いてください。それを言ったのはハイスベルトくんです。ハイスベルトくんがセリカに向かってそう言ったんですよ」


 しかし父親は聞いてなどいない風に、セリカに怒鳴り続ける。


「しかもお前、王子殿下というものがありながら浮気をして、『五年も我慢して付き合ったけどダメだった』と言ったそうじゃないか!」

「それは……それを言ったのは王子殿下です!」


 どういうことかと問うような視線をレゼクに投げれば、彼は頭を抱えるようなしぐさをした。


「説得しようとしたんだ。ハイスベルトくんのやったことを教えてあげれば、目も覚めるかと思ってね。

驚いたよ。まったく聞く耳持たずにセリカが悪いと言い張ったあと、しばらくしたらハイスベルトくんがしたことをセリカがやったと信じ込んでしまったんだ」


 そばにいたリンテが手を打って立ち上がる。


「テキストで学んだ通りの症状ですね」


 レゼクはリンテをうさんくさそうにちらりと見てから、セリカにまた視線を戻した。


「どう? 君には理解できる? 似た者同士の君には何か思うところあるんじゃないかと思って」

「いえ……」


 今度ばかりはセリカも認めざるを得なかった。


「……まったく理解できそうにありません」

「だろう? めちゃくちゃだ。なんらかの方法で混乱させられているとしか思えない」

「【魅了】の術の【解呪】を試してみましょう」


 セリカは父親に歩み寄ろうとしたが、抜刀しようとする彼に阻まれてしまった。


「父上、ここにはリンテもいます。危険ですから、武器はやめましょう。私も武器は持っていませんから。ほら」


 リンテから借りたパジャマを着ているセリカは、何も持っていない。


「ええい、うるさい! お前が、お前が悪いのだぞ!」

「おっしゃるとおりです。罰をお与えになるのであれば、私は喜んで足元にひざまずきます」


 セリカはまっすぐ近寄っていって、徒手空拳で床に膝を突いた。


 とたんに蹴りが降ってきて、かばった両手にヒットする。


 痛くないわけではないが、致命傷にはほど遠い。


 セリカは蹴られながら、そろりそろりと後ろから近寄ってきているレゼクを待った。


「貴様、何をする!」


 後ろから両手をひねりあげ、拘束するレゼクに、父親がもがいて怒声を浴びせる。


「父上、申し訳ありません」


 セリカもタイミングを合わせて立ち上がり、父親の両足から靴と靴下を抜き取ると、彼の靴紐を使って素足の親指同士をぐるぐるに縛りあげた。


「へえ、手慣れてるねえ」


 レゼクが感心したような声を上げているが、構っている場合ではない。


「父上はあちらの椅子に。少し時間がかかるかもしれないので」

「了解」


 二人がかりで木枠の背もたれがある椅子に座らせ、手近な品を使って縛り上げる。


「おのれ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」


 父は元気よく罵声を上げている。レゼクやリンテは目に入っていない様子だ。


 【魅了】の術は初めてなので、セリカは緊張してきた。それもただかけるだけではなく、人のかけた術式に触れて、解かないといけないのだ。うまく行くかどうか。


 セリカは目をよく凝らして、父親の顔を見てみた。


 魔力の流れを見つめる。外側からではよく分からないが、ともあれ父親固有の魔力に、うっすらと違う色がまざっているのが見える。


 セリカは父親の額に触れた。


 少しずつ手をずらして、まんべんなく頭の付近の魔力の流れを感じ取ろうとする。


 やはり、外側からでは分かりそうもない。


 精霊を呼んだ方が早そうだと判断して、セリカは召喚の魔法を唱えることにした。


【招来】


 精霊が降臨し、セリカの魔力が父親のそれにつながった。


 初めて覗き見る、人の精神。


 セリカはすぐに異物のような魔力の塊を見つけた。

 吸い取り、綺麗に取り除く。


 作業はあっけないほど簡単に終わった。


「これで終わり……のはず」


 父親はぴたりと騒がなくなっていた。


「父上、気分はいかがですか?」


 セリカの問いに、彼はゆっくりと頭を振りながら、目を瞬かせた。


「あ、ああ……急に頭がすっきりした。なんだこれは」

「おそらく父上は、なんらかの術にかけられていたものと思われます」

「なるほど……そうかもしれない。これまでずっと頭が圧迫されるような感覚があった」

「いつからですか?」

「はて……先月、パーティでハイスベルト殿下と、新しい三人の聖女にお会いして以来だろうか……あのときから記憶がはっきりしなくなって……」


 レゼクが急に険しい顔つきになった。


「……アクアフィーナの仕業か」

「確定ではありませんが、聞いてみる価値はありそうですね」


 セリカは父親の拘束を解き、身体に異常はないか聞いた。言葉少なに受け答えをする彼にはもう、以前のような、セリカに対するむきだしの憎悪が感じられない。


「セリカ……」


 父に呼ばれ、セリカが振り向くと、彼は別人のように穏やかな顔で、こう言った。


「よく戻ってきてくれた」


 セリカはそのとき初めて、昔の優しかった父がもどってきたことを実感して、涙が出そうになった。


***


 改めて現状の報告をし、父と意見を交換し終わるころには、すっかり一日が潰れていた。


 ひとまず母親を領地に呼び戻すためにリンテに動いてもらい、レゼクとセリカと三人で、ライネスへの移民を検討する。


「では、ひとまず一家そろって私の宮殿にお招きする――ということで」


 レゼクがこれまでの経過をまとめて、言う。


「セリカさんとの婚約も了承していただけるということで間違いないですか?」

「はい。どうぞセリカをよろしくお願いします」


 頭を下げる父とは逆に、セリカは身を乗り出した。


 そのことをすっかり忘れていた。


「殿下、そのことで少しお話が。あとで二人で話せますか?」

「え……うん、もちろんいいけど」


 何事かと探るように見てくるレゼク。


 安心させるつもりで、セリカは少しかしこまった敬礼をした。


「婚約の成否にかかわらず、私はこれからあなたの軍属となって、できる限りの力を尽くすつもりです」


 レゼクはうれしそうに吹き出した。


「かっこいいねぇ」

「からかわないでください」


 セリカはあらかたの方針が定まって、肩から荷が下りたように感じた。


 ひとまず、実家をライネスに移せるのなら、セリカが抱えていた当面の問題はすべて片付いたことになる。


 ――すべてレゼク殿下のおかげね。


 よくよくお礼を言わねばならないだろう。のちの二人きりの話し合いのときにでも話題を持ち出そうと、セリカはひとまず保留にすることにした。


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