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夜更けに(3/3)


 妹を侮辱されたセリカが眉をひそめてレゼクを見る。


 レゼクはどこ吹く風で、にっこり笑ってセリカを見返してきた。


 そのまま、頬にキスをする。


「おやすみ」


 レゼクが扉を閉めて出ていった瞬間、リンテがきゃーっと歓声を上げた。


「お姉様、お姉様、今のって! 羨ましいなぁ、ラブラブなんですね!」

「違うわよ」


 不機嫌に否定するセリカ。


 妹を疑い、勝手にキスまでしていったレゼクに、セリカは少し腹を立てていた。


「えっ……でも、レゼク殿下は、お姉様と婚約するためにいらっしゃったんですよね?」

「いろいろ事情があって。そもそも、出会って数日で婚約を申し込まれたのよ。浅い会話しかしてないわ。だからまだお互いのことを何も知らないの」

「何も話していなくても、ひと目で好きになってしまうことだってありますよね?」

「知らない人のことは好きになれないわ」


 セリカの念頭にあったのは、元婚約者のハイスベルトだ。


「一見いい人に見えても、中身を知るほどに失望することだってあるもの。……ねえ、これ使ってもいい?」

「どうぞどうぞ。新しい歯ブラシもありますよ」


 リンテに借りた道具を使い、寝る支度を整える。


 クリームを使って化粧を落とす姿を、リンテが興味深そうに見つめている。観察されているような気分になったのは、あながち思い込みではないのだろう。


「お姉様はひと目惚れを信じないタイプなんですね」

「殿下もまだ手さぐりの状態だと思うわ。よくある口説き文句のようなことはおっしゃるけど、あまり本気のようには見えない……というより、私は彼がちょっと心配なの」


 空中に魔法を使って水の球を浮かべ、一通り口をゆすぐと、汚水を捨てた。


 すっきりしたところでベッドに横になると、リンテが隣から顔をのぞきこんできた。


「心配って、どういうことですか?」

「あちらの聖女に【魅了】の術を使われたことを引きずってるのよ。心が弱っているから、たまたま私がよく見えたのかもしれないし、すがれる相手のように感じたのかもしれないわ」


 セリカがアクアフィーナとは違うタイプの聖女であることは明らかだが、それが即女性としての魅力に映るのかと言われたら、少し違うような気がする。


 おそらく普通の人はアクアフィーナの方が可愛らしいと感じるのだろうし、そうだとするとレゼクの言動は不自然だ。


「まだ大きな決断はするべきではないように感じたの。だから、もう少し時間を置くつもり。彼がされたことを気にしなくなったとき、改めてプロポーズしてくれるなら受けるわ」


 そもそもセリカは結婚相手を選ぶつもりがない。


 選んでくれる相手がその相手だ。


「でも、そのときにはもう、私のような女には魅力を感じなくなってるかもしれないけどね」


 セリカは妥当なことを述べたつもりだったが、リンテはあまり納得がいっていなさそうだった。


「……私は、殿下はすごく見る目があるんだと思うんです。だってお姉様が男性だったら、絶対に私と付き合ってもらうもの!」

「ふふ、ありがとう、リンテ。あなたは可愛らしいから、私なんかよりもっと素敵な男性が現れるわよ」


 薄暗闇で光る妹の美しい青い目を見ていたら、ふと別のことが頭に思い浮かんだ。


「あなたはどう? 彼のことを魅力的だと思う?」

「はい。いい人そうだなって思います」

「やっぱりあなたもそう思う?」


 レゼクはモテるのだろうと思っていたが、リンテから見てもそう見えるかもしれないことは完全に失念していた。


 ここははっきり聞いておくべきだろう。


「彼、自分が妹さんと婚約するのでもいいけど、早死にする軍人だから、不幸にしたくないっておっしゃっていたわ。あなたはどう思う?」

「え? 私……ですか?」

「そう、あなたの意見を何より聞きたいのよ、リンテ。私はあなたを幸せにするために帰ってきたの。あなたがレゼク殿下を好きだというのなら、彼との婚約でもいいわ。それとも、もう別に好きな人がいる?」

「いえ、別に……え、待ってください」


 リンテがぴょこんと起きて、枕元のランプをつけ直した。


「確かに素敵な人だと思いますけど、それはお姉様のことを大事にしてくれそうだなって思ったからそう感じたんですよ。もしも簡単に私に乗り換えるようなら、全然素敵じゃなくなっちゃいます」


 真剣に拳を握って言うリンテは、少女らしい甘えるような声もあいまって、抱きしめてあげたい気持ちが胸に迫るほど可愛らしかった。


「ねえ、リンテ。私がライネス王国に行けば、あなたの身分は保証してあげられると思う。結婚相手だってレゼク殿下を頼ればきっといい相手が見つかるわ。慣れない環境で苦労させてしまうと思うけど、一緒に来てくれる?」


 セリカの問いに、リンテは、にへらっと笑い崩れた。


「うふふふふふ。やだ、もう、お姉様ったら」


 嬉しそうに笑いながら、リンテが冗談交じりに言う。


「なんだか、お姉様にプロポーズされてるみたい」


 リンテがあんまりにもニヤケているので、セリカは、『そんなに変なことを言ってしまったかしら』と後悔した。


「あーあ。お姉様が男の方だったらよかったのにな」


 リンテはランプを消すと、再びころんと横になった。


「あ、もちろん、私はお姉様とご一緒に参ります」

「! ……そう、よかった」

「それと、私はまだ誰とも婚約したくありません」

「……そうね。ともあれ、好きな人を見つけるのが一番だわ」

「はい」


 にこにこしている妹と二、三会話を交わしているうちに、セリカは眠気に勝てなくなった。


 リンテを連れて、ライネスに行く。


 父と母も一緒に連れていければさらにいい。


 そんなことを夢見ながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


***


 セリカは何か作業をしているらしき物音で目覚めた。


 見ればリンテがすでに起き出して、朝日の中で紙の束を整理している。


「起こしてしまいましたか? ごめんなさい。お姉様に、これをお渡ししたくて」


 リンテは紙束をバインダーに挟んで、セリカのベッドサイドまで持ってきた。


「私なりにまとめた、【魅了】の術の研究ノートです。お父様の症状から、関係がありそうなものを拾い上げました。精霊がいない私には実践が難しそうなのですが、お姉様なら……」


 セリカは何ページかめくってみて、驚いた。


「……すごいわね。聖女の経験がなくても、ここまで書けるものなのかしら」

「精霊術と魔術は、基本的には同じ仕組みのものだと思うんです。違うとすれば、精霊術は――」


 リンテは優秀な学生の顔で、あとを続ける。


「――『交信つながる』ためのものなのかな、って」

「その理解で合っているわ。本来魔力は、その人独自の、一回性の、還元も互換もできない、不可塑の力なの。感覚的に言うのなら、生み出した本人以外には『触れる』ことができない。これは、魔術の基礎理論のモデルとなった魔物たちが、『交流』を持たない種族だったから。その逆に、交流を主として発動するのが、精霊術。精霊は、個々の魔術を『つなげ』て、混ぜ合わせることができる。だから、【魅了】の術は――」

「――聖女にしか扱えない、のですよね」

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