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夜更けに(1/3)


 セリカは手を止めて、ふと考え込んでしまった。


「……いつもより感情的でいらっしゃるようには感じたけど」

「それだけですか? 何か……どこか、話が噛み合わないような……これはおかしいというようなことをおっしゃってはいらっしゃいませんでしたか?」


 確かに、という気持ちが生まれたが、セリカには自信を持って断言することはできなかった。


 先ほどの父はひどく怒っており、セリカの言うことにも聞く耳を持ってはもらえなかったが、しかし最終的にセリカの意見を聞き届けて、処理をするように命じてきた。


「……どういうこと? あなたとの間に何かあったの?」


 リンテはうつむいた。


「最近のお父様は、少し変だと思うんです。最近も、お母様と口論になって、追い出してしまわれましたけど、私から見たら、お父様がおかしくなったようにしか見えませんでした」


 リンテは緊張したように、きゅっと拳を握る。


「お父様、もしかしたら……」


 リンテの声を遮るような、男性の大声がしたのはそのときだった。


「リンテ! こんなところにいたのか。探したじゃないか」

「お父様……」


 父親はセリカにもちらりと一瞥をくれたが、すぐに無視してリンテだけに話しかける。


「さあ、来なさい。お前に新しい婚約者を紹介しよう」

「えっ……どなた?」

「会ってみてのお楽しみだ。最高の縁談になるから期待していなさい」


 困ったように、助けを求めるリンテの視線を受けて、セリカは父親に詰め寄った。


「父上、いったい何のお話ですか?」

「うるさい、貴様、私の許可もなく話しかけてくるとは礼儀を知らんのか!?」

「親子の会話に許可がいるとは知りませんでした。しかし、リンテの婚約とは何事ですか? 黙って見過ごすわけにはまいりません」

「うるさい! 貴様、いい加減にしないと切り捨てるぞ!」


 父親が剣に手をかけたので、セリカはとっさに後ろに飛び退った。


 セリカは今、ドレス姿で非武装だ。いきなり切りつけられたら危険だという無意識が働き、勝手に身体が動いたのだった。


「やめて、お父様!」


 すがりつくリンテを見て、セリカはとっさに父親に突撃しそこねた。


「お父様の言う通りにします。だからお姉様を傷つけないで!」


 愛する娘に今にも泣きそうな顔で懇願されて、さしもの父親も剣を納めた。


 セリカも息を吐き、身体から力を抜く。


「さあ、行こう、リンテ。お前は本当にいい娘だ。親不孝な姉とは大違いだよ……」


 露骨に比べて見下すような言い方が引っかかる。


 ――いくら父上が厳しくても、このようなことはあまりおっしゃらなかったはず……


 セリカが五年も戦地にいる間に、年を取って性格が気難しくなってしまったのだろうか。


 遠ざかっていく父親とリンテが気になりはしたものの、結局セリカは二人を見送ることにした。


 ――たぶん、相手はレゼク殿下のことでしょうし、それなら今は置いておいても大丈夫そうかしら。


 今は一秒でも早く、魔石を処理しなければならない。


 【楼閣】をゆうに十本は建立したのにもかかわらず、まだほとんどが手つかずで残っていた。


 セリカは集中して、速度を上げることにした。


***


 楼閣を六角の形に配置した城壁を、八重に建造して、セリカはすべての魔石を使い尽くした。


 ――ものすごく厳重な結界になってしまったわ……


 雑魚など一匹たりとも寄せ付けない構えだ。


 これが破れるのは、よほど高位の魔物か、あるいはセリカと同程度に精霊術が使える聖女だけに違いない。


 最終的にすべての魔石を処理するころには、夜が更け、月が完全に傾き始めていた。


 早起きの修道士がもうまもなく起き出してくるかもしれない。


 大きく伸びをして、使っていたすべての術をオフにする。


 疲労と一緒に空腹が押し寄せてきて、ふと食事のいい匂いをかぎつけた。


 振り返れば、少し離れたところに食事の載ったトレイが置いてある。


『お姉様へ がんばってください。終わったら私の部屋まで来ていただけませんか? 何時でもお待ちしております』


 走り書きのカードに、セリカはついひとりでに笑みをもらした。


 食事を手早く詰め込んで、眠気に頭を押さえつつ、妹の部屋に向かう。


 ――もう深夜。おそらく寝ているとは思うけれど……


 魔石を処理している間にも、セリカはずっとあることが引っかかっていた。


 父親は、セリカに向かって剣を抜きかけたのだ。


 これまでにもこっぴどく叱られたことはあったが、剣を使って脅されたのは初めてだった。


 剣は騎士の誇りだと、口癖のように言っていた人が、はたして女に向かってそうやすやすと剣を突き付けるだろうか。


 あの状態の父にリンテを預けて、本当によかったのだろうかと、今になって気になった。


 様子がおかしいとリンテもこぼしていたのだから、一応は無事を確認してみるに越したことはない。


 セリカがリンテの部屋の前に到達したとき、まだ部屋から明かりは漏れていた。


「リンテ? 起きているの?」


 そっとドアが開き、妹が「静かに」というジェスチャーつきで中に手招きする。


「ああ、無事ならいいのよ。さっきは食事をどうもありが――」

「しーっ! 静かに、入ってきてください」


 リンテに腕を引かれるままに、扉の内側に滑り込む。


 中のテーブルにはカードゲームの手札が並んでいて、男がひとり腰かけていた。


 立ち上がったその男が、焦ったような声を上げる。


「セリカ! 違うんだ、あの、これは」


 先客は、レゼクだった。


「静かにしましょう? お父様が起きてくるかも」


 リンテが桃色の可愛らしい唇に沈黙のジェスチャーを加えて、セリカに椅子を薦めてきた。


「お父様のご様子がおかしいってお話は、お姉様にもしたと思うんですけれど、つまりこういうことなんです」


 リンテも腰かけながら、悩ましげにまろやかな眉を寄せる。


「お父様がいきなりレゼク殿下を連れてきて、彼と婚約することになったっておっしゃったの。少しお話したら、すぐにお父様の先走りってことは分かったんですけど……」


 レゼクがリンテの話に同意するように、後を継ぐ。


「『今夜はリンテのところに泊まってほしい』と言われてしまってね。私と妹さんでずいぶん抗議したんだけど、どうにも話が通じなくて。しまいに『すべてセリカが悪い。邪魔をするのなら、切ってやる』と」


 表情豊かなリンテが、本当に困ったような顔をしているので、セリカもつられて眉根を寄せてしまう。


 確かに父の言うことは横暴だとセリカも思う。しかし、親子であるせいか、なんとなく彼の動機が推測できるだけに、理不尽だと切って捨てるにはやや複雑だった。


「お姉様は今とてもお忙しいから、ひとまずご様子のおかしいお父様を落ち着かせるためにいったん言うことを聞いたふりをして、お姉様のお仕事が終わるのをお待ちしていたんです」

「そう……事情は分かりました。二人とも、協力してくれてありがとう。魔石は片付いたので、もう心配無用です」

「よかった。こんな深夜まで働かせてごめんね、セリカ」

「仕方がありません。いつ魔物に嗅ぎつけられてもおかしくない状態でしたし」


 セリカは喋りながら、頭痛を感じた。眠気が限界に近い。しかし、今我慢してでも対処しなければ、あとでもっとまずいことになりそうな予感もしていた。


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