精霊の御業
「承知いたしました」
「……ふん。最初からそれだけ言っておればいいのだ」
怒りを少しだけ鎮めたらしき父が、足音も荒く去っていく。
台風が去ったあとのようだと思っていると、後ろからレゼクに「お疲れ」と声をかけられた。
「執事ってどの人? 売買契約があるのなら私がキャンセルしておこうか」
「いえ、そんな、お客人にそんなことをさせるわけには!」
「いいって、私は結婚相手の実家を支援するためにここに来たんだよ? それに君は、魔石の処理が最優先だろうしね」
「今すぐにでも処理を開始すべきではありますが……」
「でしょ? 後のことは任せておいて」
レゼクは両手を広げて、何でもないと言うジェスチャーをした。
「自分で言うのもなんだけど、私、各人が勝手な行動しててぐっちゃぐちゃの現場をなんとかいい感じにまとめるのだけは得意なんだ」
セリカは忸怩たる思いで頭を下げた。
「……助かります。今は母上も不在のようなので、殿下しか頼れる方がおりません」
この場にセリカの母さえ健在ならまた違ったのかもしれないと思うと悔しい思いが込み上げたが、今はとやかく言っている場合ではないと思い直した。
すぐにでも礼拝堂に向かわなければ、と考えるセリカに、レゼクが、「そうそう」と、のんびりした声をかける。
「さっき君の父上と話し合った結果、ひとまず移民についてはオーケーもらったよ」
セリカは思わずレゼクをまじまじと見つめてしまった。
「ほ……本当ですか? 却下ではなく?」
あの父親が? と思うと、セリカにはとても信じられなかった。彼はリューテナント家の領地をとても愛していたのだ。
「うん、でも、条件付きなんだ。君の父上は、リンテ嬢と私の婚約が条件だと言うんだよ」
レゼクが、はぁ、とため息をつく。
「私はセリカと婚約のつもりで来たと説明したんだけどね? そこだけ意見が食い違ってるけど、ひとまず、どちらにしろオーケーということでまとまった」
「す……すごいですね」
あの頑固者で怒りっぽい父が。
古い貴族であることを誇りにしている父が。
祖国を捨てる決心をするなんて。
「一体どうやって……」
「君の妹さんはよほど可愛がられているようだね。妹さんのために、で押したらすぐだったよ」
なるほど、とセリカは納得した。そういえば、セリカも同じような手で押し切られたのだった。
「あとは私が王子だったのもアドバンテージかな。うちにもいるよ、聖女の言うことは絶対に聞かないけど、私から話を通すと態度がコロッと変わる男性軍人……」
言葉の途中で、レゼクは突然目つきが遠くなった。
「……なんで精霊は少女にしか力を貸さないんだろうね。ろくに戦う気のない女の子が力を持ってたって無駄でしかないよ。偉そうなことを言う男性軍人たちこそ、精霊を使って前線で戦えばいいのに」
レゼクの所感も気にはなったが、あいにくセリカには話を聞いてあげている時間もなさそうだった。
「また後程、すべてが片付いたらゆっくり聞かせてください」
「うん。そっちもがんばってね」
セリカは礼拝堂を目指した。
まずはあの魔石を処分しなければならない。
***
魔石は魔力が凝縮されてできたものであり、本来は質量のないものを触れられる形にしたものでもある。
魔力そのものはどんな形を取ることもできる。
水になることも、大気になることも、土になることもできる。形態が変化すれば、自然界にある物質と完全に変わらない性質を持つ。
中でも、魔石の形態を取ったものは特別だ。
もう一度『魔力』に還元することができる。
魔石が魔物に狙われるのは、魔力を求めてのこと。したがって、魔石を処分するのなら、まずはすべての魔力を使い切らなければならない。
セリカは攻勢の攻撃魔法を空撃ちすることも考えたが、それよりも物質化させた方がいいだろうと考えた。
「石の村雲、不毛の流刑地」
まず【地ならし】を行い、一定範囲の土を切り取り、わきに避ける。上に乗っている樹木や生物ごと移動させなければならないので、力がいる作業だ。
でこぼこした表面に新たな土を盛って整地したら、下準備完了。
「鉄柵の楽園に満てよ楼閣」
次に【楼閣】。ありきたりな塔の外郭に必要なパーツを組み立て、石の建物を建築する。
数分待つと、【楼閣】が一つ完成した。
最後に切り取った土を上から被せて終了。
城の屋上から完成した塔を眺めつつ、最終的な完成予想図を脳裏に描いていると、突然後ろからがばりと抱きつかれた。
「お姉様! 何ですか、今のは!? いきなりどーんってすごい音がしたかと思ったら、建物ができちゃいましたよね?」
「リンテ、来ていたの。今のは防衛用の精霊術よ」
花のつぼみのような愛らしい唇を大きく開いて、リンテは驚きをあらわにした。
「すごい……あんなに大きな塔を、一瞬で建てちゃうなんて……」
「築城系の精霊術を見るのは初めて?」
「私も魔術を勉強していますから、そういうものがあるって、本で読んだことはあります。でも、あんなに一瞬だなんて……」
夢見るようなきらきらしたまなざしを遠方の塔に向けている妹を可愛らしいと思いつつ、セリカは疑問を口にする。
「リンテも魔法を?」
「はい! あ、でも、内緒ですよ? お父様に見つかると、怒られちゃいますから」
「ふふ、そうね。聞かなかったことにしておくわ」
「しばらくお姉様の脇で見学させていただいてもいいですか?」
「ええ、でも、面白いものではないわよ」
「全然そんなことありません! やっぱり、お姉様ってすごい聖女さまなんだなって!」
まっすぐな尊敬のまなざしがくすぐったくて、セリカは少し照れてしまった。
観客がいるのなら、少しは見栄えのいい術を使おうかと、余計なことを考える。
残りの魔石量と、最終的な図面を考えて、楼閣以外の築城も行うことにした。
「槌の粛清、巌の山河、罪なき者に安息の地を」
まず先ほどよりももっと広範囲の【地ならし】で整地を行い、動植物を隣に避ける。
聖女たちの間で【一夜城】の名で知られる築城の精霊術。
セリカの術が発動し、巨大な城がぼやけた輪郭とともに浮かび上がった。
ここまでが聖女の仕事。
この術は、精霊の手助けによって完遂する。
「我、泉の月映に触れ、恋い焦がれし者。恵みの主に伏して奉る。我が願い、聞き届けたまわん」
月を思わせる淡い金色の波が空間に広がる。
波紋は次第に現実の空気に共鳴し、同化して、あたり一帯を震わせた。
【一夜城】は、光芒を発して実体化した。
息を詰めて見守っていたリンテは、感激したように目を潤ませた。
「すごい……ああ、これが【一夜城】の魔法……! なんて速さなの……!? 一夜どころか、ほんの一瞬の幻のよう……!」
新鮮な反応に、セリカはなんとなく先生の気分になった。
「このお城だけでも魔物の爪や牙から身を守るには有効だけど、通常はここに結界も張っていくわ」
【雪結界】
魔力の障壁で一夜城を包む。
分厚く降り積もった雪のような見た目であることから、【雪結界】とも言われる。
リンテはいちいちうなずきながら聞いていたが、セリカが単調な楼閣を増やす作業を始めると、改まったようにこう切り出した。
「お姉様、もしお邪魔でなければこのまま聞いてください。先ほどお父様とお会いになって、いかがでしたか? ご様子がおかしいとはお思いになりませんでしたか?」




