魔石
「リンテ。久しぶり」
「お戻りになるのを今か今かとお待ちしてました! あら、もう軍服は脱いでおしまいになったんですね? お姉様の雄姿、見たかったなぁ~」
はしゃいだ様子のリンテに腕を掴まれ、セリカはくすりとした。
「身内だとなんだか恥ずかしいわね」
「そんなこと! 軍服のお姉様、すっごくカッコいいのに!」
きらきらした瞳を向けてくるリンテ。
セリカはなんだかまぶしいような気持ちになって、眼を細めた。セリカの妹は活発で可愛らしくて、会うだけで気持ちが明るくなる。
セリカがつい、瑞々しい頬に触れると、リンテは少しおどけて、手のひらに頬ずりを返してくれた。
「あなたの婚約、何か進展はあった?」
「いいえ、今のところは何も……あっ、ううん。お姉様がご無事でお戻りになっただけでもよかったです。私、別に、まだ婚約とかしたくないので!」
慌てて首を振るリンテ。困った顔で上目遣いにセリカを見つめる仕草も愛らしい。
「本当に?」
「本当です! 男の人なんて、全然、これっぽっちも、興味なし!」
リンテのわざとらしい強調は、おそらくセリカのためなのだろう。
セリカが王子の機嫌を損ねて、この家の評判を落としてしまったことを、責めたくないに違いない。
気を遣わせていることに、セリカは申し訳なくなった。
「なんとかこの家を建て直さなくてはね。母上はお元気?」
リンテは急に、顔を曇らせた。
「……その……それが、お母さまは……」
「まさか、ご病気なの?」
「い、いいえ、お元気なの! でも、お父様が、お母様を邪魔がって、遠くの療養地に追いやってしまって……」
「なんですって?」
セリカの脳内に、先ほど見た父の姿が蘇る。ずいぶん短気を起こしていたのに誰も止める気配がないとは思っていたが、まさか、そんなことになっていたなんて。
「……お父さまは、少しお変わりになったと思います。お姉様について、悪い噂が立つようになってから、いつもイライラしていらっしゃって……」
「私のせいね……」
「いいえ、絶対そうではないんです! なんていうか、その……ああ、うまく説明できない!」
リンテはぐっと拳を握ると、セリカをまっすぐ見上げた。
「とにかく、お姉様、私と一緒に来てください。直接ご覧になった方が共感していただけると思うんです」
リンテが部屋の外に誘導しようとするので、セリカはついていくことにした。
「どこに向かうの?」
「礼拝所の隣にある、新しい礼拝堂です」
「へえ、そんなところを増築したの」
「そうなんです、それがすごく変で……とにかく、見てください」
リンテに促されるまま中庭に出て、大きな新築の建物に向かう。
「……まさか、この巨大な建物が、礼拝堂なの?」
いくらなんでも、この古い城には不釣り合いな大きさだ。そう思っていると、リンテはまったく笑えないとでも言うように、唇を結んだ表情で首を振る。
「いいえ、お姉様。驚くのはこれからですよ」
セリカが礼拝堂に近づくと、強い魔力の気配がした。
嫌な予感に突き動かされ、礼拝堂に駆け込む。
「これは……」
しばし言葉を失い、その光景に見入った。
***
セリカは話し合いの部屋から父親とレゼクが出てくるのを待って、扉が開いた瞬間に、父親に詰め寄った。
「父上、礼拝堂にあるあの魔石の山はいったい何なのですか!?」
ペッリは、「そうだった」と、今思い出したかのようにつぶやいた。
「あれは王家に納めるこたびの婚約破棄の慰謝料よ」
「なんですって……?」
「お前のせいで、私は方々から魔石をかき集めなければならなかったのだぞ、この親不孝娘が!」
「父上、慰謝料だなどと、そんな話は一切聞いておりません。差し上げる約束も、受け取る約束も、なかったはずですが」
「お前には関係のない話だ」
「いいえ、あります! お答えください、いつどこで、どなたがそのようなご命令を?」
重要なことなので、セリカは一息にまくしたてる。
「父上もご存じのこととは思いますが、通常、魔物は魔石を好んで食らいます! あの量の魔石を、聖女の監督なしに集めて放置しておけば、引き寄せられた魔物によって、未曽有の大災害に発展するでしょう! 王家とて、あのような大量の魔石所有を個人には認めておりません! 万が一見つかれば重罪は免れ得ない! どうかお答えください、いったい誰が、そのような無責任な約束を――」
「ええいやかましい! そうすればまた宮廷に来る権利を与え、リンテの結婚でも便宜を図ろうと、他ならぬハイスベルト殿下が内々でお約束くださったのだぞ! お前の出る幕ではないわ!」
セリカは悔しさと義憤で一瞬口を利くのも忘れた。
――あの男……!
一方的に婚約破棄をつきつけ、不名誉な噂でセリカとリューテナント家に泥をかぶせておきながら、善良な父親の親心にまで付け込んで危険物の恐喝とはいい度胸をしている。
「聖女の監督が必要なのももちろん知ってはいるが、商人が今すぐでなければよそに売ると言うので、ひとまず礼拝堂に安置しておいたんだ」
「礼拝堂で弾けるのは低級の魔物だけです」
「私が知らんと思うてか? だから私は再三早く帰ってこいと連絡しておったのだ! とにかく、帰ってきたのならちょうどいい。今日からあれらはお前が管理しろ」
「もちろんそのようにいたします。ひとまずあれらの魔石は即刻廃棄でよろしいですね?」
「なっ、何を言っておるのだ、バカ者が! 私があれを集めるのにいくらかかったと思っておる!」
セリカは頭痛が堪えきれなくなってきた。資産まで使い込んでいたのなら、セリカのすることがまた増える。
「いいですか、父上。あの量であれば、私はすぐに作れます」
さすがの父親も、これには鼻で笑った。
「なにをたわけたことを。私とて魔術の心得くらいある。あの魔石を作り出すのに何日かかるかくらい計算できなんだと思うてか!」
セリカは短く精霊を呼ぶ祝詞を唱えた。
「銀星の血よ」
何もない空間から、いくつもの水滴が、セリカの手のひらに落ちた。
水滴が凝縮され、手のひら大の赤い魔石があっという間に現れる。
父親が驚くのも無理はないと、セリカは思う。
「父上が学院で学んでいたころの理論より、戦場の実戦魔術は格段に進歩しています」
「な……馬鹿にするでないわ! 私の技術は錆びてなどおらん!」
ペッリはセリカが生み出した宝石をにらみつける。
「分かったぞ、それが精霊の力というやつか……! まったく、借り物の力でいい気になりおって……!」
「セリカさんの力は、聖女の中でも飛び抜けていますよ」
振り向くと、ずっと話を聞いていたらしきレゼクがいた。
「もしかしたらハイスベルトくんも、セリカさんの力を当てにするつもりでふっかけたのかもしれませんね。まともな商人なら、聖女の監督もなしに取引に応じるわけがない」
「ええ。ハイスベルト殿下が本気だったとは思えません。父上、あれらの魔石はいったいどこから買いつけたのですか? もしや、素性の怪しい商人から……」
ペッリはむっつりと黙り込んで聞いていたが、いきなり怒りを爆発させた。
「知らん! そんなものは執事の仕事だ! とにかく、お前が魔石が管理するというのならすべて何とかしておけ! 約束の刻限は二週間後だからな!」
怒鳴り散らす父に、セリカはこれ以上あれこれ文句をつけても聞く耳は持たないだろうと判断した。
恭順を示そうと、軍隊式の敬礼を取る。




