旅路(2/2)
確かに、性格はかなり違うだろうとは思ったが、レゼクの言うようなニュアンスとは違うと感じたので、セリカは口を挟んだ。
「毛色が違う、女としては落第、という意味でなら、そうなのかもしれません」
「何を言っているの? もちろんいい意味でだよ」
レゼクが慌てたようにセリカの顔を覗き込んでくる。
「気を悪くしたなら謝るけど、本当にいいなあと思ったんだよ。特に、政略結婚でも嫁ぐ覚悟があるっていうのがよかった。しびれたよ。……それなら私がもらっても問題ないわけだ」
セリカはドキリとして、レゼクの瞳を見つめ返した。
「私はもうすっかり君を手に入れるつもりでいるから、覚悟しておいてね」
「えぇ……と……」
真っ先に思い浮かんだのは、本当にいいのだろうか、ということだった。
レゼクはおそらく、かなり魅力的な部類の男性なのだろう。聖女たちから好意を寄せられていたというが、それも無理はないのだろうなと思う。
他人事のようにそう思うのは、セリカ自身が色恋についてピンと来ないからだった。
人として素敵だと思うことはあっても、手に入れたいとまで感じた経験が、セリカにはないのだ。
それに、セリカは自分が女性としては不出来であることも知っている。
それだけに、今の話だけではどうにも、セリカのどこがそんなに気に入られたものかが理解できないでいた。
「早々と決めつけてしまうのはよくありませんよ。レゼク殿下はまだ私のことをよく知らないでしょうし、あとで撤回したくなったときのために、あまり断定的なことをおっしゃるのはやめたほうがよろしいかと」
「撤回なんかしないけど」
レゼクはセリカのアドバイスなど無用だとでもいうように、笑い飛ばした。
「はは、まぁ、信じてもらえないのも仕方がないね。もう少ししたらまた改めてプロポーズするから、考えておいてよ」
「分かりました。では、それまではなかったものと考えておきます」
「えぇ? 冷たいなぁ」
「殿下の名誉にも関わることですから」
「それは今更じゃない? 君の家まで直行している時点で名誉も何もあったものじゃないよ」
「それもそうですね……」
レゼクとのお喋りは途切れることなく続く。
楽しい人なのだなと思いながら、セリカもありがたく会話を続けさせてもらった。
馬を休めて一息入れる。
「……軍から離れると、やっぱり気分が開放的になるね。戻りたくなくなってくるよ」
あくびまじりに言うレゼクに、セリカは深くうなずいた。
「ゆうべもあんまり寝てないので、そろそろ居眠りをして馬から転げ落ちそうです」
「それは大変。相乗りする? 私が二匹とも引いていくよ」
「いえ、平気です。私には精霊の加護がありますから、転げ落ちても死にはしません」
レゼクはさほど面白くもないセリカの話に、大げさなくらい笑ってくれた。
「落ちないようにはしてくれないんだ、精霊」
「どうなんでしょうか……頼んだら眠気も飛ばしてくれるのでしょうか」
「やってみて」
セリカは小さく精霊を呼ぶための言葉を紡いだ。
【招来】
月の光を思わせる、淡いレモン色の光の玉が現れて、セリカのすぐそばに停まった。
「へえ、綺麗な精霊だね。これは、何の精霊?」
「月の精霊です」
レゼクの微笑みが凍りつく。セリカの発言が信じられないとでもいうように、真贋を確かめるようなまなざしを送ってくる。
「……え? 月の……?」
「ええ……ほら。星辰の王、綺羅星の主よ、わが前に力を示せ。【血狼月】」
セリカが精霊に願いをかけると、あたりが暗くなった。
巨大な赤い月が顕現し、闇夜を照らす。
超常現象は一瞬で消え、あたりは再び明るくなった。
「星の精霊……それも、月だって……?」
「何かおかしかったでしょうか?」
レゼクは頭に手をやり、そのまま動かなくなった。
ずいぶん考え込んでから、ようやく口を開く。
「どういったらいいのか分からないけど……うちの元・大聖女アクアフィーナは、五属性の精霊を呼べることで、天才だと言われていたんだ」
「木・火・土・金・水の五属性ですよね。すばらしい才能です」
「よく言うよ。星の精霊が司る能力は、五属性どころじゃないだろう?」
セリカはレゼクの発言の真意がつかめず、瞳を瞬かせた。
「どういうことですか? 月の精霊が貸してくれる力も、細かく分類すれば、水、金、土の、三属性に分けられるように思うのですが」
三属性の複合という点は少し珍しいかもしれないが、それでも五属性の万能さには及ばない。
「アクアフィーナの使役する精霊の力が風だとすれば、星の精霊の祝福がもたらす力は台風、もしくは天変地異、といったところかな。規模が違いすぎるんだよ。いや、真面目に、どうやって星の精霊の加護を得たの? うちにもちょっとそんな子はいないよ?」
「どう……と言われましても……普通に……?」
「普通って、君ねえ……」
レゼクに呆れたような目で見られてしまったが、そうとしか言いようがない。
精霊について学んで、言われたとおりに手続きを踏んで精霊を呼び寄せたら、この精霊の加護を得たのだ。
もっとも、初めて来てくれた精霊は小さな金属性の精霊で、月の彼は最初から来てくれていたわけではなく、実戦を重ねるうちに応じてくれるようになったのだが。
「君はどこで精霊のことを学んだの?」
「留学先でです。イリスタリアでは魔術がほぼ禁じられているので、学ぶなら外国に行くしかないと言われて」
「どうして学ぼうと思ったんだい? イリスタリア貴族は、魔術を学ぶのは男子のみだと聞いたことがあるんだけど」
「それは……」
セリカに高い魔力の適性があることは、幼いころから判明していた。
貴族だったおかげで冷遇されることはなかったが、考え方が古いセリカの両親は、女の子が魔力を持つことをとても嫌がっていた。
魔力持ちの子どもは魔物に狙われやすい。魔物のいない国であるここイリスタリアでも、自分の子どもに適性があると分かった貴族は、身を守るために魔術をやらせるのだが、イリスタリアに存在する唯一の魔術学院は男子のみが入学を許されている。
心配症の両親は、セリカを何の訓練も受けさせずに放置しておくと、いつかそのうち魔物を呼び寄せるかもしれないと危惧した。それで、外国の親戚にセリカを預けることにしたのだ。
セリカがそうした内容をレゼクに説明し終えると、彼は眉間にしわをよせた。
「……なんというか、君の両親は……いや、今はいいか。会ってみれば分かることだからね」
「少々心配性だとは思いますが、両親のおかげで聖女の力も得られましたので、感謝しています」
そろそろ休憩を切り上げようと思い、セリカは立ち上がる。
「……君はいい子だね」
「何かおっしゃいました?」
「いや、何でもないよ」
馬に跨り、移動を再開した。




