旅路(1/2)
たたみかけるようなレゼクの言葉に、セリカは混乱させられる。待たせるのも悪いことではあるのだろう。
「君もすぐに実家に帰らないといけない身だろう? お互い時間がないことだし、とりあえず私を君の実家に連れていってくれないかな?」
レゼクの言うとおり、セリカだって急いでいる。
荷造りはほぼ終わったとはいえ、もう出発しないといけないのだ。
「道中でゆっくり話し合おう。断るのはそれからでもいいから」
「そう……ですね」
レゼクが話し合うと言ってくれたので、セリカにもなんとか事情をのみこみ、納得することができた。
「私も、もう少しレゼク殿下とはお話をしないといけないと感じましたし」
そう、話し合い、だ。大切なことだろう。
「よかった。では、しばらくよろしくね」
にっこりとほほ笑むレゼクに、なんとなくセリカは不安になった。
なんだか、うまいこと言いくるめられたような、そんな気分だ。
***
数刻後。
セリカは軍から借りた馬に乗っていた。
それだけなら特に問題はなかったのだが――
隣には乗馬したレゼクがいる。
目が合った。にこやかに馬を寄せてくる。手慣れた馬術に、相当な時間を移動に費やしているのだということが窺えた。
「馬車旅でなくて本当によろしかったのですか?」
「もちろん。早く進みたいというのは、私も同意だからね。さもないと、勝手に本国で縁談がまとまりかねないから」
レゼクの発言が少し気になったが、セリカが聞き返すより早く、レゼクが話題を変えた。
「君はどうして急いでいるの?」
風がさわやかな季節で、日差しを浴びて前方に向けて目を細めているレゼクも、気持ちがよさそうだ。
セリカも、馬を進めながら、少し気分がゆるんでいた。
レゼクが話をしたがっているのなら、速度を落として、会話をしながら道を行くのもいいかもしれない。そう考えて、セリカは口を開く。
「急いでいる、というよりも……馬車旅があまり好きではなくて。馬車の中だと、魔物に襲撃されたとき、対応が遅れてしまうので」
馬車ごと吹き飛ばされると、大怪我をすることもある。
その点、最初から騎乗していれば、攻撃に移るときもスムーズだ。
「軍人らしい発想だね。私も、馬の方が安全だから好きだよ」
レゼクが笑いながら首をかしげる。
「でも、馬に乗る聖女というのも珍しいね。アクアフィーナたちは移動はいつも馬車だったんだけどな」
「ハイスベルト殿下にもさんざん叱られました。どうしてもっと女性らしくしないのかと」
「でも、君はハイスベルトくんの言うことなんて聞かなかったんでしょ?」
「ええ。だって、魔物が襲ってくるというときに、男も女もありませんから」
「いいねえ。そういうところが気に入ったんだよね」
レゼクの軽口に、セリカはなんとなくくすぐったい気持ちにさせられる。
「君とならうまくやれそうな気がするんだ」
「まだ出会ったばかりですが」
「でも、私は君の考えてることならかなり当てられると思うよ。君は普通の聖女たちと違って、軍人寄りの人だから」
「そうでもありません。私もそれほど女性を捨てた覚えもありませんから」
「へえ、じゃあ君も、戦場で出会った王子にひと目惚れしたりするの?」
「それは……どうでしょうか。戦場では、どんな人もだいたい泥まみれですから。男も女もないような状況では、ひと目惚れもないものかと……」
何年か前に、ハイスベルトと婚約した当初、セリカは森で一か月寝泊りしている最中に呼び出され、いきなり淑女ぶれと言われたことがあった。
三日かけて身づくろいをし、なんとか体裁を整えたものの、背中と言わず足と言わず全身がヒルと虫刺されの跡で見る影もないセリカに、着られるようなドレスなどあるはずもない。
人間の精神状態は外見にも左右される。セリカ自身も醜い肌を晒すのが嫌で、気分は地の底を這っていた。見かねた宮廷人たちから軍服を着ていてもいいと許可が出たのはこのころだ。
自己評価が低迷しているときに、愛や恋といった感情を抱くのはかなり難しいと、セリカは思う。
心身共に健康で余裕があるときにだけ生まれる感情だと思うし、たいていの場面で、セリカにそれが生まれる余地は露ほどもなかった。
「やっぱりそうだよねえ」
レゼクはため息をついた。
「私もね、今まさに魔物が攻めてきてるってときに、男だ女だと言っている場合じゃないと思うことがよくあったんだ。うちにいた聖女たちは特に酷くてね……」
何か嫌な思いでもさせられてきたのだろう、レゼクが言葉を濁した先にあるものを感じ取り、セリカは返事がしづらかった。
「生死の境を彷徨う重病人が何十、何百と転がってる野戦場で、一刻も早く魔物を駆除しなきゃならないってときに、うちの聖女さまたちときたら、愛だの恋だのと実にまあ優雅なことでね……」
ため息をつくレゼクの気持ちも分からないでもなかったが、セリカは嘆かれている聖女たちを可哀想にも思った。
「十五、六歳の子たちばかりだったのでしょう? 生き延びるために、愛や恋を心の支えにしていたのかもしれませんよ」
「じゃあ、私は戦場を放り出して、彼女たちのワガママを聞いてやるべきだった?」
「そうは言いませんが」
「君だって、これから戦争ってときに過剰に女性扱いされて、恋愛ごっこなんかさせられたらたまらないんじゃないかな? しかも相手は戦略上重要な力を持っていて、下手に機嫌を損ねるわけにもいかないんだ」
セリカは自分の言ったことを後悔した。確かに、自分の身に置き換えてみたら困ることだろう。
「軽率に殿下のお気持ちを否定するようなことを言って、申し訳ありませんでした」
「いや、私は全然。君の言うことが間違ってないことも分かるよ。それだけに難しかったんだ。というか、軍でもだいたい私のほうが非難されたものだよ。そりゃそうさ、誰だって野郎の私よりは可愛い女の子の味方をしたくなるだろう?」
同意を求めてくるレゼクの、冗談めかした言い方にセリカは微笑みを返した。
「……苦労なさったんですね」
「本当だよ。アクアフィーナに【魅了】を使われた話はしたよね? あのときも、『あんなに可愛い子から好かれて、お前は何が気に入らないんだ』と、さんざん人から説教されたんだ」
苦笑しながら言うレゼク。
セリカはなんと答えたものか迷った。
彼女は王子といえばハイスベルトしか知らない。だから、女性に言い寄られて困る王子がいるなどとは想像してみたこともなかったのだ。
「……実際、気に入らなかったのですよね?」
レゼクの心情を探るためにそう返すと、彼は「そうなんだよねえ」と困ったように言った。
「前からなんとなく苦手だと感じてはいたけど、【魅了】の術まで使われて、私の勘は間違ってなかったんだと確信したよ。まぁ、こんなことを言うと傲慢に聞こえるみたいで、私はさんざん非難されたんだけどね。ひどい話じゃないか? 被害者は私の方だっていうのに、みんな『好きな人と結ばれたかった』と訴える可愛い女の子の涙にやられて、アクアフィーナの肩を持つんだよ。私は自分の人望のなさにショックを受けたものさ」
どこか自虐的に言いつつ、レゼクは明るかった。
「何の話だっけ? そう、だから私は、君を見たときに、この子はアクアフィーナたちとは違うと思ったんだよね」




